第2話

文字数 1,550文字

 小学校の登校は家から出発するのでまだいい。
 問題は、下校だ。校門の横に下校時刻より少し前に白いベンツが止まる。下校途中の生徒たちは、ベンツに近づかないように、しかもみんながみんなダッシュでその場から駆けて去っていく。そんなのは慣れっこ、学校の教室の窓で先生たちが覗いているだろう。だから決して後ろは振り向かない。

 ベンツの運転手席にはマサ兄ぃが座り、ほかのみんなは車の外で煙草を吸っている。私が近づくと、ジャンケンで勝った若い男衆の一人がニッコリ「お嬢、お迎えに参りました」とドアを開けてくれる。たったそれだけのことなのに、
「お嬢、聞いてくださいよ。ジンギのやつ、後だしジャンケンで買ったんですよ」
「なに言ってやがる、のろまトビ」
と、ジンギさんがトビさんの肩にゴンと体当たりする。
「そっちこそ喧嘩売ってんじゃねえよ」
みるみるトビさんの額に青筋が浮かぶ。
間に割って入るのはいつもマクノウチさんだ。
「おいおい、トビは先週1回勝ったんだから、いいじゃねえかよぉ。自分の白星は先月1回きりだぜ」
「おいおい、マクノウチよ。てめぇと比べられちゃ、しょうがねえや」
トビさんがヤレヤレと肩をあげて鼻で笑う。
「なんだ、このトビ公、人がせっかく間にたってやりゃあ、なんていいぐさだ」
「なにぉー、この相撲くずれがぁ」
「そっちこそ、屋根から落ちた 鳶公( とびこう)のくせに、ああ、みっともねえや」
「こらっ、もういっぺん言ってみろぉ」
 いよいよ喧嘩になりそうかというところで、マサ兄ぃが声をあげる。
「おい、いい加減にしねぇか。お嬢が両手で耳をふさいでるだろっ」
 叱られたジンギさんとトビさんとマクノウチさんが一斉に「マサ兄ぃ、すんません」と頭を下げてシュンとなる。なんだか毎回おかしい。ジャンケンで勝った負けたぐらいで大騒ぎする人たちだけど、私はこの世界でひとりぼっちじゃないんだと、ちょっと嬉しくなる。私の同級生たちはコワモテの男衆の存在にビビりまくり、私をイジメるどころか、友達になろうとする子もいなかった。それでもいいよ、ママもパパもいないけど、みんなが側にいてくれる。
「あの、すみません」
 若い男の先生が、車に乗り込もうとする私の後ろで呼び止めた。隣りのクラスに来た新任の先生だ。
「なんだ、おめぇ」
 ジンギさんがサングラスを外して先生をにらみつけた。
「うちのお嬢になんか用でもあるのか。おめぇよ、お嬢の担任じゃねえだろ」
 ジンギさんのドス声に男の先生はキリッと見返した。
「はい、担任じゃないです。ですが、校門の前に車を止めて出迎えるのは問題ないとしても、煙草の吸殻を校門の周りにまき散らしたままにするのは、社会人としていかがなものでしょう」
「はぁ、なにいってんだ、コラァ」
「待て、ジンギ、先生の言うとおりだ」
いつのまにか車の外に出ていたマサ兄ぃが、ジンギさんの肩を掴んだ。
「先生、申し訳ありやせん。これから気をつけますんで、今日のところは、私に免じて許してくれやせんか。おい、トビ、マクノウチ、それにジンギもだ。落ちた吸殻を拾っておけ」
「はい」
「わかりました」
 3人の男衆は腰をかがめて吸殻を拾い、「これどうするよ」「しかたなねえな」と、苦い顔をしながら、それぞれズボンのポケットに押し込んでいた。
「ご協力ありがとうございました」
 先生が頭を下げるなか、私もちょっとお辞儀して車に乗り込んだ。マサ兄ぃは運転席から、先生に向かって頭を下げると、男衆たちも車内から一斉に頭を下げた。マサ兄ぃはいつだってカッコイイ、でもあの新任の先生もカッコイイ人だな。
「お嬢、大丈夫ですかい、ちょっと顔が赤いですぜ」
 マクノウチさんが隣りから私の顔を覗き込む。
「そんなことないよ、大丈夫だって」
 ドアミラー越しにマサ兄ぃが、ふっと笑う顔が見えた。
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登場人物紹介

福宮 アヤコ(ふくみやあやこ):浅草の柳北《りゅうほく 》小学校に通う6年生の女子。両親が失踪した過去を持つが明るく前向きな性格。勉強はあまり好きではないが、成績は標準になるよう気をつけている。祖父も鳥越《とりごえ 》商事のクセの多い社員も慕っていて、社員からもアヤコは可愛がられている。ある日、蔵の中から放たれた碧い光りを浴びたことにより、突然不思議な力に目覚めていく。


