スティル・イン・ザ・ダーク:デスゲームの8000字

文字数 8,137文字


 背中の冷たさと張りで意識を取り戻した。
 何だ糞。スッゲェ肩痛ぇ。コキコキ首を左右に動かして腕を上げるとゴンという鈍い音が響いた。手の甲に感じるひやりとした固く滑らかな感触。そういえば目を開けているはずなのに真っ暗。それに気づいた瞬間恐慌に陥り起きあがろうと腹筋に力を入れたところで強かに額を打ちつけた。

 っつう!

 寝ぼけた頭がクラクラする。なんだ、これ。
 そしてうっすら思い出す。そうだ落ち着け焦るな。目を閉じて念じる。これはゲームだ。死を賭けた。その証拠に首を触ると見慣れない金属のチョーカーがついている。だから……必要なのは検証だ。ゲームであるからには脱出方法は必ずある。そうでなければ“見てて面白くない”。
 目を皿のように細める。だめだ、そもそも光源がない。震えるような真の闇。自分の手足の位置すらわからない。宙にでも浮いているようなわけのわからない不安が湧き上がる。パニック。思わず右手を強く壁に打ち付ける。痛ぇ、だが少し落ち着いた。

 ……状況分析だ。両手を横に広げると、左右両方とも体から少し離れたところで冷たい壁にぶち当たる。隙間は何センチくらいなのか。床にそって親指と小指を広げる。太ももの脇で左右それぞれ両掌を広げたくらいの空間。20センチと少し程度。つまり横幅は90センチ程度。
 次に手のひらを腹の上にもってきて天井までの距離を測る。右手一つ分プラス中指一本文くらいの長さ。35センチほど? いや、腹の厚さがわからないから意味がない。右側壁面に右掌を這わす。尺取虫のように計測した高さはおそらく60センチほど。
 到達した低い天井にそのまま掌を滑らせると、天井は床面と並行に伸びてそれぞれ左右上方で垂直に壁と接続されていた。そのまま再び壁に沿って手を下げると、側面の壁は同じく垂直に床面と接続されていた。
 ひゅっと血の気が失せる。四角い、箱? ロッカーみたいな。やべぇこれ。閉じ込められた? 何故だ? 何がどうなってる?

 チリリリリ

 唐突に音が響く。どこだ。右の尻ポケットに硬い感触。俺のiphone? くっ。切れるな。糞、動けない。腰を上げて隙間を作ろうと思っても無理だった。天井が低すぎて膝が曲がらないから腰が浮かない。手が、うまく背側に入らない。
 ちっ。そうか転がれば。なんとか横向きになって右手を背中に回して尻を探る。高さが肩幅ギリギリのせいで肩関節が外れそうに痛む。だが、よし、届いた。手探りで着信を押したつもりが切れた。タッチパネルめ。ハァッ……。息がっ、苦しいっ。真っ暗な眼の前に吐いた息が壁に反射して顔にかかる。狭さが意識に届いて閉じ込められた恐怖が迫る。肩が嵌まってうまく動けない、いや落ち着け。空気が。たりない、気がする。呼吸を浅く。フゥ、ハァ。ここでパニックはまずい。

 1分ほど息を整えて、携帯を掴んだ手を壁にそって真っすぐ伸ばし、そのまま再び腹が上に向くように転がる。よし、上を向けた。強ばる右手に握った携帯を顔の前まで持ってくると急なライトが目に刺さる。電池は10%。電波は……なし?
 目を滑らせるとBlueToothが起動している。アラートに見慣れないアプリの表示。知らないアプリ。無線?
 だが他に手がかりがない。取り急ぎコールした。

◇◇◇

 目を開けると森の中。私は空き地に転がっていた。
 意味がわからない。体中が痛い。直径10メートルほどの明るい空き地。けれどもその外は高い杉の木がバラバラと生え詰まっていて薄暗く沈んでいた。いつもの癖で首に手を当てて金属的な感触に気づく。そして思い出して焦る。今は何時!? この明るさと影の伸びからすると、おそらく15時頃? 
 そうだ、持ち物の確認だ。足元に置かれていたスポーツバッグを急いで開けると1番上に私のiphone。その下にはのこぎり、スコップ、電動ドリル、モンキーレンチ、バール、バケツ、その他工具類。それからバッグの隣に金属探知機、転圧機、と測量機。土木作業に使うようなわりと見慣れた機材。どういうこと? それよりタイガは?

