第四十話 麗しの姫君再び?(2)
文字数 4,042文字
【麗しの姫君再び?(1)の続き】
◆
このような面白き報 せを義藤さまの御前で聞いたことが最大の失敗であった。
信長殿がファンキーな格好で京を練り歩いているなどと聞いたら、我が主 は喜び勇んで見に行こうとするわな。
顔をキラキラさせて喜んでおり可愛くはあるが、ちょっと待てや!
「いけません。公方様ともあろうものがそう軽々しく市中に繰り出すものではありませぬ」
信長なんぞと洛中で会ったらろくなことにならんわ。
「何を言っておるのだ藤孝。わしは遠乗りに出かけて、いつもどおりに茶屋で一服しようとしているだけであるぞ? 別に遠乗りや茶屋に出向くことは何度もしておるではないか。それとも何か、御供衆 に出世し偉くなると、主 の日課にまで口を出すようになるのか?」
この野郎(征夷大将軍かつ女 の 子 です)、いつの間にかにヘリクツとイヤミが上手く成りやがって。
ぬぐぐぐ。
「分かりました……では手隙の奉公衆 にお供をするよう手配してまいりますので、しばしお待ち下され」
「んー藤孝、……その、ふ、二人で出かけるのはダメであるのか?」
「――は?」
「い、いや、また二人で食べ歩きとかして見たいなと……」
我が主は今、二人でと言ったのか?
空 耳 ア ワ ー ではないよな?
な・ん・だ・と!
――しかも顔を赤くしている?
「そ、それがしと義藤さまの二人だけで、でありますか?」
「う、うむ。最近あまり二人で居る時が少なかったからな、それにもう少しすればまたそなたは美濃へ行くのであろう? ……ダメか?」
なんだこれは? 俺は夢でもみているのか? 義藤さまが顔を赤らめて上目遣いで俺にお願い? をしているぞ。
「二人でとなるとまた女子 の変装などする必要がありますが、よ、よろしいのですか?」
「ん、やはり変装が必要なのか?」
「女子 の格好をしていただけるのであれば身分も伏 せられ、私も安心できますが」
「うん、で、ではそのようにいたすか……なぜかその、そなたはわしの女子 の姿を喜ぶようであるからな」
なぜかだって? そんなもんは貴女 が可愛いからに決まっておるわ!
しかも顔を真っ赤にして、すでに現在進行形でく っ そ 可愛いんですけどー!
これでさらに可愛い格好なんてしてくれたら、全 俺 が討死する。
マジでなんだこれは? 斎藤道三とか織田信秀みたいな化 け 物 の相手とか、ついでに細川晴元のアホの相手で、ストレスマッハでハ ゲ そうになっている俺への天の恵みか何かなのか?
居 るのかしらんが神様ありがとう。
俺、頑張って神棚 を売りまくるよ。(多分それ違う)
そんなわけで、いつ来るかわからぬチャンスのために東求堂 の天井裏を無 断 で 改 造 し(国宝です)、密かに隠しておいた『義藤さま女装フルセット』の中から、女物の桜色の小袖 に被衣 をチョイス。
髪型は垂髪 を上の方で元結 で結んで、ポ ニ ー テ ー ル 風にアレンジ。
……あかん、ポニテの我が主 がラブリー過ぎて死ねる。
そして柳沢元政を吉田神社に走 らせ、牛と車副 (牛を引く人)を酒蔵に居た吉田六佐衛門 から無理やりレンタルし、こんなこともあろうかと密かに用意しておいた牛車 2号、名付けて『ランボルギーニ』を引かせて急遽、慈照寺に持って来させた。
さあデートのお時間です。
再びの『麗しの姫君』をランボルギーニという名の牛車に乗せ、俺はもう大喜びで洛中に繰 り出すわけである。
正直、織田信長なんても は や 本気でど ー で も 良かったりしている――
◆
ブモォオオオ!
