第17話

文字数 1,642文字

 鳥越商事の二階の部屋から、駐車した車のエンジン音を聞きつけたアヤコは、男衆の誰かが帰ってきた!
と、勢いよく階段を駆け下りて、一階の事務所のドアを開けた。そこにはパンチこと、元フライ級チャンピオンボクサー ビクトリー勝田が車から降りてアヤコに手を振った。
「あっ、パンチさんか……お帰りぃー」
その瞬間、頭上から白鳩がパタッパタッパタッと急降下でアヤコの顔面に向かってきた。

「きゃあー」
後ろに飛びのいたアヤコに白鳩はクルっと反転し、同時にボンッと弾ける音と共に翼が2mほどに広がり、(くちばし)がペリカンのように長く、嘴の間には尖った牙歯を覗かせていた。

「逃げても無駄じゃてぇ、おまえはうまそうだのう、喰いたいのう、ヒッヒッヒ」
白鳩から変化した異形鳩は不気味に笑う。異変を察知したパンチが叫ぶ。

「お嬢ぉー、神社(おやしろ )だぁ、神社(おやしろ )へ入れぇー、早く、走れぇー」

 アヤコはパンチの声を後ろに聞きながら、鳥越神社の鳥居に向かって一目散に駆けだした。異形鳩は「何度も言わせるな、逃げても無駄じゃぁと言うとるじゃろ、待ちいやっ、早よう、喰わせろやぁー」と、なおも迫って来る。

 身体がブルブル震える、家から神社までたった20mくらいの距離なのに、ずっと走っている気がする。やっとの思いで鳥越神社の鳥居をくぐったアヤコは思わず叫んだ。

「神さまぁー、助けてくださぁーいー、神さーまぁー、鳥越の神さーまぁー」
 するとアヤコの前で、石像の狛犬(こまいぬ )がブルっと身体を震わせ、2頭揃って台座から降りた。アヤコはあっと口を開け、狛犬を見た。飾られた石像ではない。白くフサフサの毛並みを持つ生きた狛犬だ。アヤコの後ろから、異形鳩が「犬どもがぁ、邪魔するなぁー……そこをどけぇーい」と金切声を上げる。

「ここを何処だと思っている、神域(しんいき )じゃ、立ち去れぇー」
「早よう、立ち去らぬかー、悪鬼めぇ」
二頭の狛犬はウーッと鼻に深い皺を寄せ、むき出した牙を光らせ、異形鳩を威嚇(いせき )する。狛犬を背にアヤコは恐怖で身動きできずにいた。二頭の狛犬を交わして空へ飛ぼうとする異形鳩。大きな翼をバタバタさせ、異形鳩は右へ()け、左へ()け、今にもアヤコの方へ接近しそうな勢いだ。
 
 そこへ、こぉーんと一鳴きして走り寄ってくる白狐(びゃっこ)が叫ぶ。
神域(しんいき )での不埒(ふらち )、許さんっ!」

 白狐は狛犬の真ん中に突進して、異形鳩めがけて高くジャンプした。と、異形鳩が方向を変えようとした先に、右側にいた狛犬が大きな口を開き、異形鳩の頭にガブリッと噛みついた。
「うぐぅわぁぁあぁー」
絶叫と共に異形鳩の首からはドバッと鮮血が吹き出す。狛犬は口にくわえていた血だらけの異形鳩を、吐き捨てるように神社の(へい )の外に向けてボンっ、放り投げた。
 
 神社の塀の外。
 パンチは「なんだか知らねぇが、おっかねえなぁ」とぼそっと呟いた。「アヤコの身に何かが起きたら、必ず鳥越神社の本殿へ走らせろ。狙ってくるのはゲス野郎の人間だけじゃねぇ」と政太朗から常日頃言われていた通りのことが起きちまった。あの時は親父さんの言葉の意味を深くは考えなかった。それがどうだ。その辺でポッポ鳴いてる鳩ポッポがバケモノに変身して「喰わせろやぁ」と襲いかかるとは夢にも思わなかった。

 鳥越神社には平将門公の「手」も(まつ )られているっていうし。バケモノのあん畜生も今頃、成敗(せいばい )されているこったろう、と胸のポケットから煙草を取り出し、マッチで火を点けた。ふうっーと紫煙を天に向かって吐きかけたところ、神社の内側から、こちらへ向け、ボトッボトンッと白いものが二個落ちてきて転がった。
 空から降ってきたのは、血まみれの白鳩の胴体と、もう一つは血がポトポト(したた )っている首だ。先程のバケモノは元の白鳩に戻って死んでいた。

「おっ、おっ、おえっー」
平和の鳩でも首の落ちた死体は胸がムカツク気色悪さだ。気分直しに、もう一服。と、煙草を吹かそうと口元に煙草を持っていった瞬間、路面に転がっていた白鳩の胴体が、首がもげているのに、ムックリ起き上がり……突如、トコトコ歩き始めた……
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登場人物紹介