 急いでタイガにコールする。けれども繋がらない。電波がない。意味がないじゃない!? 苛立ちで震える手のひら、いいえ、恐怖? 何かないかフリックすると見慣れないアイコンがあった。トランシーバー?
 開くと1つだけアドレスが表示された。5コール、10コール、15コール。そこで切られた。何? どういう状況? 画面の表示は15:32。日没はいつ!? ここは山? 周囲は木に遮られてわからない。

 チリリリリ

 着信。慌てて取る。

「誰!?」
「ミキか? タイガだ」
「タイガ? よかった今どこ?」
「わからない、が、狭いところに閉じ込められている。身動きが取れない。そっちはどうだ」
「空き地にいて周りは森。道もなさそう。バッグがあってのこぎりとかが入ってた」
「のこぎり? 他には?」
「電動ドリルとかスコップとか。バッグの他に金属探知機と転圧機と測量機がある」
「転圧機? なんだそりゃ」
「工事現場とかで地面を固めるもの? ダダダって振動する」
「ミキが使えるものは?」
「測量機以外なら使い方はわかる」
「地面関係ばかりだな。俺は恐らく土の中だ」
「ちょっとまって、どういうこと!?」
「空き地なんだろ? 多分そのどこかに俺は埋まってる」

 地面を見渡す。直径10メートル。手当り次第に掘れということ?
 絶望。無理だ。山だとしたらあと2時間もすれば日没だ。いや、金属探知機がある。

「そこは金属?」
「真っ暗でわからないが、いや待て。鉄か?」
「わかった。金属探知機で探す」
「電池が心もとない、1回切る、その前に確認だ」
「確認?」
「俺たちは絶対生き残る。いいな」

◇◇◇

 携帯の光で照らされた目の前の天井は金属。光沢をもったグレイ。鉄? いや、他の物質かもしれない。メッキかも。材質は不明。端部は溶接されているように見える。溶接? 完全に閉じ込められているのか? いや、不確定。
 電池は9%。保たない。どうせ繋がらないなら機内モードに切り替えて電力消費を抑える。だが状況確認は必須。少し悩んでカメラモードに切り替えてフラッシュを焚いて何箇所か撮影した後、携帯のバックライトを最弱設定に切り替える。真っ暗だから十分すぎる。これでも明るすぎるほど。
 チッ8%か。フラッシュは電気食う。撮った写真をピンチする。足元は……何もない。金属の低い天井が続いて足の少し先で塞がれている。頭上も同じ。……空気穴もなさそうだ。コンコン叩いても鈍い音しかしない。分厚いか、上に何か詰まっているか。やはり土中か。心なしか湿度も高い。俺を包むこの箱の形状がまるで棺桶のように思えた。悪趣味だ。

 このゲームのことを考える。
 『Money or Die』
 通称MOD。それはまことしやかな噂とともにネットの海を流れていた。登録し危険なゲームに勝ち抜けば莫大な金が手に入る。ひと昔前に漫画で流行ったデスゲーム。俺とミキは金に困っていた。それを見透かされたようにそのサイトにたどり着き、半信半疑で登録した。笑えるほどテンプレート。だが中身は本当だった。俺たちは2回勝ち抜き、今が3回目だ。

 今回のミッションを思い出す。『日没前に脱出すること』。それだけだ。その時点ではまさか土に埋められるとは思っていなかった。幸いミキの仕事は造園業だ。機材の使い方は分かるはず。生還ルートは金属探知機で検知してスコップで掘り、ドリルでこの鉄板に穴を開ける。それでいいか? いや、そんな単純なはずは。
 ミキからの着信。

「どうしよう、反応する場所が2箇所ある」
「ミキ、金属探知機ってどのくらいの深さまでわかるんだ?」
「普通のだと1.5メートルくらいかな。でも私ならその深さならギリで2箇所掘れる。普通の人じゃ無理だけど」