「どうですか姫様ランボルギーニは? 大分金を掛けて改造しましたので、鈴鹿 で3位表彰台を狙えるぐらいの性能がありますぞ」
「あいかわらずそなたの言うことはま っ た く わからぬが、姫様はよせ……」
「それはご無理というもの。我が姫はどこからどうみても、麗 しい姫君であらせられますゆえ」
「――――」
真っ赤になって恥ずかしがるお姿が悶絶 ものである。
「それと本日は上京 に参りますが、京兆家 の屋敷や、伊勢家の屋敷、それに改修中の今出川御所 も近くにありますれば、変装がバレぬよう用心願います」
「なんだ、今日は違うところへ行くのか?」
「はい。姫君様が食べ歩きデートを所望 ですので、上京の立売 の辻 にでも向かおうかと」
「立売 とはなんじゃ?」
「はい立売とは――」
『立売』とは常設のお店ではなく行商人 などが仮の店舗や道端 、軒先 などに物を広げて販売する、露店 (露天)売りのようなものであり、わかりやすく言えば、現代の屋台 とかフリーマーケットなどの原型のようなものである。
この時代では上京の立売の辻や下京 の四条町 の辻 などが賑 わっていたという。
「姫様、ここが立売の辻でございます。ここでは魚や野菜に竹や炭、雑貨などいろいろな物を売る商人が露店を広げておりまする」
「藤孝、ここは随分 と人が大勢おるのう」
「はい、上京では一番人通りが多いところになります」
「藤孝、あの者は何を売っておるのじゃ?」
「あれは酒を売っているようでありますな」
この時代、酒の小売として露天商が酒の少量販売などをしていたという。
「藤孝、ではあの者はなぜ頭になにか乗せておるのじゃ?」
「あれは大原女 と申しまして、炭を売りに来たのでしょう」
大原女は小出石村の南の大原 から女子 が薪 や炭を頭に載せて京に運び、いまでいう行商をしていた女達のことである。(自分自身が売り物の場合もある)
「あのように多くの物を頭にのせるなど器用な女子共じゃのう。藤孝、ではあれはなんじゃ?」
「あれは振売 と申しまして桶の中の魚を売っているようでありますな」
振売は江戸時代の時代劇に良くみられる天秤棒 をかついだ行商人である。
「藤孝、ではアレは――」
見るもの全てが珍しいのであろうか、姫様はキョロキョロしながら目についたものを次々と質問してくる。
そんな義藤さまのコロコロと変わる表情がとにかく可愛いい。
だがちょっとはしゃぎ過ぎたかな、姫君を少し休ませたいところだ。
「喉が渇いたのではありませんか? あそこに座れそうな茶屋がありますので少し一服いたしましょう」
「うむ。こんなところにも茶屋があるのだな」
椅子の用意があり座れそうな水茶屋 があったので、そこで一服することにした。
この時代お茶は『一服一銭 』といって、路傍 で一杯のお茶を一銭で売る者などが結構多かったのである。
「すまぬな藤孝。何やらわしばかり楽しんでしまって」
「そのようなことはありませぬ。私も十分デートを楽しんでおりますよ。なにより可愛い姫君を見ているのが楽しくありますので」
ぼんっ。
「か、可愛いとかそ ん な に 言うでない……」
煎 じ茶を飲みながら一息ついたが、姫様はまだ物珍しいのであろう、座りながらも目を輝かせてまだ周りをキョロキョロしている。
その仕草が可愛いし、義藤さまには社会勉強にもなるのでやはり連れて来て良かった。
「んー、やはり藤孝が作るお菓子の方が美味しいのう」
寄った茶屋は仮設だが結構凝 っていて、お茶請けの餅などもあったが、普段時代にそぐわない|俺が作った数々の美味い物に食べなれてしまったのであろう、そこらの餅では食いしん坊将軍の舌は満足できぬようだ。
「それではこの近くに川端道喜 殿のお店がありますので参りますか。そこでなら美味しいものが食べられますよ。――迷 いましては困りますゆえ、お手を頂戴いたします」
立ち上がりながら、我が麗しの姫君にすっと手を差し出す。
「う、うむ。苦しゅうない……」
最近素直な良い娘である。
恥ずかしげではあるが、しっかりと差し出した手を握ってくれる。
少し恥ずかしいようで顔を真っ赤にしながらではあるが。
二人で手を繋いで、歩いて川端道喜殿の店へと向かう。
