誰だっけ:見た覚えのある1000字

文字数 1,368文字

「ねぇねぇ、今年はおじちゃん来てないね」
「おじちゃん? どのおじちゃん?」
「どの? ええと、ちょっと背が高くて30くらいで、いつも黒っぽい緑の洋服を着ている人」

 突然、多分またいとこ、くらいだと思う人に声を掛けられた。新年できれいな着物を着ている。
 おじちゃん? うーん、どの人だろう。
 そんな人はいたような、たくさんいたような。どうだろう。
 新年に帰省して、今は両親とともに本家に挨拶にきていた。
 うちの実家は田舎だ。本家はとてもでかい。そして東京では考えられないくらい地元の縁が強い。だから本家に集まる人間というのは大勢でいれかわり立ち代わりで挨拶をしてご飯を食べていったりする。出入りする人間はのべ200人ほどはいるだろう。だから会わない人間というのも多い。その中で少し背が高めのおじさん、と言われても正直わからない。

「そっかぁ。うーん」
「用事があるの?」
「そういうわけでもないんだけどさ、なんかいつも見てたから」
「滞在時間がずれてるんじゃない?」
「私ずっと本家にいるんだけど今年は見ないんだよ」

 本家番なのかな。
 本家だけでは年始に全く手が足りないから、毎年近い分家から何人か交代で人を出しているらしい。そうするとこの子は地元の子なのか。結構な頻度で本家で合うけれど本家と紹介されたことはない。

「おい、ひまり。何してる」
「あ、待ってすぐ行く。親に呼ばれちゃった。またね」
「うん、またね」

 両親も私も洋装だが本家の人間は座敷で紋付きの正礼装をしている。
 私は父が挨拶をしている間ずっと母と一緒に頭を下げていて、5分ほど話をしたあとは普通に下がった。さっきの子は用があるのか既におらず、両親の車に乗り込むとすぐに砂利道を抜けて農道に出る。道は除雪されていたけれども道の左右の田んぼはすっかり雪に埋もれてハァと吐く息は車の窓を白く染めた。

「ねぇ、『ちょっと背が高くて30くらいで、いつも黒っぽい緑の洋服を着ていた』人って誰だろ?」
「うん? それは誰に聞いた?」
「本家にいた女の子。たまに見る子だけど名前はわかんない」
「それ、いないとか答えてないだろうな」

 急に父さんの声の調子が変わったことに混乱する。

「知らないっていったけど、何かまずかったの?」
「ひまりの年まで見える人間はほとんどいないからな」
「見える? え、じゃああの子幽霊なの?」

 そういえば昔からちょくちょく見るけどあの子のイメージはあまり変わってないような。

「いや、これは秘密なんだがな。その子は座敷わらしなんだ」
「はい?」
「本家は第一次世界大戦の後くらいから大きくなったんだがそれはその子が分家の跡取りの左馬之助(さまのすけ)に惚れたからだ」
「だいいちじたいせん?」
「本家は戦争が終わったら結婚させると騙してその子を留めおいているけど左馬之助は大戦で死んでるんだよ。だから左馬之助が死んだとかいないとかいっちゃ駄目だぞ」
「え、それかわいそうじゃない?」

 父さんが困った顔をする。

「うーん、あの本家に挨拶に行くっていうのはその座敷わらしの恩恵を少しもらいにいくんだよ。でもまぁどのくらい効果があるのかよくわからないけど、まあそのうちひまりの代になるからひまりが好きなようにすればいいよ。父さんは見えないからさ」

 だから来年、まだ私が見えたらもう亡くなってるって言おうって思った。

Fin.
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