第8話

文字数 1,350文字

 清島(きよしま )奏絵(かなえ )が転校生としてやって来たその夜、アヤコはなかなか寝付けずにいた。
 今日の転校生、清島さんという子、すごく可愛らしい子だった。あんな子と友達になれたら楽しいだろうな。あっ、だめだめ。友達が欲しいとか、そんなこと期待しちゃいけないんだ。清島さんだって、校門の前に停めてあった、うちの車と男衆(おとこしゅ )を見たときビックリしてたしね。男衆はサングラスかけてるし、白とか紫のスーツなんだもんな。それにしても清島さんちも黒のベンツでお迎えされてたのは、ちょっと驚いた。うちとは違ってネクタイを締めて背広を着てる人たちだったけど。同じ小学6年生だけど、清島さんと私とじゃ世界がまったく違うな。

「はあっ」
アヤコはため息をついた。

 どういうわけか今夜は眠くならない。ちょっとトイレにでも行っておこうかな。アヤコはベッドから起きだすと、部屋のドアを開けた。廊下には窓から差し込む月明りとは別に、一筋の(あお)い光が揺れ落ちている。

「なんだろう、この光」
 アヤコは窓を(のぞ)いた。光の元は蔵の窓だ。碧い光に導かれでもいるかのようにアヤコは1階に降り、パジャマ姿のままで靴を履いて庭に経つ蔵へ向かった。

「オヤジさん、予兆にしては強すぎやしませんか、これは」
「やっと現れたんだな、神器(うつわ )となるべき人間が。だが神器を受け止められるだろうか。もし受け止められなんだら、次は何年か、何十年先まで待つことになるだろう」

 蔵の中で話しているのはおじいちゃんとマサ兄い? なんでこんな夜中に起きているの? 何しているの? アヤコは湧き出る疑問のまま、開いていた蔵の戸からヒョィと頭だけ覗かせた。

 その時、細い一筋の碧い光がボワッと太くなり、アヤコの額の中心を目がけ、ビュンと閃光が走った。政太朗とマサはウワッと驚き振り向く。アヤコは口を半開きにし、身体を硬直させ立ちち尽くしている。

「ア・・・アヤコぉ」
「お嬢ぉー」

 二人の声が同時に発せられた瞬間、政太朗の手元の箱から、小さく丸い物体がフワ、フワと浮かびあがった。物体はアヤコの額に閃光を突き刺したまま、全体に碧い光をまとっている。政太朗が手元の物体を抑え込もうとした瞬間、物体はビュッーンと猛烈な勢いでアヤコ目掛けて飛び、アヤコの額にぶつかる寸前、その場で浮遊していた。

 地面からはゴゴゴゴォッと地鳴りが響き、蔵全体が大きくガタンガタンと揺れ始めた。棚の上の物がドカッ、ガタァン、ゴトッと落ちてくる。壮絶な揺れに、政太朗もマサも側にある柱にしがみついた。政太朗もマサも碧い光を放つ物体に近づくこともできず、
「アヤコぉぉぉおおぉー」
 悲痛な叫びをあげることしができない。

 物体はキュウーーッと奇妙な音を立て、グルングルングルン、ゴオーッと高速に回転し始めた。と、みるみるうちに針ほどの大きさに変わったかと見えた瞬間、アヤコの額にズブッと突き刺ささる。
「痛ぁぁーーーいっ・・・あぁぁぁああ・・・」

 アヤコは絶叫のあと、(うめ)き声を上げ、前のめりにバタンと倒れた。蔵全体の揺れが止む。地面に倒れたアヤコの全身はうっすらと碧い光で包みこまれたが、数秒も経たず、スゥーッと光は消えていった。
 柱にしがみついていた政太朗とマサはアヤコに駆け寄った。
 初夏だというのに、キーンと冷たい真冬の空気が蔵の中に漂っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

福宮 アヤコ(ふくみやあやこ):浅草の柳北《りゅうほく 》小学校に通う6年生の女子。両親が失踪した過去を持つが明るく前向きな性格。勉強はあまり好きではないが、成績は標準になるよう気をつけている。祖父も鳥越《とりごえ 》商事のクセの多い社員も慕っていて、社員からもアヤコは可愛がられている。ある日、蔵の中から放たれた碧い光りを浴びたことにより、突然不思議な力に目覚めていく。


