十七 未来

文字数 9,463文字

 ふと目を覚ました叶は、横に眠る密の規則正しい寝息を聞きながら、密の体温を、触れる体の端々から感じつつ、密を起こさないようにとそっと体を起こした。眠っている間に日が暮れてしまったらしく、社の中は深い闇に包まれている。叶は灯りを出そうと思うと、理者の力を使おうとした。

「これは、本当に、なんと言っていいのか。お前達、そういう関係になったのか? 叶。それで、できるのか? 大丈夫なのか?」

 リッサの囁く声が、叶の傍、密の寝ている場所の反対側からする。社の中が微かに明るくなった。リッサが灯りを出したようだった。

「リッサ、いつからいたの?」

 叶は小さな声で言い、微かな灯りの中で辛うじて見えるリッサに責めるような目を向ける。

「覗いてはいないぞ。それに、仮に覗いていたとしても俺は犬だ。お前らの交尾の真似事なんて物を見ても全然何も思わない」 

 リッサが犬然とした顔に、呆れたような表情を浮かべながら囁く。

「交尾の真似事って。リッサ酷い。私と密は愛し合ってるの。これは、そういう事じゃなくって、絆の問題なの。お互いの気持ちを確かめ合ったの」

 叶は小さな声で言うと、理者の力を使って大きなタオルを二枚出した。一枚を密の体の上にかけ、一枚を自分の体に巻く。

「そんなに怒るな。悪気があってそういう言い方をしたわけじゃない。他の言い方を思い付かなかっただけだ」

 リッサが囁いた。

「言い方だけの事じゃない」

 小さな声でそう言い、叶はぷいっと横を向いた。

「悪かった。次からは気を付ける。だから機嫌を直せ。それで、どうするんだ? もう日が暮れてから結構経つ。約束した一日が終わるぞ」

 リッサが囁く。

「ちゃんと話して分かってもらう。分かってもらって、私を倒してもらう」

 叶は少し間を空けてから小声で言うと、そっと、密の頭を撫でる。

「密を本当に説得できると思ってるのか?」

「うん。思ってる」

 リッサの言葉を聞いた密は、頷きながら小声で言った。

「リッサは酷いな。お姉ちゃんは優しくて密の事を愛してくれてて、もう最高」

 不意に密の声がする。

「密?」

「起きてたのか?」

 叶とリッサはほとんど同時に言った。

「お姉ちゃんが起きてからすぐに起きてたよ。密はお姉ちゃんと一心同体だもん」

 密が体の上にかかっているタオルを体に巻くと、自分の頭に置かれていた叶の手を片手で優しく握り、そう言いながら体を起こした。

「密。頼む。世界を救ってくれ」

 リッサが言う。

「密。お姉ちゃんからもお願い。また会えたのに、密と未来と離れ離れになるのは本当に嫌だけど、でも、世界を救う為なら我慢する。だから、ね。密」

 叶は密の目を見つめ、密の自分の手を握る手を、空いているもう片方の手で上から握りながら言った。密が自分の手を上から握っている叶の手を、空いていたもう片方の手で包むようにして握る。

「ごめん。無理だよお姉ちゃん。密はお姉ちゃんと別れたくない。未来の事があるけど、でも、それでも、お姉ちゃんと一緒にいたい」

「未来を見殺しにする気か? 世界を救わないという事はそういう事なんだぞ」

 密の言葉を聞いたリッサが言う。

「それは、でも、密は、密は、お姉ちゃんと一緒にいたい」

「密」

 密の言葉を聞き、叶は言葉を漏らした。嬉しい。密がこんなにも愛してくれてて本当に嬉しい。でも。駄目。無理。この世界を、未来を見捨てる事なんてできない。それに、密にリッサみたいになって欲しくない。叶はそう思うと密の顔を見ていられなくなり目を伏せた。