 『普通の人じゃ無理だけど』。その言葉が引っかかる。そもそも『普通の人』は金属探知機の使い方なんて知らない。とすればミキが造園業者で2箇所掘りきれることを前提とした配置。
 よく考えろ、これはそんなに単純か? このゲームで俺たちが手に入れうる金は2人合わせて基本が5000万、そっからは日没までの時間を1分毎に100万円。日没まで2時間残して脱出できれば追加で1億2000万円のプラス。2択の運で得られるような単純なボーナスとは思えない。つまり。

「ミキ、それは両方ともハズレだ」
「なんで!? 金属探知機で反応があったよ?」
「2つ掘ってどちらかあたるならこれはどちらも正解じゃない。これはそんな温いゲームじゃない。より深いか、プラか何かの検知されない素材か」

 電話の向こうで押し黙る。すると不意に世界は無音になった。真っ暗闇の静寂。急に不安が押し寄せる。これまでのゲームが思い浮かぶ。

「確かにそうだね。でもじゃあ、いったいどうしたら」

 急いで頭を巡らせる。使えるもの。

 スコップはともかくノコギリやドリルは棺が見つかってからの話だ。金属探知機はフェイク、転圧機は土を固めるから逆効果、測量機は使えないから除外。他にないか、俺達が持っているもの。そこで手元に目が行く。携帯?
 システム履歴を急いで探る。俺は電子機器に強い。多分それも折り込まれている。だがトランシーバーアプリが入れられた以外には変化はなかった。
 他に何か、使えるもの、なんだ。土の中だから叫んだって聞こえない。聞こえる? 俺とミキが通信しているのはBluetooth。Bluetoothで使えるもの。そうだ『iphoneを探す』アプリ! あれはBluetoothを利用しているはずだ。
 センサーをオンにする。急いでミキにも指示をする。レーダー上に現れる光点。やった、これだ。光点が少しずつ近づいてくる。俺の真上。ここだ。

「ミキ、俺のレーダーは一致した。そっちは?」
「こっちも同じ! ここを掘ればいいのね!?」
「そうだ、電池が心許ないから一回切る。何かあった時だけ連絡して」

 念の為携帯は切って、あとはミキが掘り出すのを待つだけだ。バックライトが光る携帯を見つめる。希望の光。これで助かる。
 やった。これで大金は俺たちのものだ!
 まだ見ぬ札束に想いを馳せる。これで全部払える。ヤバめのレートのゲームに手を出したが正解だった。歓喜で体が震えた。

 ふっとバックライトが消えて視界が暗闇に戻った。何の音もしない。棺の冷気が俺を不安にさせる。目を閉じても、目を閉じなくても同じ。まるでこのゲームに参加するまでの俺たちのようだ。

 俺たちはある日突然莫大な額の賠償金を背負わされた。事故だった。高速道路に人が歩いているとは誰も思わないだろう? 急ブレーキしても間に合わず却って後続車とも衝突し、玉突き事故で死者が出た。運転者と歩行者では運転者が悪い。そういう法律。俺はどうすればよかったんだ。
 途方に暮れて、死のうかとも思った。俺たちには夢があってそのためにこれまで頑張ってきたのに、そんなものは世の中の仕組みの前では簡単に木っ端微塵だ。でもこれで、俺たちは元の生活に戻れる。そう思った。

 鼻を動かすとかすかに土の香りを感じた気がした。静寂。何も聞こえない。今俺の上の方でミキがスコップで掘り出してくれているはずなのだが。不安。
 思えば普通は掘るのは女ではなく男の役割。この配置からもミキが造園業者で土を掘るのが早いことが織り込まれているはず。それに一度掘り返された土ならそれほど硬くはないだろう。いや、転圧機があるということは突き固められたのか。それを示すためにおいていったのか? 意図はわからないが位置関係は把握できた。掘り返せないほど固めるならばゲームは成立しない。時間はそれほどロスしていない。おそらく大丈夫、だろう。そう祈る。