福宮政太朗(ふくみやまさたろう):アヤコの祖父。生まれも育ちも浅草鳥越。江戸時代から続く日銭《ひぜに 》の金貸しで鴉金屋《からすがねや 》の家業を継いだ。親兄弟は全員戦死している。今は鴉金屋の名称を変え鳥越商事有限会社の社長として治まっている。政太朗の妻はアヤコの生まれる前に他界。娘のトワコに婿養子を迎えたが、トワコが失踪後、婿養子は出奔した。それ以来、男手ひとつでアヤコを育てている。かなりの負けず嫌い。鳥越神社のお祭り男でもある。


松葉正太郎(まつばまさたろう):通称マサ、マサ兄《に 》い。本名を知る人は少ない。額に斬られた傷を持つ。昼でもサングラスをかけ、白いスーツに黒いワイシャツ、赤いネクタイ、白い靴の服装を好む。時々、バイクでどこかへ出かけている。口数も少なく謎めいたところがある。


マクノウチさん:元前頭力士の五月海山(さつきかいざん)。痛風が悪化したことで30歳で引退したが、120kgの迫力ある巨体を政太朗が目をつけ、鳥越商事の取り立て家業として社員にした。口が悪いため、ささいなケンカが絶えないが根に持たない性格。鳥越商事に来てから30kgの減量に成功したことを自慢している。浅草出身。

トビさん:上野池之端の大工で棟梁鳶辰の息子。通称は池之端の辰一。中学校を卒業して15年目に棟梁になったが、36歳の年に銀座で建築中のビルから、見習い職人をかばって転落し、左腕を複雑骨折して家業を放棄した。父親の大工棟梁が政太朗と同じ鳥越神社のお祭り男のよしみで口添えされたため社員となった。

ジンギさん:元浅草金杉組のヤクザ、三筋豪。通称は三筋の兄貴。組内で若頭の地位を争っているところ、相手の策略にハマって小指を落とすことになった。ケンカっ早く博打好き。政太朗とは麻雀店で知り合っていて、事の経緯を知った政太朗がヤクザ稼業から足を洗うように勧め、カタギになる約束で鳥越商事で働くこととなった。

パンチさん:元ライト級のプロボクサー、ビクトリー勝田。日本チャンピオンとなり多額のファイトマネーが入ったため、スポーツカーを購入したが、その車で交通事故を起こして視力が悪化してしまう。再起不能と診断されたことでプロから引退する。しばらく無職の生活を送っていたが、中学時代の同級生で元前頭力士の五月海山が鳥越商事に入社したことを知り、政太朗に頼み込み、鳥越商事に入社した。

ゼンザさん:元落語家で前座まで上った根岸亭楽々(ねぎしていらくらく)。根岸亭の師匠の娘、初音と相思相愛になり、初音が妊娠したことで破門されるが、噺家として人気が出てきていたところだったため、師匠も謝罪を受けとめて結婚することで許された。子どもも生まれ3人家族で過ごしていたが、地方に寄席の出張公演した帰り、たまたま遊びに行ったキャバレーで16歳の演歌歌手「蝶々美花」に一目惚れし、二人で駆け落ちした。再度、落語家は破門、根岸亭とは絶縁となっていたが、鳥越神社のお祭りで景気の良さそうな鳥越商事を目にして、政太朗に雇ってくれるよう頼み込み入社した。

龍泉寺 拓臣(りゅうせんじたくおみ):アヤコの通う柳北(りゅうほく)小学校の新任教師。実家は龍泉寺製薬株式会社で、龍泉寺家は平安時代に源氏、平氏と並ぶ橘氏、橘諸兄(たちばなのもろえ=葛城王)を祖に持つ家系であり、呪術道を極めた修験者の長として各地で秘密裏に活動させている。千年以上前世からの記憶を忘れずにいる体質を持ち、特殊な能力も合わせ持つ。

花川戸みつ(はなかわどみつ):政太朗の遠縁。福宮家のお手伝いさん。

清島奏絵(きよしまかなえ):アヤコの通う柳北小学校に転校してきた6年生の女子生徒。実家は清島建設株式会社で、県犬養橘三千代(あがたいぬかいたちばなのみちよ)を母とする葛城王の弟で橘佐為(佐為王)を祖に持つ家系であり、霊力を持つ歩き巫女を束ねる一族。龍泉寺拓臣と同じく、千年以上前から前世の記憶を持ち、霊力と合わせた特殊能力を使える。

真島艶乃(まじまつやの):アヤコの通う柳北小学校、6年1組の担任教師。実家は千葉の醤油蔵元で真島醤油造場。蔵元の一人娘で跡継ぎだが、公務員の教職に憧れ、都内で一人暮らしをしている35歳。思い込みが強くプライドが高い性格。ときどき生徒を見下すクセもあるため、真島を慕う生徒はおらず、当然生徒の人気もない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み