三 家にて
文字数 2,651文字
懐かしい。本当に懐かしい。帰って来たんだ。もう二度と帰って来られないと思ってたけど、帰って来たんだ。密の後に続いて、失踪する前に自分が住んでいた家の玄関の中に入った叶の心の中に思いが溢れた。
「密ちゃん。密ちゃんって呼ぶね」
叶は靴を脱いでいる密に向かって声をかけた。
「うん。でも、できれば、密って昔みたいに呼んで欲しい」
密が家の中に上がり、振り向いて言葉を返す。
「昔って、何度も言ってるけど、私と密ちゃんは初対面だよ」
叶はそう言うと、自分も靴を脱ぎ、家の中に上がる。上がってすぐに無意識のうちに、自分の靴と密の靴を外向きにして揃えた。
「そうそう。そうやっていつも密と未来の靴も揃えてくれてた」
横にいる密の言葉を聞いて、叶は思わず密の顔を見つめてしまった。
「あ、え、ええっと何? なんの事?」
叶はそういえば、そんな事をしてた気がする。これは、これから色々気を付けないと駄目だと思いながらすっとぼけてみた。
「わざとらしいなあ」
密がそう言うと、踵を返して家の中に向かって行こうとする。
「待って。家の中が汚れちゃう」
叶は言葉を出しながら、理者の力を使って、真っ白でふかふかなバスタオルを五つ自分の腕の中に出現させた。
「また? 何? お姉ちゃん。何をしたの?」
密が酷く驚いた様子で言う。
「お姉ちゃんは。はっ。間違えた。何度も密ちゃんがお姉ちゃんお姉ちゃんって呼ぶから、思わず言っちゃったじゃない」
叶は言うが早いか、背伸びをすると、ごまかすようにタオルで密の頭を包み込んで拭き始めた。
「やっぱりお姉ちゃんだ。もう何を言っても密はお姉ちゃんの事お姉ちゃんだって思うから」
タオルの中から密のくぐもった声がした。叶はうわー。やっちゃってると思い落胆しながら、密の頭を拭き終えると、もう一つタオルを使い、密の体を拭き始める。
「おい。俺にも早くタオルをくれ。毛がびしょびしょで寒くなって来た」
叶の足元にいたリッサが言う。
「じゃあ、次はリッサね」
叶は密の体を拭き終えると、密から離れ、リッサの体をまた別のタオルで包んだ。
「ねえ。お姉ちゃん。密には言えない事なの? 密の体を浮かせたり、傘を柄だけ残して消したり、今は、タオルを出したりしたのはなんなの?」
密が足元にまとめて置いてあったタオルを一つ手に取り、じろじろと見ながら言った。
「理者の力。おねえ、いや、もう。また間違えそうになった。私は、さっきも言ったけど、魔王みたいな存在なの。呼び方はその世界の呼び方で変わるからなんでもいいんだけど、とにかく世界を滅ぼす悪い奴なの。だから、こういう不思議な力が使えるの。ほとんどなんでもできる万能の力なんだ」
叶はリッサの体を拭きながら言った。
「じゃあ、さ。その力で死んだ人とか、病気の人とかも生き返ったり元気になったりするの?」
密が真剣な瞳を叶に向けながら言葉を出した。
「それは、無理。生き物に干渉するような事だけはできないの」
叶が言うと、密が酷く落ち込んだような表情になった。
「どうしたの?」
叶が問うと、密が酷く悲しそうな顔をしながら俯いた。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんは、私達と離れ離れになって寂しくなかった?」
密が自分の体に両手を回し、自分の体を抱き締めるようにしながら言葉を紡いだ。
「おね、もう。危ない。次は絶対に間違えないんだから。私は、だって、そもそも、お姉ちゃんじゃないから。でも」
叶は、密の体が小さく小刻みに震えている事に気が付き、そこで言葉を切った。
「どうしたの? 寒いの?」
叶はそう言い、リッサの体を拭いていた手を止めると、密の傍に行った。
「違うの。お姉ちゃん。ごめん。お姉ちゃんに言わないといけない事がある」
密が言い、ゆっくりと顔を上げる。
「なんでも聞くよ。大丈夫だから言ってみて」
叶は密が酷く悲しそうな顔をしていたので、そう言いながら、そっと密の体を抱き締めた。
