七 叶の部屋にて
文字数 2,126文字
食事の後片付けを終えた密と叶は二人揃って密の部屋へと向かった。
「そうだ。お姉ちゃん。昔のパジャマとか服とか着てみる?」
部屋のドアの前で足を止めると、密が言う。
「昔のパジャマと服?」
叶はあの頃の物がとってあるって事? そういえば、お気に入りの服とかあった。あるなら着てみたいけど、どうしよう? と思いながら言葉を出した。
「お姉ちゃんじゃないって言ってるから、素直に着たいって言えない。どうしたらいいんだろう? とか考えてるんでしょ?」
密が言った。
「お姉ちゃんの部屋。一緒に行こう」
叶の返事を待たずに、密が再びすぐに口を開き、言うが早いか叶の手を握る。
「密ちゃん。ちょっと待って」
密が急に歩き出したので叶は言ったが、密は、いいから行こうと言い、足を止めなかった。
「覚えてる? ここがお姉ちゃんの部屋。ドア開けるよ」
ガソリンのあった部屋とは別の部屋の前で足を止めた密が言った。
「うん」
覚えてる。ここ。ここが私の部屋だった。そう思いながら叶は言って小さく頷いた。密がドアを開け、部屋の灯りをつけてから後ろに下がる。
「お姉ちゃん。入って」
密がそう言い叶の体を優しくそっと押した。部屋の中に入った叶は、部屋の中をゆっくりと見回した。部屋の中は叶の記憶の中にある自分の部屋のままで、何一つ変わってはいないように見えた。
「お姉ちゃんがいつ帰って来てもいいようにって、ずっとそのままにしてあったんだよ」
密が言う。
「そう、なんだ」
叶は漏らすようにして、ほとんど無意識のうちに言葉を出した。叶の頭の中には昔の思い出が広がっていた。懐かしかった。嬉しかった。悲しかった。切なかった。様々な感情が寄せては返す波のように叶の心を揺さぶった。
「お姉ちゃん」
密がそう言うと、叶の体を背後から包むようにして抱き締めた。
「なに? どうしたの?」
言ってから叶は、ああ。駄目だと思った。声が涙声になっていて、嗚咽まで混じっていた。
「一人になりたい? それともこのままでもいい?」
密の声が耳元から聞こえる。
「このままで、いい。ごめんね。なんか凄く、なんていうか、ごめんね」
なんて駄目な姉なんだろう。泣いちゃ駄目なのに。密ちゃんを元気付けなきゃいけないのに。家に入った時や、お風呂や食事をしてる時は泣かなかったのに。ずっと、そのままにしておいてくれた部屋。ずっと待っていてくれた家族。どうして? なんで待っててくれたの? 自分は変わった。こっちの世界の事は忘れた事はなかったけど、向こうの生活に慣れて行った。向こうの生活が楽しくなってた。心のどこかで、もう帰れないんだろうって思ってた。それなのに。そんな私なのに。
「お帰りお姉ちゃん」
密がそう言い、叶を抱く手にぎゅっと力を込めた。
「もう。駄目なのに」
叶は言いながら、密の腕の中で体を回し、密の方に体の正面を向けた。
「お姉ちゃん」
密が言い叶の顔を見つめる。
「ただいま」
叶は言うと、密の体を抱き締め返した。
「うん。うん。お帰りなさい。お姉ちゃん。お帰りなさい」
密が泣き出し始め、顔をくしゃくしゃにしながら言葉を出した。
「密ちゃん、泣き過ぎだよ」
「お姉ちゃんだって泣いてる」
叶が言うと密が泣き笑いの顔になりながら言う。
「お姉ちゃん。昔みたいに密って呼んで」
密の言葉を聞いた叶は、少しだけ間を空けてから小さく頷いた。
「密。大きくなったね」
叶は言い笑顔を作った。
「お姉ちゃん。叶お姉ちゃん」
密が声を上げ、両膝を床に突くと、叶の胸に顔を埋めて来た。
「密。密」
叶は密の名を呼びながら、密の頭を優しく何度も撫でた。どれくらいの時間そうしていたのだろうか。気が付けば、密は叶の胸の中で小さな寝息を立てていた。
「寝ちゃった。かわいい寝顔。あの頃みたい。でも、どうしよう?」
叶は言いながら顔を上げると周囲を見た。ベッドが少し離れた所にあったが、叶の力では密の体をそこまで運ぶ事ができない。密を起こそうか? と一瞬思ったが、気持ち良さそうに寝ている密を起こすのはかわいそうだとすぐに思い直した。しばしの間、どうしようかと考えていた叶は、そうだ。理者の力があったと思うと、密を起こさないように気を付けながら理者の力を使った。密をベッドの上に寝かせると、自分は横にはならずに部屋の中を歩き始める。密と話してて理者の力の事をすっかり忘れちゃってた。忘れてた間は、こっちの世界の人間のつもりになってたみたい。そんな事を思いながら叶は改めて周囲を見た。机、箪笥、本棚、何もかもがあの頃のままだった。
「本当に懐かしい」
叶は言葉を漏らすと、机の引き出しの中を見てみたいと思い、机に近付いた。ベッドの方から布団の動く音がする。密が起きたのかな? と思いながら振り向くと、灯りが眩しかったのか密が布団の中に潜っていた。叶は少しの間迷ってから、部屋から出て部屋の灯りを消した。部屋のドアを閉めると、叶はリッサの元へ向かった。