 思考を止めると俺を再び襲ってくる全てを塗り尽くす墨のような闇と静寂。時間が立つほどに深く降りる闇の澱は俺をじわじわと不安で締め付ける。
 それに抵抗するように体が硬直しないように時々横を向いて動かす。そのたびに固まった関節に暖かい血液が流れ、延ばした手足が冷たい壁に触れ、ひやりとした感触がまた俺を不安にする。
 目元に手を持ってきても何も見えない。光が全くなければ目が慣れることもないんだな。無性に携帯の灯りが恋しくなる。画面をつけて温まりたい。マッチを売る少女のように。そういった衝動が俺の胸にせりあがる。光。駄目だ。これが多分俺の試練だ。凍えるような暗闇に耐えること。きっと最後に何かあるのかもしれない。その時に電池がなければ詰むような何かが。

 時間が経過する。もう時間の感覚がわからない。携帯の画面が見たい。
 心なしか指先に血の気がないような気がする。右手で左手を触れる。冷たい。やはり横たわってばかりでは血流が悪くなる。指を組合わせて動かす。さっきから同じことばかり考える。本当は間違っていたら。そんなはずはない。駄目だ。

 もうどのくらいたった? 数でも数えようか。今更? 今からの経過時間はわかるはず。そう思って1から数えてはみたけれど、駄目だ。じわじわと俺を包む不安に囚われて途中で桁がわからなくなる。意識が朦朧とする。だが何らかの変化を見逃すことはできない。暗闇の中で手の甲を強くひっかく。少し正気が戻る。

 チリリリリ

 どのくらいの時間がたったのだろう。音と共に世界が少しだけ四角く神々しく光り、縋るように通話を押した。だが飛び込んだのは泣きそうなミキの声だった。

「どうしよう、3メートルくらい掘ったけど見つからない」

 何だと!? 
 突如戻る現実感とそれがもたらす恐怖に震える。
 落ち着け、どこか間違っていた!? 残り時間は!?

 17:05

 日没というのはいつだ。曇ってたらわからない。だから視覚的判断ではない。なら絶対的な基準時間だ。ゲーム開始前に日没は何時か尋ねたら『東京会場』だと言っていた。ならここがどこであっても日没は18時前後。最近の日の入りはそのくらいだったから。
 新しく掘り返す時間はもう、ない。ならば、もし間違っているなら近くに埋まっていることを期待するしかない。ひょっとしたらそれもフェイクかもしれない。もう少し掘ればたどり着くかもしれなくて。掘ってる間に位置がずれたとか?
 祈るように『iphoneを探す』と光点は俺と重なっていた。

「何故だ!」

 俺は思わず、酸素が欠乏する可能性を忘れて叫んだ。その音声は俺を閉じ込める金属の箱に反射して俺に跳ね返り、脳を揺らした。気持ち悪ぃ。

「タイガまって、いま声がしたかも」

 声? そうか、近いなら声が届くの、かも。やたらめったら叫んだ。声が枯れ果てるほど。

「ハァ、ハァ、どうだ」
「駄目! 声が聞こえるけどどこから聞こえるかはわからない! もう少し大きくならないの!?」

 あと、少し、の、気がする、のに。酸欠で喉がヒューヒュー鳴る。きっと土が音を吸収してる。何なら……。聞こえる、もの。高音の叫び声より重低音なら。残量4%。ここだ。ここで使い切る。
 携帯をスピーカーにして音量を最大にしていつも聞くハードロックを再生する。地を踏み鳴らすようなドラムに闇を這うようなベース。まるで葬送だ。これでだめなら、もう。

「聞こえた! 真下!」

 という音声を最後に電池残量は0になった。
 希望の光と共に携帯の明かりは消え失せた。無常にも。でもよかった聞こえるほどの距離ということはあと少しだ。ハァハァと息を整える。酸素が、足りない。だがもうすぐ、助かる。金は俺たちのものだ。痛む心臓を押さえ歓喜とともに拳を握り込めて耐え忍ぶ。

 ……。

 ふと、静寂に気づく。もう時間を確認することはできない。だが聞こえる距離なら1時間あればなんとかなるだろう。ミキならば。

 ……。

 随分時間が経った気がする。だが何も音が聞こえない。スコップの音も棺をこじ開けるドリルの音も。……真っ暗で時間の感覚がわからなくなっているのかもしれない。早く過ぎ去れ。このどこからともなく湧き上がり続ける不安と共に。さっきから頭を掠める嫌な、想定しえた選択肢と共に。
 寒い。暗い土の底はとても。この震えは何から来ているのだろう。

 プラスのことを考えよう。不安を振り切るように頭を振る。
 日没までの時間はほとんどないだろうからボーナスは貰えないけれど。5000万あれば多少はプラスが出る。ボー……ナス……?