「密。叶の事を本当に愛してるのなら、叶の事も考えてやれ」

 リッサが叶の膝の上に前足を片方だけ乗せて言う。

「お姉ちゃんの事を考えて、お姉ちゃんの言う通りにしたら、密とお姉ちゃんは離れ離れになる。そんな事は絶対に嫌」

 密がリッサを見つめて言った。

「我慢するって決めてたのに。密にそんな風に言われたら。密とずっと一緒にいられたらどんなに幸せなんだろう」

 叶は密の言葉に心を打たれ、泣き出しながら言った。

「お姉ちゃん。泣かないで」

 密が言う。

「泣いてない」

 叶は密に泣いている所を見せたくないと思い、そう言うと、顔を俯けた。

「お姉ちゃん。そんなに辛い思いまでして、世界を救いたいの?」

 密が叶の手を握る手に力を込めて言う。

「密にはまだ言ってない事があるの。リッサが前に言ってたの。世界を救う事に失敗した勇者みたいな何者かがどうなるか」 

 叶は言うと、密の胸に顔を埋めた。

「お姉ちゃん」

 密が言い叶の頭に顔をぎゅっと押し付ける。

「世界を救う事に失敗した勇者のような何者かは、その世界と一緒には滅びない。その世界を滅ぼしたという罪とその記憶を背負って永遠に生きて行く事になる」

 リッサが言った。

「お姉ちゃん、密と一緒にいたい。でも、そんな罪とか記憶とかを密に背負わせたくない」

「それって、お姉ちゃんも密と同じように罪とか記憶とかを背負うって事?」

 叶の言葉を聞いた密が言う。

「そういう事になる。叶の方は世界を救う救わないに関係なく記憶が常に残り続けるからな」 

 リッサが言った。

「そんなの駄目。お姉ちゃんにそんな罪とか記憶とかを背負わせるなんてできない」

 密が言い、叶の手から両手を放すと、叶の体を包み込むようにして抱き締めた。

「密。ずるい言い方してごめんね。密に全部押し付けてごめんね。世界を救って。お願い」

 叶は顔を上げると、密の目を見つめながら言った。

「できないよ。嫌だ。お姉ちゃんを殺してなんて絶対に救わない。考える。どうすればいいのか、考える。あの頃の密とは違う。何か方法があるはず。密はそう簡単には諦めない。お姉ちゃんと一緒にいたいもん。こんな理不尽なの認めない。お姉ちゃんが帰って来て、お姉ちゃんと愛し合えて。これから幸せになれるんだっていうのに、またお姉ちゃんを失うなんて許せない。何か方法がきっとある」

 密が叶の目を、燃えるような強い意志を湛えた目で見つめながら言った。

「密。無理だ。理者の力を使っても、他にどんな事をお前がしても、世界を救う事はできない。そういう風にできてる。犠牲失くしては世界は救えない」

 リッサが密を見据えて言う。

「黙ってて。そんなの分からないでしょ。何もやってないのにできないなんて言わないで」

 密が大きな声を上げる。

「密。ごめんね。お姉ちゃん、密に辛い思いばっかりさせてる」

 叶は自分が謝っても密が苦しむだけだと思いながらも、そう言わずにはいられなかった。

「お姉ちゃんと一緒にいて辛い思いになんてならない。何があってもお姉ちゃんと一緒にいればそれで密は幸せだよ」

「密。無理なんだ。諦めろ。こうしている間にも世界は滅びに向かってる。人々が傷付き死んで行ってる。お前にしかできないんだ。叶。しっかりしろ。お前は世界を救う為にここに来てるんだ。それを忘れるな」

 密が言い終えると、すぐにリッサが言った。

「分かってる。でも、私も密と一緒にいたい。諦めないって言ってくれた密を信じたい。世界を救えて、密と一緒にいられる方法があればいいのに。私が気を失った時に、密が先生を呼んでくれたみたいに、何か新しい方法が見付けられれば」

「そうだ。それだよ。お姉ちゃん。理者を呼ぼう。ここに理者を呼んで、なんとかしてもらおう」

 叶の言葉を途中で遮るようにして密が叫んだ。

「無理だ。理者を呼ぶなんて事はできない」

 リッサが言う。

「やってみなきゃ分からない」

 密が言い、目を閉じる。叶はその姿を見て、自分もやろう。この世界を作った理者ならなんとかできるかも知れない。理者。ここに飛んで来て。今すぐにここに飛んで来てと思った。