差し出した手を繋いでくれる人がいるというのは、本当に幸せなことだなと思うのであった……
(だが、なぜか泣けて来そうになったのだが、なぜ泣きたくなったのかは分からなかった――)
渡辺道喜殿は俺が女子連 れであるので、気を効かせて声は掛けて来なかった。
なぜか満 面 の 笑 み を向けてきたが。
出来立てで熱々の煎餅 を購入して店先でお茶をしながら頂くことにする。
「焼きたての煎餅はいかがですか?」
「うむ。香ばしくて美味しいのう♪ そういえば焼き立ては初めて食べるな」姫君もニコニコ顔で食してくれている。
「姫様、私はとても嬉しゅうございますが、こたびはどうして女子の格好を許して頂けましたので?」
「うん? んー藤孝が頑張っておるのでな。わしも少しは藤孝の喜ぶことをしたかったのじゃ。わしばかりそなたに何かしてもらう一方であったからな」
誰だこの素直な良い娘は? 我が主 に一体何があったというのだ。
「そんな、私めは御供衆 に任ぜられる栄誉 も頂くことになっておりますれば、十分に義藤さまに恩を頂いておりまする」
「そなたが御供衆になることは、父上や母御前 の意向なのだ。叔父上(近衛稙家 )と母上(稙家の妹)は随分とそなたを褒めておったぞ。美濃や尾張の荘園 から久しぶりに銭が入ったといってな」
ああ、母御前の影響なのか。
近衛家にも気を使って、美濃や尾張の関係荘園から税を運ばせたからなー。(信秀と道三の進物です)
この時代の公家の荘園は各地で思いっきり押領 されまくって、公家の収入は恐ろしく激減している。
困った公家の中には、五摂家 の一条 家などのように荘園のあった土佐 へ一族を下向させ、在地領主 化することで、その荘園を守ろうとしたりする者もいた。
近衛家の場合はその荘園を守る方法が、室町将軍家の外戚 になることであったのだ。
将軍の義父や義兄となることで、幕府の威光を利用し近衛家の収入の安定を図ろうとしたのである。
藤原氏 がかつて皇室 の外戚 となって権力を握った、伝統の必殺技である。
そう、今の足利将軍家には、藤 原 の ツ タ が絡み付いて来ているのである――
いずれ俺はこの近衛家とも争わねばならない時が来ると思うのだ。
その時に義藤さまは俺を信じてついて来てくれるのであろうか……
◆
【麗しの姫君再び?(3)に続く】
◆
このような面白き
信長殿がファンキーな格好で京を練り歩いているなどと聞いたら、我が
顔をキラキラさせて喜んでおり可愛くはあるが、ちょっと待てや!
「いけません。公方様ともあろうものがそう軽々しく市中に繰り出すものではありませぬ」
信長なんぞと洛中で会ったらろくなことにならんわ。
「何を言っておるのだ藤孝。わしは遠乗りに出かけて、いつもどおりに茶屋で一服しようとしているだけであるぞ? 別に遠乗りや茶屋に出向くことは何度もしておるではないか。それとも何か、
この野郎(征夷大将軍かつ
ぬぐぐぐ。
「分かりました……では手隙の
「んー藤孝、……その、ふ、二人で出かけるのはダメであるのか?」
「――は?」
「い、いや、また二人で食べ歩きとかして見たいなと……」
我が主は今、二人でと言ったのか?
な・ん・だ・と!
――しかも顔を赤くしている?
「そ、それがしと義藤さまの二人だけで、でありますか?」
「う、うむ。最近あまり二人で居る時が少なかったからな、それにもう少しすればまたそなたは美濃へ行くのであろう? ……ダメか?」
なんだこれは? 俺は夢でもみているのか? 義藤さまが顔を赤らめて上目遣いで俺にお願い? をしているぞ。
「二人でとなるとまた
「ん、やはり変装が必要なのか?」
「
「うん、で、ではそのようにいたすか……なぜかその、そなたはわしの
なぜかだって? そんなもんは
しかも顔を真っ赤にして、すでに現在進行形で
これでさらに可愛い格好なんてしてくれたら、
マジでなんだこれは? 斎藤道三とか織田信秀みたいな
俺、頑張って
そんなわけで、いつ来るかわからぬチャンスのために
髪型は
……あかん、ポニテの我が
そして柳沢元政を吉田神社に
さあデートのお時間です。
再びの『麗しの姫君』をランボルギーニという名の牛車に乗せ、俺はもう大喜びで洛中に
正直、織田信長なんて
◆
ブモォオオオ!
