第10話

文字数 1,619文字

 浅草の鳥越(とりごえ )明神(みょうじん )通り沿いに建つ二階家の屋上に、三匹の異形(いぎょう)が肩を並べて座っていた。そこだけ禍々(まがまが )しい邪気が満ちている。全身金色の(うろこ)を持ち1本角が螺鈿(らでん)色に光る鬼、金丞(きんじょう)螺鈿(らでん)、全身銀色の2本角が螺鈿色に光る鬼、銀丞(ぎんじょう)螺鈿(らでん)、全身銅色で3本角が螺鈿色に光る鬼の銅丞(どうじょう)螺鈿(らでん)らは、鳥越商事から洩れていた(あお )い光を舌なめずりして眺めていた。

「見つけたぞぉ、見つけたぞぉ、神器(うつわ)を。のう、銀丞(ぎんじょう)銅丞(どうじょう)

「そうじゃのう、兄じゃ。百年ぶりじゃぁなあ。(よだれ )が止まらんわぁ」

「金丞の兄じゃ、今度はわしに神器(うつわ)をくれまいか。金丞の兄じゃも、銀丞の兄じゃも、神器(うつわ)を喰ろうておろう。わしは生まれてから、まだ一度も喰ろうたことがないんじゃ」

 金丞螺鈿は「うぅん?」と言って一息つき、
「そう言えばそうだったかのう、銅丞よ。お(ぬし)は生まれてまだ日も浅かったかのぅ」

「待ちいゃ、金丞の兄じゃ。最初に見つけたのはわしじゃ。前にも金丞の兄じゃは言うたじゃろう。神器は一番(いっちゃん )最初に見つけたものが喰ろうてええとぉ!」
 弟の銀丞螺鈿が大きな目玉をグクゥワッと見開き、兄の金丞螺鈿を忌々(いまいま )しそうに(にら )みつけた。

「銀丞の兄じゃよ、わしが生まれる前の話は非道じゃてぇ」
 末弟の銅丞螺鈿は決まり悪げに、ぶつっと呟く。

「アハァハハァハァアー、銅丞よ、鬼に非道も何もなかろう、腹が痛いわぁ、ハァッハァッ。まあ、こんな話が兄弟揃って出来るのも、京の都から、こっち、東の都に出てきたお陰よのう。こうしてあちこち好きな時に好きな所へ出張(でば)れるよってな」

「まさしく、金丞兄じゃの言う通りじゃて。京は陰陽師が小賢(こざか )しく、あちこちにしゃしゃり出よるから、ほんま叶わん。今までどれだけの仲間が消し去られていったことか。まっこと憎ったらしい奴等じゃよ。それに引き換え、東の都はどうじゃ。陰陽師はおろか修験者(しゅげんじゃ)も滅多におらん。我らにとって、願ったり叶ったりの場所やぁないか」

「いや、願ったり言うのは言い過ぎや、銀丞。忘れられんのは平安の京じゃ。飢饉で餓死する者どもや流行り病で野たれ死ぬ者のの亡骸(なきがら )から、大量の魑魅(ちみ )魍魎(もうりょう )が生まれ、(あや )かしが跋扈(ばっこ )する我らが謳歌(おうか )できた世じゃったからのう」

「昔話をしても今更始まらんじゃろう、金丞兄じゃ。いくらわしらとて、昔には戻れなんじゃ。まあ江戸になってから、丁髷(ちょんまげ )を結う二本差しの天下になって変わりよったのは確かじゃわ。それにしても、東の都は京の都以上に、神社と稲荷社(いなり )がぎょうさん増えよった。神社稲荷社(やしろ)の周囲には眷属(けんぞく)どもが目をギラギラ光らせておる。やれ狐だ、やれ猿だと言っても奴らは天上神(かみ)使徒(つかい)じゃからな、我等とてウッカリ側に近づけば力は()えるし、下手すれば火傷(やけど )もする」

「それにしても、銀丞兄じゃ、なぜに東の都は神社稲荷社(やしろ)が多いのかのうぉ」

「そうか、銅丞は知らんのだなぁ。平安の時は()んあたりも何ぁんにもない荒くれ地だったがのう、江戸の世になってから、二本差しの親玉がこの地に江戸城(しろ)をこしらえて、東の都にしたんじゃ。それで全国各地から二本差しの子分連中が住むようになったんじゃのう。奴らも黙って住んでおりゃぁいいものを、己らの住んでいる地域の氏神社(やしろ)を自分の屋敷内にわざわざ建てるような真似をしくさりよる。ほれ、ここからでも10神社稲荷社(やしろ)があるのが見えるじゃろう。ほとんど狐ばっかりじゃがな。ほんに人間というのは弱くて(ごう )に深い生き物じゃて。叶わぬ願いを次から次へと並べたて、願えば願うだけ望みが叶うと信じよる。ケケケッ。願いは叶わぬ、悔やしいわ、恨めしいわの念で「怨」(えん)が増し、その挙句(あげく )に、わしらの仲間に成り下がる運命(さだめ )じゃて。ある意味、天上神(かみ)さんのお陰じゃて、クックックッ」
 三匹の鬼は「ほんまじゃ、ほんまじゃぁ」とクックッ、クワッッカッカアッ笑いあっていた。

 その様子を暗闇の中で密かに眺めていたモノがいた。鳥越神社境内の大杉の上にいた、黒(ふくろう)豊瑞翔(ほずは )である。ホオッホッホォーッ、一鳴きすると豊瑞翔(ほずは)は漆黒の空に飛び立っていった。
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登場人物紹介

