廃墟ホテルの噂:肝試しの2500字

文字数 2,353文字

 はぁ。困ったな。
 噂が流れている。

 逆城(さかしろ)観光ホテルの最上階には隠し部屋があるという。
 逆城観光ホテルというのはニ東山(にとうやま)ハイウェイの途中にある廃ホテルだ。もともとは南側の神津湾を一望できることを売りにしていたそうだ。廃業したのはもう何十年か前のバブルという時代で、それ以降ずっと放置されている。

 この廃墟に行くのは簡単だ。
 山頂行きのバスを途中下車して少し下ると左手側に細い獣道があり、草をかき分けて進めばそのうち立入禁止の壊れたカラーコーンが見えて更に歩くと傷んだブロック塀と鉄錆びた門の奥に灰色に汚れた建物が見える。
 そして逆城観光ホテルは廃墟スポットとしては有名だ。たくさんの人間が不法侵入するものだからホテル入口のドアは割れきってフレームだけになっている。そこをぱりぱりと割れたガラスを踏みわけて進むとエレベーターがあるが壊れていて動かないからエレベーター脇の階段で上り下りをする。

 それで隠し部屋の噂だが、噂の出どころは一応ある。そして理由もある。
 ある肝試しオフ会のメンバーがこの廃墟を探検していた。それで一段落して乗り入れてきたバンで休憩してた時に闇の奥からぬるりと1人の男がにじみ出るように現れてとぼとぼと目の前を通り過ぎていったそうだ。そいつは終バスをかなり過ぎた夜半にも関わらず、山裾から登ってきた、のだろう。とはいえ山裾から登っても1時間はかからない。
 けれども一種異様だったのはその姿だ。スーツにローファーのサラリーマン風で一見普通の男で、廃墟探索に訪れるような感じではなかった。そして妙に暗い感じではあったが幽霊とも思われないきちんと足も、足音も足跡もあった。

 サラリーマンはオフ会メンバーには目もくれずにさっさとホテル入り口に向かう。その様子があまりにも自然な感じに不自然で、面白半分なオフ会のメンバーは付いていこう、趣味悪いよ、というやりとりがあった末にその2人が10メートルほど間をあけて男についていくことにした。

 ところが20分ほどしてその2人は返ってきた。
 話を聞くとサラリーマンはまっすぐ階段を7階までは登ったそうだ。8階は屋上になているが、屋上の扉は開けるとギィと音がする。そんな音は聞こえなかったから男が向かったのはおそらく7階で、けれどもどの部屋に入ったのかはわからなかった。

 しばらくまってもウンともスンとも音はせず、部屋を片っ端から覗いてみたけれどももぬけの殻で誰もいなかった。それでどこかの部屋に入った時に入れ替わりに出てきたのかと思って返ってきた。
 けれども他のメンバーは誰も出てくる者なんて見ていない。朝まで待ったけれども結局男は出てこなくって、そのまま行方不明。

 これと似たような話がいくつかある。
 だから最近、その廃墟ホテルには7階、つまり最上階に隠し部屋があるだろう、という噂がネットで騒がれていた。この間はラジオで不思議スポットとして紹介されたくらいだから、きっとその噂はかなり広まっているのだろう。

 困ったな、というのが実感だ。そろそろ新しい場所を考えないといけないかもしれない。
 この逆城という町には地獄に繋がる7つの道があるという噂が古くからある。そしてこの廃墟ホテルもその1つだ、と思う。思うというのはその道は一方通行で行く先がわからないからだ。

 俺は辻切(つじき)で情報屋をやっている。
 このホテルの話は港湾ヤクザから聞いたんだ。青山総会(せいざんそうかい)。ホテルが廃墟として有名になったから死体の処理に使えなくなったと言っていた。そう。このホテルはヤクザの死体処理に使われていた。だから廃業してもう40年以上経とうというのに最低限のメンテナンスはされていたわけだ。
 それでもう青山総会は使わねぇってんで俺は迷惑かけずに、あるいは失踪っていう形で自殺したいってやつに小金で場所を教えていた。俺から見てももうどうしようもねぇなってやつ限定で。

 あのホテルの7階にはダストシュートがあるんだ。けれどもそのダストシュートはどこにもつながっていない。建築図面にもない。
 そこをあけるとポッカリとコンクリートに囲まれた80センチ四方の穴がずっと下まで続いている。港湾ヤクザに一度ついてったことがある。死体を投げ込んでもドサとかドンとかいった死体が地面につく音がいつまでも聞こえなかった。ヤクザはもう数十体じゃ聞かない死体を投げ込んでいるらしいが埋まる様子は全くない。7階の床面の高さはだいたい20メートルくらいだろう。20体も詰めればいっぱいいっぱいのはずなのにな。

 一度石を投げたことがある。ぶつかるように投げ込んだ。カツンカツン音を鳴らしながら随分先まで音が聞こえていた。そしてその音は唐突に途切れることもなく、聞こえないくらいに小さな音になっていつのまにか途切れた。
 だからこの穴は恐ろしく深い、はずだ。
 そうでなければおかしい。

 結局のところ噂が広まってしまうと情報が売れなくなる。さすがに人がたくさんいるところに突入して自殺しようなんてやつはいないだろうし、そもそも目撃されると意味がないわけだよ。だからこの情報はもう賞味期限切れだ。
 一方で、俺はそのうちこの穴の存在が知れ渡ることも心のどこかで期待している。
 そうなればいずれ警察などが調査するかもしれない。
 やっぱりあの穴は黄泉につながっているのかな。
 今の俺の関心はそれだけだ。



ー付言。
この話は逆城の黄泉路というシリーズです。
黄泉路は放課後シリーズで神津旧道トンネルからつながるやつが1つ、あと鷹一郎さんのシリーズで1つとメルティの伊邪那岐神社で1つ(現時点未公開ばかりですみません)。
この黄泉路は昔は正しく根の国に繋がっていたけど今は名もなき腐池に繋がっている。この話は怪談でそのうちでてくる。結構先に。
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