「ごめんなさい。折角帰って来てくれたのに、お姉ちゃんを悲しくさせちゃう。でも、言わなくてもすぐに気付くと思う。だから、言うね。お父さんもお母さんも交通事故で死んじゃってもういないんだ。未来はその事故の所為で意識不明で、ずっと病院のベッドで寝てる」
密が嗚咽混じりに言葉を出した。
「交通事故?」
叶は呆然としながら、言葉を漏らした。
「四年前。それから密はずっと独りぼっちだったんだ」
密が涙を拭きながら言うと、叶の体を抱き締め返す。
「おい。お前ら、いつまでもそんな格好でいたら風邪引くぞ。風呂にでも入って体を温めろ」
リッサの声が叶の足元から聞こえた。叶はリッサの声を聞いて我に返ると、泣き続けている密の顔を見つめた。駄目だ。一緒になって泣いてちゃ駄目だ。私が密を元気付けなきゃ。一緒にいられる間に密を元気にしてあげなきゃ駄目だ。叶はそう思うと、自分の気持ちをぐっと抑え、背伸びをして密の頭をそっと優しく撫でた。
「ごめんね。こんな時に、何をどう言えば良いのか分からない。妹さんのお見舞いには行ってるの?」
叶の言葉を聞いた密が泣き止むと、目を大きく見開く。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんは平気なの?」
密が言いながら、叶を抱く手に強く力をこめた。叶は優しく労わるような目で密の目を見た。
「密ちゃんの気持ちを考えると平気じゃないよ。けど、やっぱり、私は、お姉ちゃんじゃないから。密ちゃんよりは冷静でいられるんだと思う」
叶が言い終えると、密が何も言わずにすっと叶の腕の中から抜け出た。
「お風呂入れて来る」
密が言い、踵を返して歩き去って行く。
「お父さん、お母さん、未来」
密の姿が玄関から家の中に向かって伸びて行っている廊下から消えると、叶の口から嗚咽とともに言葉が漏れ出した。泣いては駄目だ。我慢しなければと思えば思うほどに、悲しみややりきれなさは強まって行き、叶の嗚咽は酷くなった。
「良く堪えたな。偉いぞ叶。今は泣け。密が戻って来たら俺がごまかしてやる。だから、今のうちに泣けるだけ泣いておけ。そして、涙が枯れ果てたら、いや、それは、また今度だな」
リッサが言いながら、立っていられなくなり、その場に座り込んだ叶の傍に来て、ちょこんとお座りをした。
「密ちゃん。密ちゃんって呼ぶね」
叶は靴を脱いでいる密に向かって声をかけた。
「うん。でも、できれば、密って昔みたいに呼んで欲しい」
密が家の中に上がり、振り向いて言葉を返す。
「昔って、何度も言ってるけど、私と密ちゃんは初対面だよ」
叶はそう言うと、自分も靴を脱ぎ、家の中に上がる。上がってすぐに無意識のうちに、自分の靴と密の靴を外向きにして揃えた。
「そうそう。そうやっていつも密と未来の靴も揃えてくれてた」
横にいる密の言葉を聞いて、叶は思わず密の顔を見つめてしまった。
「あ、え、ええっと何? なんの事?」
叶はそういえば、そんな事をしてた気がする。これは、これから色々気を付けないと駄目だと思いながらすっとぼけてみた。
「わざとらしいなあ」
密がそう言うと、踵を返して家の中に向かって行こうとする。
「待って。家の中が汚れちゃう」
叶は言葉を出しながら、理者の力を使って、真っ白でふかふかなバスタオルを五つ自分の腕の中に出現させた。
「また? 何? お姉ちゃん。何をしたの?」
密が酷く驚いた様子で言う。
「お姉ちゃんは。はっ。間違えた。何度も密ちゃんがお姉ちゃんお姉ちゃんって呼ぶから、思わず言っちゃったじゃない」
叶は言うが早いか、背伸びをすると、ごまかすようにタオルで密の頭を包み込んで拭き始めた。
「やっぱりお姉ちゃんだ。もう何を言っても密はお姉ちゃんの事お姉ちゃんだって思うから」
タオルの中から密のくぐもった声がした。叶はうわー。やっちゃってると思い落胆しながら、密の頭を拭き終えると、もう一つタオルを使い、密の体を拭き始める。
「おい。俺にも早くタオルをくれ。毛がびしょびしょで寒くなって来た」
叶の足元にいたリッサが言う。
「じゃあ、次はリッサね」
叶は密の体を拭き終えると、密から離れ、リッサの体をまた別のタオルで包んだ。