福宮 アヤコ(ふくみやあやこ):浅草の柳北《りゅうほく 》小学校に通う6年生の女子。両親が失踪した過去を持つが明るく前向きな性格。勉強はあまり好きではないが、成績は標準になるよう気をつけている。祖父も鳥越《とりごえ 》商事のクセの多い社員も慕っていて、社員からもアヤコは可愛がられている。ある日、蔵の中から放たれた碧い光りを浴びたことにより、突然不思議な力に目覚めていく。


福宮政太朗(ふくみやまさたろう):アヤコの祖父。生まれも育ちも浅草鳥越。江戸時代から続く日銭《ひぜに 》の金貸しで鴉金屋《からすがねや 》の家業を継いだ。親兄弟は全員戦死している。今は鴉金屋の名称を変え鳥越商事有限会社の社長として治まっている。政太朗の妻はアヤコの生まれる前に他界。娘のトワコに婿養子を迎えたが、トワコが失踪後、婿養子は出奔した。それ以来、男手ひとつでアヤコを育てている。かなりの負けず嫌い。鳥越神社のお祭り男でもある。


松葉正太郎(まつばまさたろう):通称マサ、マサ兄《に 》い。本名を知る人は少ない。額に斬られた傷を持つ。昼でもサングラスをかけ、白いスーツに黒いワイシャツ、赤いネクタイ、白い靴の服装を好む。時々、バイクでどこかへ出かけている。口数も少なく謎めいたところがある。


マクノウチさん:元前頭力士の五月海山(さつきかいざん)。痛風が悪化したことで30歳で引退したが、120kgの迫力ある巨体を政太朗が目をつけ、鳥越商事の取り立て家業として社員にした。口が悪いため、ささいなケンカが絶えないが根に持たない性格。鳥越商事に来てから30kgの減量に成功したことを自慢している。浅草出身。

トビさん:上野池之端の大工で棟梁鳶辰の息子。通称は池之端の辰一。中学校を卒業して15年目に棟梁になったが、36歳の年に銀座で建築中のビルから、見習い職人をかばって転落し、左腕を複雑骨折して家業を放棄した。父親の大工棟梁が政太朗と同じ鳥越神社のお祭り男のよしみで口添えされたため社員となった。

ジンギさん:元浅草金杉組のヤクザ、三筋豪。通称は三筋の兄貴。組内で若頭の地位を争っているところ、相手の策略にハマって小指を落とすことになった。ケンカっ早く博打好き。政太朗とは麻雀店で知り合っていて、事の経緯を知った政太朗がヤクザ稼業から足を洗うように勧め、カタギになる約束で鳥越商事で働くこととなった。

パンチさん:元ライト級のプロボクサー、ビクトリー勝田。日本チャンピオンとなり多額のファイトマネーが入ったため、スポーツカーを購入したが、その車で交通事故を起こして視力が悪化してしまう。再起不能と診断されたことでプロから引退する。しばらく無職の生活を送っていたが、中学時代の同級生で元前頭力士の五月海山が鳥越商事に入社したことを知り、政太朗に頼み込み、鳥越商事に入社した。

ゼンザさん:元落語家で前座まで上った根岸亭楽々(ねぎしていらくらく)。根岸亭の師匠の娘、初音と相思相愛になり、初音が妊娠したことで破門されるが、噺家として人気が出てきていたところだったため、師匠も謝罪を受けとめて結婚することで許された。子どもも生まれ3人家族で過ごしていたが、地方に寄席の出張公演した帰り、たまたま遊びに行ったキャバレーで16歳の演歌歌手「蝶々美花」に一目惚れし、二人で駆け落ちした。再度、落語家は破門、根岸亭とは絶縁となっていたが、鳥越神社のお祭りで景気の良さそうな鳥越商事を目にして、政太朗に雇ってくれるよう頼み込み入社した。

龍泉寺 拓臣(りゅうせんじたくおみ):アヤコの通う柳北(りゅうほく)小学校の新任教師。実家は龍泉寺製薬株式会社で、龍泉寺家は平安時代に源氏、平氏と並ぶ橘氏、橘諸兄(たちばなのもろえ=葛城王)を祖に持つ家系であり、呪術道を極めた修験者の長として各地で秘密裏に活動させている。千年以上前世からの記憶を忘れずにいる体質を持ち、特殊な能力も合わせ持つ。

花川戸みつ(はなかわどみつ):政太朗の遠縁。福宮家のお手伝いさん。

清島奏絵(きよしまかなえ):アヤコの通う柳北小学校に転校してきた6年生の女子生徒。実家は清島建設株式会社で、県犬養橘三千代(あがたいぬかいたちばなのみちよ)を母とする葛城王の弟で橘佐為(佐為王)を祖に持つ家系であり、霊力を持つ歩き巫女を束ねる一族。龍泉寺拓臣と同じく、千年以上前から前世の記憶を持ち、霊力と合わせた特殊能力を使える。

真島艶乃(まじまつやの):アヤコの通う柳北小学校、6年1組の担任教師。実家は千葉の醤油蔵元で真島醤油造場。蔵元の一人娘で跡継ぎだが、公務員の教職に憧れ、都内で一人暮らしをしている35歳。思い込みが強くプライドが高い性格。ときどき生徒を見下すクセもあるため、真島を慕う生徒はおらず、当然生徒の人気もない。

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