「そうだ。お姉ちゃん。昔のパジャマとか服とか着てみる?」
部屋のドアの前で足を止めると、密が言う。
「昔のパジャマと服?」
叶はあの頃の物がとってあるって事? そういえば、お気に入りの服とかあった。あるなら着てみたいけど、どうしよう? と思いながら言葉を出した。
「お姉ちゃんじゃないって言ってるから、素直に着たいって言えない。どうしたらいいんだろう? とか考えてるんでしょ?」
密が言った。
「お姉ちゃんの部屋。一緒に行こう」
叶の返事を待たずに、密が再びすぐに口を開き、言うが早いか叶の手を握る。
「密ちゃん。ちょっと待って」
密が急に歩き出したので叶は言ったが、密は、いいから行こうと言い、足を止めなかった。
「覚えてる? ここがお姉ちゃんの部屋。ドア開けるよ」
ガソリンのあった部屋とは別の部屋の前で足を止めた密が言った。
「うん」
覚えてる。ここ。ここが私の部屋だった。そう思いながら叶は言って小さく頷いた。密がドアを開け、部屋の灯りをつけてから後ろに下がる。
「お姉ちゃん。入って」
密がそう言い叶の体を優しくそっと押した。部屋の中に入った叶は、部屋の中をゆっくりと見回した。部屋の中は叶の記憶の中にある自分の部屋のままで、何一つ変わってはいないように見えた。
「お姉ちゃんがいつ帰って来てもいいようにって、ずっとそのままにしてあったんだよ」
密が言う。
「そう、なんだ」
叶は漏らすようにして、ほとんど無意識のうちに言葉を出した。叶の頭の中には昔の思い出が広がっていた。懐かしかった。嬉しかった。悲しかった。切なかった。様々な感情が寄せては返す波のように叶の心を揺さぶった。
「お姉ちゃん」
密がそう言うと、叶の体を背後から包むようにして抱き締めた。
「なに? どうしたの?」
言ってから叶は、ああ。駄目だと思った。声が涙声になっていて、嗚咽まで混じっていた。
「一人になりたい? それともこのままでもいい?」
密の声が耳元から聞こえる。
「このままで、いい。ごめんね。なんか凄く、なんていうか、ごめんね」
なんて駄目な姉なんだろう。泣いちゃ駄目なのに。密ちゃんを元気付けなきゃいけないのに。家に入った時や、お風呂や食事をしてる時は泣かなかったのに。ずっと、そのままにしておいてくれた部屋。ずっと待っていてくれた家族。どうして? なんで待っててくれたの? 自分は変わった。こっちの世界の事は忘れた事はなかったけど、向こうの生活に慣れて行った。向こうの生活が楽しくなってた。心のどこかで、もう帰れないんだろうって思ってた。それなのに。そんな私なのに。
「お帰りお姉ちゃん」
密がそう言い、叶を抱く手にぎゅっと力を込めた。
「もう。駄目なのに」
叶は言いながら、密の腕の中で体を回し、密の方に体の正面を向けた。
「お姉ちゃん」
密が言い叶の顔を見つめる。
「ただいま」
叶は言うと、密の体を抱き締め返した。
「うん。うん。お帰りなさい。お姉ちゃん。お帰りなさい」
密が泣き出し始め、顔をくしゃくしゃにしながら言葉を出した。
「密ちゃん、泣き過ぎだよ」
「お姉ちゃんだって泣いてる」
叶が言うと密が泣き笑いの顔になりながら言う。
「お姉ちゃん。昔みたいに密って呼んで」
密の言葉を聞いた叶は、少しだけ間を空けてから小さく頷いた。
「密。大きくなったね」
叶は言い笑顔を作った。
「お姉ちゃん。叶お姉ちゃん」
密が声を上げ、両膝を床に突くと、叶の胸に顔を埋めて来た。
「密。密」
叶は密の名を呼びながら、密の頭を優しく何度も撫でた。どれくらいの時間そうしていたのだろうか。気が付けば、密は叶の胸の中で小さな寝息を立てていた。
「寝ちゃった。かわいい寝顔。あの頃みたい。でも、どうしよう?」
叶は言いながら顔を上げると周囲を見た。ベッドが少し離れた所にあったが、叶の力では密の体をそこまで運ぶ事ができない。密を起こそうか? と一瞬思ったが、気持ち良さそうに寝ている密を起こすのはかわいそうだとすぐに思い直した。しばしの間、どうしようかと考えていた叶は、そうだ。理者の力があったと思うと、密を起こさないように気を付けながら理者の力を使った。密をベッドの上に寝かせると、自分は横にはならずに部屋の中を歩き始める。密と話してて理者の力の事をすっかり忘れちゃってた。忘れてた間は、こっちの世界の人間のつもりになってたみたい。そんな事を思いながら叶は改めて周囲を見た。机、箪笥、本棚、何もかもがあの頃のままだった。
「本当に懐かしい」
叶は言葉を漏らすと、机の引き出しの中を見てみたいと思い、机に近付いた。ベッドの方から布団の動く音がする。密が起きたのかな? と思いながら振り向くと、灯りが眩しかったのか密が布団の中に潜っていた。叶は少しの間迷ってから、部屋から出て部屋の灯りを消した。部屋のドアを閉めると、叶はリッサの元へ向かった。