僕の周りは死人が多すぎる:非平穏な2000字

文字数 2,028文字

 朝。
 起きるとトースタがポップする音が聞こえた。コーヒーの香りが鼻孔をくすぐり胃が動き出す。ぼんやり目を開けると既に結構明るい。体を起こすとほのりがパンを皿に乗せるところだった。
 手元の携帯を覗くと時刻は六時五十分。いつもの起きる時間。いつもの朝食、そしていつもの不穏なニュース。
 スマホのニュースサイトにはこう書かれている。

『またも凶行。十二件目』
 6月1日の16時25分頃、南神津(みなみこうづ)3丁目路上で旅行代理店に勤務する27歳の女性従業員が石で撲殺される事件が発生した。
 近隣住民が119番通報し駆けつけた救急隊によって病院に搬送されたが、女性は搬送中に死亡が確認された。
 同様の事件は既に11件発生しており、うち死者7名、意識不明者3名。意識を取り戻した者1名は突然背後から襲われたことしか覚えておらず、未だ犯人は特定されていない。
 犯行現場及び犯行時刻はいずれもバラバラ。警察は凶器はその場に落ちていた石であり、同一犯または複数犯、模倣犯いずれの可能性もありうるとしている。

(けい)ちゃん、早く起きないとパン冷めちゃう」
「ごめんごめん、おはよう、ほのり」

 別途から飛び起きて急いでパンにバターを塗る。小麦粉の焼ける臭いとバターのまじった暖かな香り。
 俺とほのりはだいたい3ヶ月くらいから付き合い始め、先月から同棲を始めた。出会ったのは近所の公園で、その時ほのりが落としたコンタクトレンズを一緒に探したのが出会い。見つかったけれどもレンズは砂で傷だらけで、結局新しくした、という話をお礼名目で喫茶店に誘われた時に聞いた。
 その公園は俺の通勤途上にあったから、それまで名前は知らなかったけどほのりの顔だけはよく知っていた。朝夕によく見かけた。だから話しかけやすかったのかもしれない。話すと気さくでいつのまにか付き合っていた。

「ほのりも気をつけて。最近物騒な事件ばかりだ」
「私は大丈夫よ。用がなければまっすぐ帰るもん」
「そういう油断がよくないんだよ」

 この事件はちょうどほのりと同棲を始めたころに始まった。場所も最寄駅の神津近辺ばかり。被害者に共通点がないのも恐ろしい。ほのりに何か起きないかとても不安だ。ほのりはおっとりしていて小柄だ。襲われたらひとたまりもない。

「大丈夫、行ってらっしゃい」

◇◇◇

 それからも日が経つに連れ、被害者数は増えていった。そして頻度も増加している。
 犯行は2日に1回は必ず起こる。1日に2人も被害にあうこともある。狙われるのはいずれも女性ばかりだが、年令は10代から50代までと幅広い。日に日にほのりが襲われないだろうかと不安になっていく。凶器はその辺の石だ。町内会や警察の指導で石拾い運動も行われたが、植木鉢やブロック等そのへんにあるものに凶器が移っただけで抑止力にはなっていないようだ。

「ほのり、犯人が捕まるまで家を出ないでいてほしい。買い物は俺がするし必要ならネットスーパーでもいいじゃない。パートも休もうよ」

 そう思ったきっかけは近所のコンビニの女性店員が襲われたからだ。そこは家から3分ほどのよく行くコンビニで、個人的には一言二言声をかけたくらいの知り合いでしかなかったけど、やはり知り合いが被害にあったということ自体が耐え難い危機感を募らせた。あのコンビニ店員よりほのりの方が小柄だ。襲われればひとたまりもないだろう。

「大丈夫よ、本当に大丈夫なの。心配しないで。危険なことはしないから」
「そうはいっても。お願いだから今日1日だけでも休んでもらえないかな。なんだか本当に心配なんだ」
「そんなに急に休めないよ。私も心配だもん」

 結局、気が気がないままその日も家を出ることになった。なるべく早く家に帰ろう。そう心に決めて。でもそういう日ほど仕事はかさみ、結局のところ会社を出たのは22時過ぎだった。神津は繁華街だからまだ人でごった返してる。
 焦って通りを突っ切っていると女性にぶつかって荷物が街路に散らばった。申し訳ないと謝りながら急いで荷物を拾って渡す。女性とは『いいですよ、気をつけてくださいね』と言って別れたけれど、ふと、その時何かが気になった。嫌な予感がしたというか、虫の知らせというか。
 だから思わず振り返ってその背中を見ると、妙な違和感があった。なんだろうと思って後をつける。そうすると俺とその女性の間に1人、ずっと同じ背中が動いているのに気がついた。緑のパーカーで頭をすっぽり被っている後ろ姿。それがやけに気になって、不吉な予感はいや増して、震える足で追いかけると人気のない路地にたどり着く。
 そこに入るやいなやパーカーはその辺の家入口付近にあった植木鉢を振りかざし止めるまもなく女性に襲い掛かる。

「圭ちゃんは、私の、物、よ、勝手に、話、かけない、で」

 ガツガツという鈍い音に混じって濃い血の臭いにむせ返る。不意にズレたパーカーから覗いた鬼の形相に覚えがある。震える手でスマホを取り出し、どうしたものかと狼狽えた。
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