「密。これで分かっただろう。理者を呼ぶなんて事はできない。諦めろ」

 しばしの沈黙の後に、リッサが言った。

「嫌だ。密は絶対に諦めない」

 閉じていた目を開き、密が叫ぶ。

「叶。もういいだろう。諦めて密を説得するんだ。こうしてる間にも人が死に、世界は滅びに向かってるんだ」

 リッサの言葉を聞いた叶は、リッサの方を見た。リッサの真剣な眼差しが叶の目を射るように見つめる。どうしよう? どうすればいい? リッサの目を見つめ返しながら叶は迷った。

「お姉ちゃん。密を信じて」

 密が言って叶を抱く手に力を込めると、再び目を閉じた。

「密」

 叶は言い、密の顔に目を転じる。

「リッサ。ごめん」

 密の真剣な表情を見た叶はそう言って目を閉じると、私は密を信じる。理者よここに飛んで来てと思った。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん。って古いか。今時の子達じゃ知らないか」

 そんな事を言う女性の声が叶達の背後から聞こえ、叶達が目を開け顔を向けると、そこには着物姿の姉御が立っていた。

「姉御?」

「なぜ来た?」

「理者?」

 叶、リッサ、密が三者三様の声を上げる。

「叶。悪かったね。辛い思いをたくさんさせた。リッサ。ご苦労さん。それで、密、あんたは初めてだね。まあ、これは叶も知らなかった事なんだけどさ。あたしが理者だ。叶とリッサは姉御って呼んでくれてる。あんたも姉御って呼んでくれていい」

 姉御がざっくばらんに言う。

「姉御が、理者なの?」

 叶は、そんな。信じられないと思いつつ言った。

「ずっと黙ってて悪かったね。ほら。なんか、あんたの中の理者のイメージが悪そうだったから。つい、言いそびれてて」

 姉御が言い、ばつの悪そうな顔をする。

「どうして来た? 話がややこしくなるだけだろう」

 リッサが言う。

「この子達が苦しむ所を見てられなかった。絶対に来ないつもりだったんだ。我慢はしてたんだよ。離れ離れになる事なんて生きてりゃざらにある事だ。皆、そういう事を乗り越えて生きてる。けど、本当に死なないとしても、姉を妹に殺させるっていうのはちょっと違うって思っちまった。それに、こんな風に必死に来てって呼ばれたら。叶はあたしの娘みたいなもんだろう? ちょっとくらいずるをしていいかなってさ」