「ねえ。お姉ちゃん。密には言えない事なの? 密の体を浮かせたり、傘を柄だけ残して消したり、今は、タオルを出したりしたのはなんなの?」
密が足元にまとめて置いてあったタオルを一つ手に取り、じろじろと見ながら言った。
「理者の力。おねえ、いや、もう。また間違えそうになった。私は、さっきも言ったけど、魔王みたいな存在なの。呼び方はその世界の呼び方で変わるからなんでもいいんだけど、とにかく世界を滅ぼす悪い奴なの。だから、こういう不思議な力が使えるの。ほとんどなんでもできる万能の力なんだ」
叶はリッサの体を拭きながら言った。
「じゃあ、さ。その力で死んだ人とか、病気の人とかも生き返ったり元気になったりするの?」
密が真剣な瞳を叶に向けながら言葉を出した。
「それは、無理。生き物に干渉するような事だけはできないの」
叶が言うと、密が酷く落ち込んだような表情になった。
「どうしたの?」
叶が問うと、密が酷く悲しそうな顔をしながら俯いた。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんは、私達と離れ離れになって寂しくなかった?」
密が自分の体に両手を回し、自分の体を抱き締めるようにしながら言葉を紡いだ。
「おね、もう。危ない。次は絶対に間違えないんだから。私は、だって、そもそも、お姉ちゃんじゃないから。でも」
叶は、密の体が小さく小刻みに震えている事に気が付き、そこで言葉を切った。
「どうしたの? 寒いの?」
叶はそう言い、リッサの体を拭いていた手を止めると、密の傍に行った。
「違うの。お姉ちゃん。ごめん。お姉ちゃんに言わないといけない事がある」
密が言い、ゆっくりと顔を上げる。
「なんでも聞くよ。大丈夫だから言ってみて」
叶は密が酷く悲しそうな顔をしていたので、そう言いながら、そっと密の体を抱き締めた。
「ごめんなさい。折角帰って来てくれたのに、お姉ちゃんを悲しくさせちゃう。でも、言わなくてもすぐに気付くと思う。だから、言うね。お父さんもお母さんも交通事故で死んじゃってもういないんだ。未来はその事故の所為で意識不明で、ずっと病院のベッドで寝てる」
密が嗚咽混じりに言葉を出した。
「交通事故?」
叶は呆然としながら、言葉を漏らした。
「四年前。それから密はずっと独りぼっちだったんだ」
密が涙を拭きながら言うと、叶の体を抱き締め返す。
「おい。お前ら、いつまでもそんな格好でいたら風邪引くぞ。風呂にでも入って体を温めろ」
リッサの声が叶の足元から聞こえた。叶はリッサの声を聞いて我に返ると、泣き続けている密の顔を見つめた。駄目だ。一緒になって泣いてちゃ駄目だ。私が密を元気付けなきゃ。一緒にいられる間に密を元気にしてあげなきゃ駄目だ。叶はそう思うと、自分の気持ちをぐっと抑え、背伸びをして密の頭をそっと優しく撫でた。
「ごめんね。こんな時に、何をどう言えば良いのか分からない。妹さんのお見舞いには行ってるの?」
叶の言葉を聞いた密が泣き止むと、目を大きく見開く。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんは平気なの?」
密が言いながら、叶を抱く手に強く力をこめた。叶は優しく労わるような目で密の目を見た。
「密ちゃんの気持ちを考えると平気じゃないよ。けど、やっぱり、私は、お姉ちゃんじゃないから。密ちゃんよりは冷静でいられるんだと思う」
叶が言い終えると、密が何も言わずにすっと叶の腕の中から抜け出た。
「お風呂入れて来る」
密が言い、踵を返して歩き去って行く。
「お父さん、お母さん、未来」
密の姿が玄関から家の中に向かって伸びて行っている廊下から消えると、叶の口から嗚咽とともに言葉が漏れ出した。泣いては駄目だ。我慢しなければと思えば思うほどに、悲しみややりきれなさは強まって行き、叶の嗚咽は酷くなった。
「良く堪えたな。偉いぞ叶。今は泣け。密が戻って来たら俺がごまかしてやる。だから、今のうちに泣けるだけ泣いておけ。そして、涙が枯れ果てたら、いや、それは、また今度だな」
リッサが言いながら、立っていられなくなり、その場に座り込んだ叶の傍に来て、ちょこんとお座りをした。