 ちょっとまて。それほどロスタイムが生じたつもりはない。けれどもギリギリだ。ボーナスはおそらく取得できる可能性があるからこそ提示される。このルートでボーナスは無理だ。そうするとこのルートは正解では……ない?

 棺の湿気が漏れ溜まるように背中にに冷たい汗が滲む。手が震える。いや、よく考えろ、他の道具でもっと速く辿り着く近道があっただけに違いない。何か。Bluetoothが使えるアプ……リ。薄っすら考えていた可能性に青くなる。やはりBluetooth?
 Bluetoothの通信距離は10メートル。だから範囲内だと思っていた。だがそれはあくまで障害物がない前提だ。1メートル半ならと思っていたのに実は3メートル。本当に電波なんて……届くのか? そこで目を伏せていた事実に直面する。鉄、金属は電波を遮断する。だから……届くはずがない。

 届いているから届くんだ。そう思い込んで理由に目を伏せ安心しようとしていた。途中で気づいて頭の隅に押し込んだ届かせる方法。基地局の可能性。何らかの方法でこの棺から近くの中継基地まで俺の携帯がBluetoothの電波を飛ばし、そこから増幅された電波がミキに届く。確認してないこの背中の下が仮に電波が通るプラや樹脂か何かでできていたとして写メれば気づけた可能性。そこに受信機があってどこかに繋がっていたとしたら。

 ミキの携帯は中継機器の発するBluetoothの位置を俺の位置をだと誤認して? いや、それなら俺の『iphoneを探す』で位置が合致するのはなぜだ。いや、ストーカー対策アプリとか位置を誤魔化す方法なんていくらでもある。ミキのiphoneの設定がいじられている場合……糞。ミキはPCにあまり詳しくないがログの見方を指示すれば操作の有無に気づけたかもしれない。不意に浮かんだ失敗の可能性。
 頭を振る。それで場所を誤魔化せてもそもそも『探す』以外に俺の位置を割り出す方法なんてあるのか。ないだろ。あるはず……ない。

 わからない。どっちだ。どうなってる。携帯の電池は切れてしまった。不安に苛まれる。俺はもうどうすることもできない。悶々とした気持ちでこの暗闇で時間がすぎるのを待つことしか。
 思いつかない。電波と音以外にどうやって。音。振動。振動させるもの。……転圧機!? ひょっとして俺は地表近くに埋まっていて、地面が固まるのを覚悟で転圧機をかければその振動が伝わって位置を把握できた……?
 畜生、最初に全ての機材を試すべきだったのか!?

◇◇◇

 確かに真下から音が聞こえた。15分も掘るとスコップにガツンと硬い感触がした。急いで掘り返すと、たしかに鉄板が現れた。幅90センチ程の細長い面。あと少し。喜びで名前を呼んだ。でも返事はなかった。陽が落ちてもう辺りは真っ暗闇だ。不意に襲う不安。

「タイガ? タイガ!?」

 声が還らない。何か、おかしい。ひどく不吉な予感が脳裏を這う。でも他に術がない。時間も。一縷の望みをかけて掘り進むと箱の全体が浮かぶ。まるで棺桶。それがその黒い箱のイメージ。呼びかけてもやはり返事はない。その事実に心臓が凍りつく。さっきは確かに下から音が聞こえたのに。おかしい。だから掘ったのに。
 思わず携帯をかける。確かにその箱からコール音が響く。けれども鳴りっぱなし。
 湧き上がる不安。ここで間違いないと祈る。他に方法はない。ドリルで棺の端に穴を開ける。手探りでバールでこじあける。そして。わずかに開いた闇をライトで照らして絶望する。そこには鳴り続けるiphoneとそれに接続される複雑な機器。どういうこと!?

 その瞬間、首筋に何かが刺さる感触がして意識が途切れた。

Fin
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