 姉御が言うと、叶達の傍に来て叶の頭を撫でようとする。

「お姉ちゃんに触らないで」

 密が言い、抱き締めている叶を持ち上げると、姉御から遠ざかるように後ろに下がった。

「これは、悪かったね」

 姉御が言って、手を引き、寂しそうな顔をする。

「ちょっと。ちょっとだけなら、いい。お姉ちゃんはかわいいから、触りたくなる気持ちは分かる」

 密が目を伏せながら言うと、元の位置まで戻る。

「気に入った。さすが、叶の妹だ。ん? そうだね。そうなるとあんたもあたしの娘も同然だ」

 姉御が笑いながら言い、叶と密の二人の頭をわしわしと強く撫でた。

「姉御ちょっと」 

 叶は姉御の手の感触を、嬉しく思いながら言った。

「乱暴過ぎ」

 撫でられる事にはなんの抵抗もせずに密がぶっきら棒に言う。

「姉御。再会を喜ぶのはいいがどうするんだ? こうしてる間にもこの世界は滅びに向かってるんだぞ」

 リッサが言う。

「あんたが叶と密の一日の為に頑張ってくれてた間も、結構滅びが進んでたみたいだからね。さて。どうしたもんか」

 姉御がそこで言葉を切ると、叶と密の頭を撫でる手を引き、交互に叶と密二人の顔を見た。

「残酷な事かも知れないけど、あんた達のこれからと、あんた達の世界の事だ。あんた達が選ぶってのがいいのかもね。まあ、どうしても選べないって言うならあたしが選んでもいいけどさ。選択肢は二つだ。悪いが、あたしにはこの二つしかできない。一つ目は、この世界を再生させるってもんだ。その場合は、叶と密の今日までの記憶はなくなる。ただし。それだけの犠牲を払うんだ。父親と母親は生き返らせ、未来も元気にしてやる。今日まで普通に暮らして来た家族として、再生した世界であんた達家族はまた生きて行く事になる」

「そんな事できるの?」 

 姉御が言い終えるとすぐに密が言う。

「できるさ。あたしは理者だよ。理者ってのは、この世界のすべての理を司る神みたいなもんさ。ある条件さえクリアできればできない事はほとんどない。けど、まあ、その条件ってのが問題なんだけどね」

 姉御が言葉尻に苦い顔を付け足す。

「姉御。話が逸れて行きそうだぞ。ちゃんとした話の続きを早く話せ」

 リッサが言う。

「分かってるよ。二つ目の選択肢の方は、叶と密と未来をあたしが殺す。その犠牲を以てこの世界を救う。あんた達姉妹はあたしのいる世界に来て、この世界はあんた達を失い滅びから救われ存続して行く。こっちの場合も未来の体は元に戻す。あの体のまま永遠に生き続けるのはかわいそうだからね」

 姉御が言い終えると、頭をぽりぽりとかいてから、胸の前で腕を組んだ。叶と密は顔を見合わせる。

「お姉ちゃん、どうすればいいのかな?」

「ねえ、密。どうするか考える前に、お姉ちゃん、姉御に聞きたい事があるんだけどいい?」

 密の言葉を聞いた叶が言うと、密がうん。いいよと言葉を返した。

「姉御。世界を再生するってどういう事? 世界が救われるのとは違うの?」

 叶は聞いた。

「じゃあ、質問タイムだ。なんでも聞きな。まずは今の叶の質問からだ。世界を再生するってのは、世界を再生させたあたし以外にはその事に気付く者は誰もいないけど、世界が滅びて一度終わり、再び生まれるって事だ。新しい世界は一見すると前の世界とは変わらない。その世界に住んでいる誰もが前の世界との差異に気が付かない。でも、一度は滅んでるから、何かしらの差異が必ず生まれてしまう。例えば、そうだね。前の世界ではいたはずの人がいなくなるとか、あったはずの物がなくなるとか、そういう事が起きる。それでも、新しい世界に住む者は誰も気が付かないし、新しい世界が動いて行く事になんの支障もきたさないから、ただ、存在が消えてしまうっていうだけなんだけどね」

 姉御が叶と密の顔を交互に見ながら言った。

「じゃあ、密とお姉ちゃんが知らない間にどっちかがいなくなるっていう事が起きたりするって事?」

 密が言うと、姉御が、それだけはないよ。あたしがちゃんとあんた達家族だけは消えないようにしてやると答えた。

「でも、他の人達の大切な人が消えてしまう事があるかも知れないって事?」

 叶は密の方を見ながら言う。

「そうだね。でも、当人達は気が付かない。そこと記憶の事をあんた達が割り切れるかどうかさ。世界の再生には必ず欠損が生じる。欠損なしに再生はできない。救うってのとは違うからね」

 姉御が言った。

「記憶は? なんで密達の記憶はなくなるの?」

 密が聞く。

「犠牲になるのさ。これが、クリアしなければいけないある条件って奴の事でね。例えば、今やろうとしているような世界を救うとか再生するとか、後は、人の生き死にや怪我や病気をどうにかするとか、そういう事をするには犠牲がいるんだ。理者の力を持った者や世界その物の犠牲がね。この世界を再生する場合には、あんた達二人の記憶が犠牲になる必要がある」