「どうですか姫様ランボルギーニは? 大分金を掛けて改造しましたので、
「あいかわらずそなたの言うことは
「それはご無理というもの。我が姫はどこからどうみても、
「――――」
真っ赤になって恥ずかしがるお姿が
「それと本日は
「なんだ、今日は違うところへ行くのか?」
「はい。姫君様が食べ歩きデートを
「
「はい立売とは――」
『立売』とは常設のお店ではなく
この時代では上京の立売の辻や
「姫様、ここが立売の辻でございます。ここでは魚や野菜に竹や炭、雑貨などいろいろな物を売る商人が露店を広げておりまする」
「藤孝、ここは
「はい、上京では一番人通りが多いところになります」
「藤孝、あの者は何を売っておるのじゃ?」
「あれは酒を売っているようでありますな」
この時代、酒の小売として露天商が酒の少量販売などをしていたという。
「藤孝、ではあの者はなぜ頭になにか乗せておるのじゃ?」
「あれは
大原女は小出石村の南の
「あのように多くの物を頭にのせるなど器用な女子共じゃのう。藤孝、ではあれはなんじゃ?」
「あれは
振売は江戸時代の時代劇に良くみられる
「藤孝、ではアレは――」
見るもの全てが珍しいのであろうか、姫様はキョロキョロしながら目についたものを次々と質問してくる。
そんな義藤さまのコロコロと変わる表情がとにかく可愛いい。
だがちょっとはしゃぎ過ぎたかな、姫君を少し休ませたいところだ。
「喉が渇いたのではありませんか? あそこに座れそうな茶屋がありますので少し一服いたしましょう」
「うむ。こんなところにも茶屋があるのだな」
椅子の用意があり座れそうな
この時代お茶は『
「すまぬな藤孝。何やらわしばかり楽しんでしまって」
「そのようなことはありませぬ。私も十分デートを楽しんでおりますよ。なにより可愛い姫君を見ているのが楽しくありますので」
ぼんっ。
「か、可愛いとか
その仕草が可愛いし、義藤さまには社会勉強にもなるのでやはり連れて来て良かった。
「んー、やはり藤孝が作るお菓子の方が美味しいのう」
寄った茶屋は仮設だが結構
「それではこの近くに
立ち上がりながら、我が麗しの姫君にすっと手を差し出す。
「う、うむ。苦しゅうない……」
最近素直な良い娘である。
恥ずかしげではあるが、しっかりと差し出した手を握ってくれる。
少し恥ずかしいようで顔を真っ赤にしながらではあるが。
二人で手を繋いで、歩いて川端道喜殿の店へと向かう。
差し出した手を繋いでくれる人がいるというのは、本当に幸せなことだなと思うのであった……
(だが、なぜか泣けて来そうになったのだが、なぜ泣きたくなったのかは分からなかった――)
渡辺道喜殿は俺が
なぜか
出来立てで熱々の
「焼きたての煎餅はいかがですか?」
「うむ。香ばしくて美味しいのう♪ そういえば焼き立ては初めて食べるな」姫君もニコニコ顔で食してくれている。
「姫様、私はとても嬉しゅうございますが、こたびはどうして女子の格好を許して頂けましたので?」
「うん? んー藤孝が頑張っておるのでな。わしも少しは藤孝の喜ぶことをしたかったのじゃ。わしばかりそなたに何かしてもらう一方であったからな」
誰だこの素直な良い娘は? 我が
「そんな、私めは
「そなたが御供衆になることは、父上や
ああ、母御前の影響なのか。
近衛家にも気を使って、美濃や尾張の関係荘園から税を運ばせたからなー。(信秀と道三の進物です)
この時代の公家の荘園は各地で思いっきり
困った公家の中には、
近衛家の場合はその荘園を守る方法が、室町将軍家の
将軍の義父や義兄となることで、幕府の威光を利用し近衛家の収入の安定を図ろうとしたのである。
そう、今の足利将軍家には、
いずれ俺はこの近衛家とも争わねばならない時が来ると思うのだ。
その時に義藤さまは俺を信じてついて来てくれるのであろうか……
◆
【麗しの姫君再び?(3)に続く】