空を遮る

文字数 1,067文字

「暑い……」

 首に巻かれた分厚く硬いサポーターに手をやり、香澄はため息をつく。

 夏休みが終わり、二学期が始まったばかりの午後の日差しはとんでもなく熱い。

 そんな中、彼女はひとり学校の屋上にいた。もちろん、今は授業中だ。 

 いつもよりも距離の近くなった真夏の太陽の熱にはさすがに耐えられず、給水塔の陰で日差しから逃れながら、ついでに持ち込んだ大きな雨傘も、日除け代わりに己の頭上へさしかける。

 晴れた日の午後、授業をさぼって中学の屋上から空を見上げる。

 なんという青春そのものの構図だろう。漫画では良く見かけるこんなシチュエーションを、結構真面目な自分が体験できるようになるなんて、一年前には思いもしなかったなとしみじみ感じながら、午前中の調理実習で焼いたクッキーをぽいぽいとテンポよく口の中に放り込む。

 あの事件以来、香澄はこうして屋上でひとり寝転がることが多くなった。

 一年かかってやっと通えるようになった学校を、自ら休むなどという選択は香澄の中にはなかったし、こんな物騒な首を抱えた自分を、いじめもせずにそっとしておいてくれる級友たちの態度は(それが祟りを恐れてということであったとしても)ありがたいものだと感じて、香澄は校内ではできる限りおとなしく、みんなの邪魔にならないようにして日々を過ごしていた。

 首がそんな状態では、当然ながら運動もできない。また誰かの体と接触して怪我をさせてしまう可能性も高いため、体育の授業などはすべて見学となっていた。

 時間だけはたっぷりあった。

 だから香澄はこの場所に来るといつも、ぼんやりと空を見ていた。

 手を伸ばしても絶対に届かない存在である空は、香澄がうっかり傷つけてしまう心配のないものだ。

 たまに一人でいる寂しさのあまり、無意識のうちにクラスメイトを見つめていることがある。そして彼らが気まずそうに目をそらすのに気づくたび、彼女はうっすらと傷つく。

 けれど空は、彼女がどれだけ見つめても、姿を隠すこともなくずっとそこに広がっている。好き勝手に雲を浮かべ、好き勝手に雨を降らせ、好き勝手に虹を広げ、好き勝手に青や赤に色を変える。

 香澄は誰もいない屋上(であるのは当然なのだが。今は授業中の上に、本来ここは部活動での使用でもない限り、生徒は立ち入り禁止の場所だ)、校内でいちばん空に近いその場所の隅に段ボールを敷いて寝転がり、その日も、傘の陰からぼんやりと一面の青を見ていた。

 その青が、ふいに人の顔で遮られた。


【続く】
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