 姉御の言葉を聞いた密が叶を見つめる。未来が元気になってお父さんとお母さんが帰って来る。そんな事になったらどんなに幸せなんだろう。でも、この世界に与えてしまう何かしらの欠損と、密と自分の記憶を失っていう犠牲はあまりにも大き過ぎる。そもそも記憶を失ったら、密と一緒になって姉御を呼んだ意味がなくなっちゃうと、密の目を見つめ返しながら叶は思った。

「お姉ちゃんと愛し合った記憶が消えるの嫌だよ」 

 密が言った。

「姉御。もう一つの方は、この世界に何か起きるの? 欠損とかそういうのは起きる?」

 叶は、もしも世界に何もないのならこっちの方がいいのかも知れない。ただ、未来の事がある。未来のこれからを勝手に決めてしまっていいのだろうかと思いながら聞いた。

「世界を救う方は何も起きないよ。今のこのままの世界が、滅びないでそのまま存続する」 

 姉御が言ってから、小さく溜息を吐いた。

「未来をここに呼んで、元気にして、話をする事はできる? 今のこの状況の事を話して、未来も、どうするか決めるのに参加させたい」

 密が声を上げた。

「それは、無理だ。未来の体を治すってのもあんた達の犠牲があってこそできる事なんだ」

 姉御が言う。

「二人で決めるしかない。きつい言い方をするが、ここまで譲歩されただけでもありがたいと思った方がいい。どっちにしても、姉妹三人は一緒にいられるんだ」

 リッサが言った。

「お姉ちゃん。どうしよう?」

 密が泣きそうな顔になりながら言う。

「うん。未来の事がね。お姉ちゃんと密のこれからの事だけだったら、お姉ちゃんは世界を救うっていう方でいいと思うんだ。こっちなら密との記憶が残せるから」

「お姉ちゃん」

 叶の言葉を聞いた密が言い、叶を抱く手にぎゅっと力を込める。

「忘れてた。あんた達そういう関係だったっけ。娘達がそういうのってどうなんだろうね。あたし的にはどっちでもいいんだけどさ。あたしも全然どっちもイケる口だから。けど、親的には、何か言った方がいいのかね」

 姉御が困ったような顔をしながら、そんな事を言った。

「姉御。何を言ってる。今はそんな事を言ってる場合じゃないだろう。密。叶。とりあえず未来をここに呼んだらどうだ? どっちを選ぶにしても傍にいた方がいいだろう?」

 リッサが言う。

「そっか。そうだね。そうする」

 密が言うと、ほんの少しの間があってから、皆の前に未来の乗った病院のベッドが降下して来る。

「未来。どうすればいいと思う? 未来が起きてくれて、話を聞いてくれて、一緒に考えてくれたらいいのに」

 叶は密の手の中から抜け出ると、着地した未来の寝ているベッドの傍に行き、包帯の巻かれている未来の顔を見つめながら言葉をかけた。

「なあ。姉御。一足先に俺はあっちに帰ろうと思う。悪いが、俺を殺してくれないか?」

 リッサが言う。

「リッサ?」

 叶は言葉を漏らした。

「何言ってるの?」

 密が言う。

「リッサ。あんた。そう来たか。まったく、さっきは二人で決めろなんて言って煽ってたくせに。急にどうしたんだい? 確かにあたしがこっちにいる今ならそういう事ができるね。密。叶。リッサが犠牲になってくれるってさ。それで、未来を元気にしてやれる。二人とも、絶対にこっち見るんじゃないよ。日頃の仕返しだ。ちょいと惨たらしい殺し方をしてやる」

「お、おい。姉御。日頃の仕返しって、そりゃないだろ。安楽死にしてくれ。優しいの。痛くない奴」

 姉御とリッサが会話をしているのを聞きながら密と叶は顔を見合わせる。

「ありがたいけど、なんだかなあ、だよ。だったら最初っからそうしてくれてればいいのに。この世界の事だってさ。姉御が最初から今みたいにできるって言ってくれてれば色々悩まなくて済んだのに」

