6 閉店興行

文字数 2,478文字

 交通事故で重傷を負い、半年の入院とリハビリを終えた武田の復帰公演の笑劇場は一週間連続で行われた。マスコミで取り上げられたこともあり、地元はもちろん、大阪からも多くの客が来た。土日の二日間は満員御礼、武田はすっかり調子に乗っていた。
 武田のタレントとしての活動も順調に始まった。武田が事故を起こす前、ちょうどテレビのバラエティ番組のレギュラー仕事が決まったところだった。もちろんそれはボツになってしまったのだが、復帰直後に番組が始まった。
 しかし、完全復帰とはいいがたい体調のこともあり、笑劇場の出演は少なくなってしまって、動きも小さいものになっていた。何より一番の問題は、座員の統率力が下がってしまっていたことだった。
 笑劇場は次第に客に物足りなさを感じさせていた。半年後、武田が事故にあう前の売り上げを下回り、赤字を出すようになっていた。佐飛パラダイス興業社長の内川は、それなりの決断の時を迎えていた。
「武田さん、ちょっと。笑劇場の事なんやけど、潮時かなと思ってるんですわ」 
 笑劇場の閉鎖を考えていると武田に伝えた。
 武田の休業がが経営に対して迷惑をかけたことはわかっていた。それがそんなに大変なことだったのかと驚いたが、反論することもなかった。笑劇場がなくなってもテレビの仕事がメインにして、大阪の舞台で単発の漫談やトークライブをしてもいいと思っていた。
 武田のその反応を見て、内川は少しがっかりしていた。
 武田がレギュラー番組のためにテレビ局で打ち合わせをしていた。担当ディレクターの渡辺との打ち合わせの合間の雑談で、ついつい言ってしまった。
「ここだけの話ですけど、笑劇場、赤字なんで、いつまであるかわかりませんよ」
「そうですね、正直ちょっと客の入り悪くなってますね」
 テレビ局の人だからだろうか、あまりにはっきり言われて、少し腹が立った。
『笑劇場、無くしたくないな』
このとき武田は初めてそう思った。
「渡辺さん。笑劇場で特別興業したら、密着で撮ってもらえます?」
「そんな企画も面白いかもしれませんね」
 東京のテレビ番組でCDを何枚か売れたらメジャーデビューだが、売れなかったらバンドが解散するという企画を見たことがあった。ふとそれを思い出し、笑劇場もそんな企画をしてはどうだろうかと思った。
「それ、面白そうですね。企画書書いてちょっと考えましょうか」

 渡辺が、企画書を翌日にメールで送ってきた。勝手に作らせていいものかとも思ったが、仕方ない。武田には自分ではそんな企画力も企画書をまとめる力もないことはわかっていた。
 佐飛パラダイス入場者を一万人集めないと、笑劇場を解散するというものだった。
 さっと目を通して、そのまま内川に見せた。
「一万人というのは、非現実的な数字じゃないか。実質解散することになっているんじゃないか」
「社長、どうせやめるんだったら、やりきってやめさせてくださいよ」

 佐飛パラダイスの笑劇場などが行われる劇場は、三百人が定員だが、そんなに入ることはほとんどない。今日はその劇場に、客ではなく五十人ほどの所属芸人のほぼすべてが座った。テレビ取材も入り、パラダイスの入り口から撮影されていた。
「佐飛パラダイス、笑劇場は解散するかもしれません」
 社長の内川が舞台から客席に座った芸人たちにそういった。テレビカメラが入っているからだろう、大声を出したり立ち上がる芸人もいた。
「佐飛パラダイスは、もともと風呂屋です。極楽湯。地域の人に楽しんでもらえる場所にしたいと思って、私の父に作りました。その後、笑劇場を作り、たくさんのお客様に楽しんでいただきました。でも、今経営的に厳しい状態です。これは経営者としての責任が最大です。今、芸人さんたちに責任を押し付けるわけではありませんが、笑劇場がお客様に求められているかどうかを試してみたいと思います。お客様に必要とされないのなら、佐飛パラダイスは風呂屋に戻します」
 芸人たちは静かに聞いていた。
「芸人魂を見せて下さい」
 内川がそう言って下手に下がり、入れ替わりにBGMと共に武田が舞台に現れた。
「さぁみなさん、これから佐飛パラダイス笑劇場の将来を決めるイベントが始まります。一か月連続の公演を行います。入場者が一万人を越えなければ、笑劇場は解散です」
 芸人たちは、いつもになく大きな声を出してカメラにアピールしていた。
「ヤルデー」「超えるぞー」
 おそらく、テレビカメラがなかったら芸人たちは奮起しなかったろう。本当に笑劇場への愛があるのかは、武田にもわからない。
「愛される笑劇場を続けたいかー」
「おー」

演題
 
 上辻が演じる小学生の男の子が、松原の演じる祖父と一緒に佐飛パラダイスに遊びに来ていた。
「おじいちゃん、僕パラダイス大好きや。お風呂大きいし、おもろかったわ」
「せやな、パラダイス作ってくれはった内川さんに感謝せんとな」
 壁に、佐飛パラダイスを作ったという内川勝彦の肖像画が飾られている。実際に佐飛パラダイスのロビーには肖像画が飾られている。
 松原が、孫に肖像画を指して話している。
「前の社長さんが、佐飛の人のために楽しい場所を作ってくれはったんや」
 戦争で南方から復員してきて、疲弊した農業が復興していく中で、農民たちに安らぎの場所を作った内川雅彦について、おじいちゃんが孫に説明した。
「これが、前の社長さんの肖像画や」
 肖像画には、現在の社長、内川雅彦がドーランを塗って七三の鬘を被りポーズをとって入っている。平日の公演では内川も業務があるので本当に絵だったのだが、土日だけ入っていた。
 上辻は、無邪気に絵である内川の眼鏡をずらしたり、鼻をつまみ頬を挟んでいる。
「前の社長さん、ありがとう」
 絵の内川は苦笑しながら、手で追い払えず首を振り回し抵抗する。客はクスクス笑いはじめる。
「やめて、もうやめて」
 内川が思わず声を出してしまう。
「おじいちゃん!絵がしゃべったで」
「そんなことありえへん」
 松原も内川の顔に触る。
「ほら、何も言わへん」
「うー」
 内川がうめき声を漏らし、客は笑った。
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