福宮政太朗(ふくみやまさたろう):アヤコの祖父。生まれも育ちも浅草鳥越。江戸時代から続く日銭《ひぜに 》の金貸しで鴉金屋《からすがねや 》の家業を継いだ。親兄弟は全員戦死している。今は鴉金屋の名称を変え鳥越商事有限会社の社長として治まっている。政太朗の妻はアヤコの生まれる前に他界。娘のトワコに婿養子を迎えたが、トワコが失踪後、婿養子は出奔した。それ以来、男手ひとつでアヤコを育てている。かなりの負けず嫌い。鳥越神社のお祭り男でもある。


松葉正太郎(まつばまさたろう):通称マサ、マサ兄《に 》い。本名を知る人は少ない。額に斬られた傷を持つ。昼でもサングラスをかけ、白いスーツに黒いワイシャツ、赤いネクタイ、白い靴の服装を好む。時々、バイクでどこかへ出かけている。口数も少なく謎めいたところがある。


マクノウチさん:元前頭力士の五月海山(さつきかいざん)。痛風が悪化したことで30歳で引退したが、120kgの迫力ある巨体を政太朗が目をつけ、鳥越商事の取り立て家業として社員にした。口が悪いため、ささいなケンカが絶えないが根に持たない性格。鳥越商事に来てから30kgの減量に成功したことを自慢している。浅草出身。

トビさん:上野池之端の大工で棟梁鳶辰の息子。通称は池之端の辰一。中学校を卒業して15年目に棟梁になったが、36歳の年に銀座で建築中のビルから、見習い職人をかばって転落し、左腕を複雑骨折して家業を放棄した。父親の大工棟梁が政太朗と同じ鳥越神社のお祭り男のよしみで口添えされたため社員となった。

ジンギさん:元浅草金杉組のヤクザ、三筋豪。通称は三筋の兄貴。組内で若頭の地位を争っているところ、相手の策略にハマって小指を落とすことになった。ケンカっ早く博打好き。政太朗とは麻雀店で知り合っていて、事の経緯を知った政太朗がヤクザ稼業から足を洗うように勧め、カタギになる約束で鳥越商事で働くこととなった。

パンチさん:元ライト級のプロボクサー、ビクトリー勝田。日本チャンピオンとなり多額のファイトマネーが入ったため、スポーツカーを購入したが、その車で交通事故を起こして視力が悪化してしまう。再起不能と診断されたことでプロから引退する。しばらく無職の生活を送っていたが、中学時代の同級生で元前頭力士の五月海山が鳥越商事に入社したことを知り、政太朗に頼み込み、鳥越商事に入社した。

ゼンザさん:元落語家で前座まで上った根岸亭楽々(ねぎしていらくらく)。根岸亭の師匠の娘、初音と相思相愛になり、初音が妊娠したことで破門されるが、噺家として人気が出てきていたところだったため、師匠も謝罪を受けとめて結婚することで許された。子どもも生まれ3人家族で過ごしていたが、地方に寄席の出張公演した帰り、たまたま遊びに行ったキャバレーで16歳の演歌歌手「蝶々美花」に一目惚れし、二人で駆け落ちした。再度、落語家は破門、根岸亭とは絶縁となっていたが、鳥越神社のお祭りで景気の良さそうな鳥越商事を目にして、政太朗に雇ってくれるよう頼み込み入社した。

龍泉寺 拓臣(りゅうせんじたくおみ):アヤコの通う柳北(りゅうほく)小学校の新任教師。実家は龍泉寺製薬株式会社で、龍泉寺家は平安時代に源氏、平氏と並ぶ橘氏、橘諸兄(たちばなのもろえ=葛城王)を祖に持つ家系であり、呪術道を極めた修験者の長として各地で秘密裏に活動させている。千年以上前世からの記憶を忘れずにいる体質を持ち、特殊な能力も合わせ持つ。

花川戸みつ(はなかわどみつ):政太朗の遠縁。福宮家のお手伝いさん。

清島奏絵(きよしまかなえ):アヤコの通う柳北小学校に転校してきた6年生の女子生徒。実家は清島建設株式会社で、県犬養橘三千代(あがたいぬかいたちばなのみちよ)を母とする葛城王の弟で橘佐為(佐為王)を祖に持つ家系であり、霊力を持つ歩き巫女を束ねる一族。龍泉寺拓臣と同じく、千年以上前から前世の記憶を持ち、霊力と合わせた特殊能力を使える。

真島艶乃(まじまつやの):アヤコの通う柳北小学校、6年1組の担任教師。実家は千葉の醤油蔵元で真島醤油造場。蔵元の一人娘で跡継ぎだが、公務員の教職に憧れ、都内で一人暮らしをしている35歳。思い込みが強くプライドが高い性格。ときどき生徒を見下すクセもあるため、真島を慕う生徒はおらず、当然生徒の人気もない。

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