 叶の傍に来た密が唇を尖らせて言う。

「そうだね。でも、お姉ちゃんはこう思うな。密が頑張って来たから、今のこの状況があるんだよ。密がずっと頑張って来たのを知って、姉御もリッサもきっとどうにかしてあげたいって思ってくれたんだよ」

 叶は微笑みつつ言った。

「違うよ。密は頑張ってないよ。もしそうだったとしたら、お姉ちゃんが頑張ったからだよ」

 密が言った。

「密が頑張ったんだよ。お姉ちゃんは何もしてないもん」

 叶は言い、密をそっと抱き寄せる。

「もう。ずるいよ。そんな風にされたら逆らえない。でも、そっか。そういう事なら、いっか。姉御もリッサも優しいんだね」

「うん。厳しくってとっても優しい。だから、お姉ちゃん、一人になってもやって来られたんだと思う」

 密の言葉を聞いて、叶はそれに優しい気持ちになりながら応じた。

「さて。終わった。未来。起きてごらん」 

 姉御が言った。

「お、お、き、る?」

 包帯の巻かれている未来の口から小さな言葉がこぼれ出る。

「お姉ちゃん。未来が。未来がしゃべった」

「うん。良かったね密。本当に良かった」

 密と叶は言いながら未来の顔を覗き込んだ。

「何?! キツネ? 獣人?」

 未来が大きな声を上げた。

「ああ。そうだったね。もう、仕事も終わりみたいなもんだし、リッサの犠牲の分の残りがあるか。その姿じゃなくてもいいだろう」

 姉御が言うと、密の姿が元の人間の時の姿に戻った。

「なんなの? キツネの獣人じゃなくなった? あれ? お姉ちゃん? 密お姉ちゃん? ええと、えと、こっちは、ええ?! 叶お姉ちゃん!? 小さい頃のまま? でも、叶お姉ちゃんだよね?」

 未来が言い、ばっと勢い良く上半身を起こした。未来の頭が叶と密の頭に勢い良くぶつかる。

「いった」

「痛い」

「ごめん」

 密と叶が頭を押さえながら言うと、頭を押さえている未来が言って小さく頭を下げる。

「折角の姉妹の再会だっていうのにまったく。あんた達は何をやってるんだい? 未来。あんたの体は完治した。体力も何もかも回復してる。もうあんたは自由だ」

 姉御が言う。

「え? 誰? どゆこと? 何が起きてるの?」

 未来が姉御のいる方を見ながら言った。

「包帯取るね」

 叶は言うと、未来の全身に巻いてあった包帯をそっと優しく丁寧に取り始める。

「ちょっと、お姉ちゃん。服。未来、裸だから。先に服出した方がいいって」

 密が言うと、未来が元気だった頃にお気に入りだった服が未来の腕の中に現れた。

「服が勝手に出て来た? ねえ、密お姉ちゃん、叶お姉ちゃん。何がどうなってるの?」

 未来が言う。

「大丈夫だよ未来。密と叶お姉ちゃんがいる。全部大丈夫」

 密が未来に服を着せ、抱き締めながら言った。

「ちょっと、密お姉ちゃん?」

「いいの。少しだけ我慢して」 

 未来の言葉を聞いた密が言う。叶はそんな二人の姿を見て、良かった。本当に良かったと思った。

「一緒に抱き締めてやらないのかい?」

 姉御が叶の肩を抱きながら言った。

「今は、二人だけにしてあげようかなって。私は姉御達のお陰で、今まで幸せに過ごして来たから。この再会を一番喜ばないといけないのはこの二人だもん」

 叶は姉御の顔を見上げて言う。

「あんたらしいというか、なんというか。そんなんじゃ、幸せを逃がすよ。もっと、がっつかないと」

 姉御が言うと、叶をお姫様抱っこする。

「ちょっと? 姉御?」

 叶の言葉を無視して姉御が叶をベッドの上にのせた。

「叶が一人で寂しがってるよ」

 姉御が言うと、叶と密と未来の三人を両手で包むようにして抱き締めた。
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