第五十四話 MMR(1)

文字数 3,553文字

 天文十八年(1549年)3月

 我ら幕府軍が西岡平定戦をやっているころ、摂津でも戦端が開かれていた。
 三好宗三(みよしそうぞう)は丹波から摂丹街道(せったんかいどう)を通り摂津の一庫(ひとくら)城において晴元方で摂津国人の塩川国満(しおかわくにみつ)と合流し、この戦いの発端となった池田騒動を起こした池田城へ攻め寄せた。
 対する三好長慶も晴元方の伊丹親興(いたみちかおき)の伊丹城を攻撃している。

 摂津はこの塩川国満の一庫城と伊丹親興の伊丹城以外のほとんどが三好長慶方となっており、三好宗三と細川晴元は一庫城と伊丹城を拠点に三好長慶と戦っていくことになる。

 2月に入り本格的に細川晴元と戦うことになった三好長慶は堺に赴き、同盟者である遊佐長教(ゆさながのり)と会談した。
 この会談において三好長慶は遊佐長教が匿っていた細川氏綱を担ぐことになるのだ。
 これで両細川の乱の最終ラウンドが始まってしまうわけだな。

 最終的な決着の地からこの戦いは「江口の戦い」と称されることになるのだが、基本的には三好宗三の所領でもある河内(かわち)十七箇所(じゅうななかしょ)を治める摂津の榎並(えなみ)城を巡る戦いであり、京兆家の本領である摂津各所の奪い合いが主戦場となった。

 事の発端は池田信正(いけだのぶまさ)の切腹を起因とする池田家騒動であるのだが、この戦いの本質は三好家のお家騒動に過ぎない。
 三好長慶の父親の三好元長と三好宗三(政長)との対立から始まった「長尚流三好家」と「三好宗家」との間における三好一族のお家騒動にすぎなかったはずなのだ。
 まったく空気の読めないことに定評のある細川晴元が三好宗三の肩を持ちすぎたために問題が必要以上にデカくなり、三好長慶が遊佐長教に協力を依頼して細川氏綱を担ぐことに同意したことから、三好家の御家騒動は細川京兆家の家督争いにハッテンしてしまう。
 池田のお家騒動は三好家のお家騒動へ、さらに京兆家のお家騒動へとレベルアップを重ね、最終的には室町幕府に過去最大のダメージを与えることになる。
 コレ極論すれば全部細川晴元のせいです……マジ勘弁してくれ。

 こうして三好長慶の依頼を受ける形で介入する口実を得た遊佐長教率いる畠山尾州家(はたけやまびしゅうけ)の軍勢も榎並城の包囲軍に加わることになる。

 榎並城は別名十七箇所城ともいわれて河内の所領を守る城なのに摂津にあったりする。(実に紛らわしい)
 榎並城を守るのは三好宗三の嫡子である三好政生(みよしまさなり)で、十河一存(そごうかずまさ)だけでも苦しいのに、遊佐長教とそのお仲間たちにも囲まれることになり、この先絶望的な篭城戦を戦うことになる。

 三好政生とは三好宗渭(みよしそうい)のことであり、一般的には間違った名前である「三好政康(みよしまさやす)」の方が有名かもしれない。
 ぶっちゃけると三好政生はのちの「三好三人衆」の一人であり、「永禄の変」で足利義輝を討った将軍殺しの極悪人の一人なのだ。
 三好政生は江口の戦いを生き残ってしまうはずなのだが、チャンスがあればドサクサにまぎれてどこかでブチ殺しておいたほうが良い気がしないでもない……

(余談なのだが、細川藤孝の刀剣鑑定の師匠はこの三好下野守政生であるとされている。永禄の変で足利義輝が殺される以前に学ぶ機会があったのだろうか?)

【参考・三好家略系図】
 三好長之┳三好之長┳三好長秀┳三好元長┳三好長慶━三好義興
     ┃    ┃    ┃    ┣三好之虎┳三好長治
     ┃    ┃    ┃    ┃(実休)┣十河存保
     ┃    ┃    ┃    ┃    ┗安宅神五郎
     ┃    ┃    ┃    ┣安宅冬康
     ┃    ┃    ┃    ┣十河一存┳三好義継
     ┃    ┃    ┃    ┃    ┗十河存之
     ┃    ┃    ┃    ┗野口冬長
     ┃    ┃    ┗三好康長━三好康俊━三好俊長
     ┃    ┣芥川長光━芥川孫十郎(長遠)
     ┃    ┗三好長則━三好長逸━三好長虎
     ┗三好長尚━三好政長┳三好政生(政勝・宗渭)
           (宗三)┗三好為三━三好可正

 現状においては三好政生が榎並城に篭城して十河一存や遊佐長教らと対峙する(一方的に囲まれているだけだが)一方、摂津の西部から中央部にかけて三好宗三と三好長慶が小競り合いをしている状況であるが、圧倒的戦力差があるので三好宗三は榎並城を助けたくても助けられないというのが実態であったりする。

 我ら幕府軍が山崎からさらに摂津に侵攻しようとすると、この泥沼にハマることになるし、三好政生の救援とかゴメンこうむりたいので正直いってあとはこのまま何もしたくないというのが本音だったりするわけだ……

 ◆

 ……ようやくだ、ようやく逢える。
 まったく手間がかかったものだ。

 鶏冠井(かいで)城・物集女(もずめ)城を攻め落として西岡を平定し。
 川端道喜(かわばたどうき)茶屋明延(ちゃやあきのぶ)に依頼して集めた兵糧を渡辺出雲守に守らせて山崎城に運び込み。
 ぶっ潰した物集女や鶏冠井の旧領の利権を調子(ちょうし)家や竹内家(たけのうち)にもまわして、近衛家・久我家に気を使い。
 細川晴元の要請で芥川山(あくたがわやま)城や高槻(たかつき)城の偵察を行って媚を売り。
 饅頭屋宗二(まんじゅうやそうじ)と今年のメープルシロップの採取を終えて、幕府やら関係各所に賄賂を行って……