福宮 アヤコ(ふくみやあやこ):浅草の柳北《りゅうほく 》小学校に通う6年生の女子。両親が失踪した過去を持つが明るく前向きな性格。勉強はあまり好きではないが、成績は標準になるよう気をつけている。祖父も鳥越《とりごえ 》商事のクセの多い社員も慕っていて、社員からもアヤコは可愛がられている。ある日、蔵の中から放たれた碧い光りを浴びたことにより、突然不思議な力に目覚めていく。


福宮政太朗(ふくみやまさたろう):アヤコの祖父。生まれも育ちも浅草鳥越。江戸時代から続く日銭《ひぜに 》の金貸しで鴉金屋《からすがねや 》の家業を継いだ。親兄弟は全員戦死している。今は鴉金屋の名称を変え鳥越商事有限会社の社長として治まっている。政太朗の妻はアヤコの生まれる前に他界。娘のトワコに婿養子を迎えたが、トワコが失踪後、婿養子は出奔した。それ以来、男手ひとつでアヤコを育てている。かなりの負けず嫌い。鳥越神社のお祭り男でもある。


松葉正太郎(まつばまさたろう):通称マサ、マサ兄《に 》い。本名を知る人は少ない。額に斬られた傷を持つ。昼でもサングラスをかけ、白いスーツに黒いワイシャツ、赤いネクタイ、白い靴の服装を好む。時々、バイクでどこかへ出かけている。口数も少なく謎めいたところがある。


マクノウチさん:元前頭力士の五月海山(さつきかいざん)。痛風が悪化したことで30歳で引退したが、120kgの迫力ある巨体を政太朗が目をつけ、鳥越商事の取り立て家業として社員にした。口が悪いため、ささいなケンカが絶えないが根に持たない性格。鳥越商事に来てから30kgの減量に成功したことを自慢している。浅草出身。

トビさん:上野池之端の大工で棟梁鳶辰の息子。通称は池之端の辰一。中学校を卒業して15年目に棟梁になったが、36歳の年に銀座で建築中のビルから、見習い職人をかばって転落し、左腕を複雑骨折して家業を放棄した。父親の大工棟梁が政太朗と同じ鳥越神社のお祭り男のよしみで口添えされたため社員となった。

ジンギさん:元浅草金杉組のヤクザ、三筋豪。通称は三筋の兄貴。組内で若頭の地位を争っているところ、相手の策略にハマって小指を落とすことになった。ケンカっ早く博打好き。政太朗とは麻雀店で知り合っていて、事の経緯を知った政太朗がヤクザ稼業から足を洗うように勧め、カタギになる約束で鳥越商事で働くこととなった。

パンチさん:元ライト級のプロボクサー、ビクトリー勝田。日本チャンピオンとなり多額のファイトマネーが入ったため、スポーツカーを購入したが、その車で交通事故を起こして視力が悪化してしまう。再起不能と診断されたことでプロから引退する。しばらく無職の生活を送っていたが、中学時代の同級生で元前頭力士の五月海山が鳥越商事に入社したことを知り、政太朗に頼み込み、鳥越商事に入社した。

ゼンザさん:元落語家で前座まで上った根岸亭楽々(ねぎしていらくらく)。根岸亭の師匠の娘、初音と相思相愛になり、初音が妊娠したことで破門されるが、噺家として人気が出てきていたところだったため、師匠も謝罪を受けとめて結婚することで許された。子どもも生まれ3人家族で過ごしていたが、地方に寄席の出張公演した帰り、たまたま遊びに行ったキャバレーで16歳の演歌歌手「蝶々美花」に一目惚れし、二人で駆け落ちした。再度、落語家は破門、根岸亭とは絶縁となっていたが、鳥越神社のお祭りで景気の良さそうな鳥越商事を目にして、政太朗に雇ってくれるよう頼み込み入社した。

龍泉寺 拓臣(りゅうせんじたくおみ):アヤコの通う柳北(りゅうほく)小学校の新任教師。実家は龍泉寺製薬株式会社で、龍泉寺家は平安時代に源氏、平氏と並ぶ橘氏、橘諸兄(たちばなのもろえ=葛城王)を祖に持つ家系であり、呪術道を極めた修験者の長として各地で秘密裏に活動させている。千年以上前世からの記憶を忘れずにいる体質を持ち、特殊な能力も合わせ持つ。

花川戸みつ(はなかわどみつ):政太朗の遠縁。福宮家のお手伝いさん。

清島奏絵(きよしまかなえ):アヤコの通う柳北小学校に転校してきた6年生の女子生徒。実家は清島建設株式会社で、県犬養橘三千代(あがたいぬかいたちばなのみちよ)を母とする葛城王の弟で橘佐為(佐為王)を祖に持つ家系であり、霊力を持つ歩き巫女を束ねる一族。龍泉寺拓臣と同じく、千年以上前から前世の記憶を持ち、霊力と合わせた特殊能力を使える。

真島艶乃(まじまつやの):アヤコの通う柳北小学校、6年1組の担任教師。実家は千葉の醤油蔵元で真島醤油造場。蔵元の一人娘で跡継ぎだが、公務員の教職に憧れ、都内で一人暮らしをしている35歳。思い込みが強くプライドが高い性格。ときどき生徒を見下すクセもあるため、真島を慕う生徒はおらず、当然生徒の人気もない。

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