第14話

文字数 1,425文字

 青龍は天から一直線に地上目がけて降り立ち、紅く裂けた口をガバッと開ききり、ブオォオーッと(あお )い炎を放ち始めた。蒼炎は瞬くまに竜巻へと変わり、周囲一帯を蒼炎の巨大竜巻に変えて包みこんでいく。と、四方八方から何千匹もの幼児ほどの異形がうじゃうじゃと這い出て、ひゃあうわわぁと叫び逃げまどう。

 そこを蒼炎巨大竜巻は容赦なく襲いかかった。頭から1本、2本と角を生やした醜い異形たちが凄まじい形相でぎゃあぁあぁぁの断末魔を残し焼かれていく。青龍の吐く蒼炎は勢いが尽きることなく吐かれた。逃げまどい飛び上がる鬼が次々に燃え盛り、いたるところで鬼の溶けた身体からはボタッジュジュッと焼け焦げ黒い玉を四方八方に捲き散らす。蒼炎の届いていない、ほんのわずかの隙間に密集している鬼を打つべく、マサは青龍に鬼退治の刀を懇願した。

「青龍の神器(うつわ)へ、力を与え給えー。此処(ここ)(うぐいす)丸と成り(たも)ぉーう、(おろが)ぁーみぃ、(たてまつ)るぅ」

 マサは右腕を天に向けて伸ばす。青龍は蒼炎を紅炎に変えてマサの右腕に紅炎を吐きかけた。紅炎に燃え上がるマサの右手が白い煙を上げ、手には薄緑色に光り輝く刀剣「鶯丸」の柄が握られていた。刀剣「鶯丸」の柄をぐっと握りしめ、マサは「払い(たま)ぃー、清め給ぇー」と大声で叫び、逃れようとする異形を片っ端から斬り割いていった。

 異形はうぅぎっやぁぁぁあぁっー、ぐっぐうえーっと、(おぞ )ましい呻き声を上げながら黒い塊と変わり、地面へ消える。周囲には雑魚鬼(ざこ )しかいないが、どこかに異形をけしたてるヤツが潜んでいる、そうマサは直観した。

 ふと後ろでゴソッと音がした。振り向くと切り捨てた異形の溶けていく塊を隠れ蓑にして、銀色の鱗を持つ3本角の鬼 銅丞(どうじょう)螺鈿(らでん)が、マサと視線が合い「うっひゃぁ」と悲鳴をあげた。

 マサは「うぅおぉぉおりゃぁぁあぁっー」と渾身(こんしん )の力を込めて、鶯丸を振り下ろす。
が、「ひょっひょっー」と牙を見せながら薄笑いし、ピョォーンと飛び、鶯丸の刀剣を交わした。銅丞(どうじょう)螺鈿(らでん)は、朱く醜い唇から、

「斬れるものなら、斬ってみろぉ」
クックッと捨て吐き、眼前から消えた。マサの振り下ろした鶯丸が空を斬る。

「チッ、雑魚鬼ばかりだと油断して取り逃がしてしまったか……」
ここ十年以上、鶯丸を振っていなかったとは言え、あんな雑魚鬼を逃がすとは腕が落ちたのかも知れないと、荒い息を吐き切った。

 青龍は首をぐるっと半回転させ周囲を見回すと、身体の半分しか焼けていない異形たちを一掃するべく蒼炎をブオォオーッと吐き出した。異形は全て溶け、群れは消滅した。マサは青龍に向かい、声を振り絞って叫ぶ。

「青龍の神器(うつわ)より、御力(おんちから)に広き厚き御恵(みめぐみ)(かたじけな)(たてまつ)るぅー。払い(たま)ぃー、清め給ぇー、(かしこ)ぉーみぃ、(かしこ)ぉーみぃ、ここにぃー、申さぁーくぅ」

 青龍は大きく(うなづ )くと雷鳴とともに黒雲の中へと消える。マサの手許から刀剣の鶯丸がシューッと白い煙を立ち昇らせて消えた。青龍が去ると闇夜となっていた空間から、視界がガバッと明るくなる。

 またラッシュアワーの車の列が千住大橋にかかる奥州街道を走り、橋の上には先程と同じく空を飛ぶ鳩が戻った。マサは取り急ぎ、手印で橋の周囲に結界を張った。八咫(やた)(がらす )は欄干に止って様子を眺めていたが、マサが朱印を解くと大きな羽を広げ、「カアァー」と鳴き、夕焼けに染まる荒川の空へ飛んでいった。


 その同じ空の下、鳥越神社の大杉の上で黒梟(くろふくろう)豊瑞翔(ほずは )は、鳥越商事の上空をぐるぐる旋回している白鳩を大きな丸い目でジッと凝視していた。
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登場人物紹介

福宮 アヤコ(ふくみやあやこ):浅草の柳北《りゅうほく 》小学校に通う6年生の女子。両親が失踪した過去を持つが明るく前向きな性格。勉強はあまり好きではないが、成績は標準になるよう気をつけている。祖父も鳥越《とりごえ 》商事のクセの多い社員も慕っていて、社員からもアヤコは可愛がられている。ある日、蔵の中から放たれた碧い光りを浴びたことにより、突然不思議な力に目覚めていく。