 ここまで根回ししてようやく義藤さまへの面会が許されたのだ。
 俺の忠誠心の全ては足利義藤様に対してのみ向いているのだぞ。
 絶対にあとで復讐してやる……覚えておけよクソ野郎どもめ。

「兵部大輔久しいな。西岡への出陣ご苦労であった」

「公方様におかれましても息災のご様子、恐悦至極に存じます」

 今出川御所(いまでがわごしょ)常御殿(つねのごてん)での公式な謁見であるので、なんとも形式ばった挨拶になってしまう。
 違うのだ、俺が望むのは義藤さまと誰に気を使うこともなく逢える状況なのだ。
 それは義藤さまも同じ想いであろう。
 義藤さまの口調は堅いものだが表情からはとても優しいものが感じられるのだ――

 ただ顔を合わせただけに終わってしまった感のある公方様との会見であったが、多くの貢物を公方様に献上することに成功した。
 その中には俺の趣味全開のものもあったりする。
 あとは楽しみにしながら吉田神社で待つのみである。

 ◇
 ◇
 ◇

「藤孝! この装束はいったいなんなのじゃ!」

「なんだと申されましても、どこからどうみても()()()()の格好で、とても可愛くてお似合いですよ?」

 御所での会見の翌日、実に可愛らしい格好をして吉田神社に現れた義藤さまに怒鳴られたが、可愛いものは可愛いし、巫女のコスプレをどうしても見たかったので仕方が無いことなのだ。

「む、そ、そうか似合っているのか……」

 可愛いという単語に頬を染める義藤さまは、巫女のコスプレも相まって死ぬほど可愛い……もう俺、悶絶しそう。

「はい、この吉田神社に忍んで参るには巫女さんの格好であれば怪しまれずに済むかと思い手配いたしましたがお気に召しませなんだか?」

「いやまあその方がくれた物を嫌とか言わぬが……じゃが、洛中では何か目立っていた気がするのだ……なあ新二郎?」

「ひゃい! と、とてもお似合いで美しくて俺は死んでしまいそうだろ」

 お供で一緒にやって来た松井新二郎は義藤さまの可愛らしさに俺と同じく悶絶していた。
 これでよく護衛が勤まったと思うし、信じられないことにこの可愛らしい巫女さん姿の義藤さまを見ても新二郎はいまだに義藤さまを男だと思っている。
 それなのに可愛い巫女さん姿の義藤さまに悶絶するということは、よくわからないのだが新二郎は「男の娘」に目覚めたということなのだろうか……

「とにかく吉田神社までわざわざお忍びでご足労いただき感謝します」

「その方が貢物の中にこの装束と密書を入れてわしを呼んだのではないか」

「今出川御所では内密のお話が難しくこのような仕儀となり申し訳ありませぬ」

「まあよい。それで、何か大切な話があるのか?」

「はっ。六角定頼の援軍が洛中へやって参りました。その援軍をもって細川晴元も摂津へ向けて出陣することになり、私も時を同じくして山崎城に戻り、摂津方面へさらに圧力をかけることになるかと存じます」

「ふむ、六角の援軍が参って、三好長慶との戦いが本格化するということだな」

「はい。そして次に出陣すれば洛中へ戻って参るのは難しくなるかと存じます。そのためこれよりのちの算段をしなくてはなりませぬ」

「のちの算段とは?」

「以前にも申し上げましたが、細川晴元が敗れて三好長慶が上洛した場合の算段であります」

「そなたに言われていたからな、わしも密かに洛中退去の準備はしておる」

「安全のため洛中を一時退去する必要がありますが、三好長慶に対抗する手段は講じておこうかと存じます」

「そちには何か対抗策があるということか?」

「はい、そのためにこの吉田神社にまで義藤さまに足を運んでいただきました――」

 ◆
【MMR(2)へ続く】
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登場人物紹介

細川藤孝:主人公


従五位下兵部大輔に叙位任官され

作中では兵部大輔や与一郎と呼ばれることも多い


戦国武将としては最高級の教養人と知られ

肥後熊本藩52万石の藩祖となる


現代では歴史マニアであったおっさんが転生している

ヒロインの義藤さまに拾われ、義藤さまを助けるために

室町幕府を再興しようとしている


室町幕府の奉公衆である淡路守護細川家に養子入りしている

義父は細川晴広、実父は三淵晴員

足利義藤:ヒロイン


いわゆる足利義輝で、室町幕府の第13代征夷大将軍なのだが

なぜか可愛い女の子である

(なぜ女の子なのかはそのうち本編で明かされる)


拾った細川藤孝を気に入り側に置いている

細川藤孝には「食いしん坊将軍」と呼ばれ

美味しい物を貢がれて餌付けされている


作中では義藤さまや公方様、大樹と呼ばれる


ちなみに胸は貧乳である

米田求政:家臣


肥後熊本藩の家老米田家の祖となる人

米田はコメダと読む

通称は源三郎


史実よりも早く細川藤孝に仕え

傅役の立場にあり主人公からは

源三郎の兄貴と親しみを持って呼ばれる


現代でも売られている伝統の胃腸薬「三光丸」を作る

米田一族の出身で医薬に造詣が深い


淡路細川家では新兵を鍛える鬼軍曹役でもある

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