福宮政太朗(ふくみやまさたろう):アヤコの祖父。生まれも育ちも浅草鳥越。江戸時代から続く日銭《ひぜに 》の金貸しで鴉金屋《からすがねや 》の家業を継いだ。親兄弟は全員戦死している。今は鴉金屋の名称を変え鳥越商事有限会社の社長として治まっている。政太朗の妻はアヤコの生まれる前に他界。娘のトワコに婿養子を迎えたが、トワコが失踪後、婿養子は出奔した。それ以来、男手ひとつでアヤコを育てている。かなりの負けず嫌い。鳥越神社のお祭り男でもある。


松葉正太郎(まつばまさたろう):通称マサ、マサ兄《に 》い。本名を知る人は少ない。額に斬られた傷を持つ。昼でもサングラスをかけ、白いスーツに黒いワイシャツ、赤いネクタイ、白い靴の服装を好む。時々、バイクでどこかへ出かけている。口数も少なく謎めいたところがある。


マクノウチさん:元前頭力士の五月海山(さつきかいざん)。痛風が悪化したことで30歳で引退したが、120kgの迫力ある巨体を政太朗が目をつけ、鳥越商事の取り立て家業として社員にした。口が悪いため、ささいなケンカが絶えないが根に持たない性格。鳥越商事に来てから30kgの減量に成功したことを自慢している。浅草出身。

トビさん:上野池之端の大工で棟梁鳶辰の息子。通称は池之端の辰一。中学校を卒業して15年目に棟梁になったが、36歳の年に銀座で建築中のビルから、見習い職人をかばって転落し、左腕を複雑骨折して家業を放棄した。父親の大工棟梁が政太朗と同じ鳥越神社のお祭り男のよしみで口添えされたため社員となった。

ジンギさん:元浅草金杉組のヤクザ、三筋豪。通称は三筋の兄貴。組内で若頭の地位を争っているところ、相手の策略にハマって小指を落とすことになった。ケンカっ早く博打好き。政太朗とは麻雀店で知り合っていて、事の経緯を知った政太朗がヤクザ稼業から足を洗うように勧め、カタギになる約束で鳥越商事で働くこととなった。

パンチさん:元ライト級のプロボクサー、ビクトリー勝田。日本チャンピオンとなり多額のファイトマネーが入ったため、スポーツカーを購入したが、その車で交通事故を起こして視力が悪化してしまう。再起不能と診断されたことでプロから引退する。しばらく無職の生活を送っていたが、中学時代の同級生で元前頭力士の五月海山が鳥越商事に入社したことを知り、政太朗に頼み込み、鳥越商事に入社した。

ゼンザさん:元落語家で前座まで上った根岸亭楽々(ねぎしていらくらく)。根岸亭の師匠の娘、初音と相思相愛になり、初音が妊娠したことで破門されるが、噺家として人気が出てきていたところだったため、師匠も謝罪を受けとめて結婚することで許された。子どもも生まれ3人家族で過ごしていたが、地方に寄席の出張公演した帰り、たまたま遊びに行ったキャバレーで16歳の演歌歌手「蝶々美花」に一目惚れし、二人で駆け落ちした。再度、落語家は破門、根岸亭とは絶縁となっていたが、鳥越神社のお祭りで景気の良さそうな鳥越商事を目にして、政太朗に雇ってくれるよう頼み込み入社した。

龍泉寺 拓臣(りゅうせんじたくおみ):アヤコの通う柳北(りゅうほく)小学校の新任教師。実家は龍泉寺製薬株式会社で、龍泉寺家は平安時代に源氏、平氏と並ぶ橘氏、橘諸兄(たちばなのもろえ=葛城王)を祖に持つ家系であり、呪術道を極めた修験者の長として各地で秘密裏に活動させている。千年以上前世からの記憶を忘れずにいる体質を持ち、特殊な能力も合わせ持つ。

花川戸みつ(はなかわどみつ):政太朗の遠縁。福宮家のお手伝いさん。

清島奏絵(きよしまかなえ):アヤコの通う柳北小学校に転校してきた6年生の女子生徒。実家は清島建設株式会社で、県犬養橘三千代(あがたいぬかいたちばなのみちよ)を母とする葛城王の弟で橘佐為(佐為王)を祖に持つ家系であり、霊力を持つ歩き巫女を束ねる一族。龍泉寺拓臣と同じく、千年以上前から前世の記憶を持ち、霊力と合わせた特殊能力を使える。

真島艶乃(まじまつやの):アヤコの通う柳北小学校、6年1組の担任教師。実家は千葉の醤油蔵元で真島醤油造場。蔵元の一人娘で跡継ぎだが、公務員の教職に憧れ、都内で一人暮らしをしている35歳。思い込みが強くプライドが高い性格。ときどき生徒を見下すクセもあるため、真島を慕う生徒はおらず、当然生徒の人気もない。

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