シザーハンズの祟り神

文字数 1,196文字

 一年経って、香澄の疾患が伝染性のものではない、ということが医療関係者以外にも理解されると、ようやく彼女は中学へ通学することが可能になった。

 もちろん、他の生徒の安全面からも通学させるべきではないだの、特殊学級で面倒を見させろだのと、主に生徒の父兄を中心として周囲は大騒ぎになった。しかしそれでも、一人の日本国民である香澄の「学問の自由」はなんとか守られたらしく、常にサポーターを首にはめておくことを条件に、通学は許可された。

 一年ぶりに会う小学校からの同級生たち、一年先輩となってしまった彼らは、そのサポーター姿と周りの大人たちの騒ぎぶりに驚きながらも、それなりに普通に接してくれていたのだが、ある日、その中のひとりが、香澄のサポーターにふざけて手をかけた。

 本当に運が悪かったのだと思う。頑丈なはずのサポーターの留め金が、勢いよく引っぱられたその瞬間、一箇所だけ壊れた。その奥に閉じ込められた割れたガラスの肌はあっさりと現れ出て、それに変なふうに手を押し当ててしまう格好になった友人は、右指を二本、第一関節からぽろりと落としてしまった。

 校内は大騒ぎとなった。しかしその後の手術で、その友人の指がなんとかくっついたことと、この事件が香澄自身の過失によるものではなかったことで、彼女へのお咎めはなかった。

 とはいうものの、インパクトの強すぎる流血沙汰を目撃してしまった生徒たちは、それ以来、香澄に対して自ら積極的に近寄ることはなくなった。

 しかも、そのあまりに目立つ「首」からの連想で、この地方に古くから伝わる、首を切られて殺された村の娘が祟り神になって村人を襲い、血の惨劇が繰り広げられたのがどうのこうの、というカビの生えたような民話まで掘り起こされ、気がつけば、生徒たちの間で、香澄はすっかり《祟り神》として完全に遠巻きにされる存在となってしまった。

 触らぬ神に祟りなしという言葉の意味を、こんな形で体験することになるとは思わなかったと、香澄はしょんぼりと肩を落とす。

 確かにこれをただの肌荒れだ、湿疹だ、と言われて納得できる人間はいないのは、香澄自身も理解していた。それほど、この肌の見た目と切れ味は、常軌を逸していた。

 なにせ、祟り神とされる香澄自身も、自分が「祟る」部分に触れることはできない。祟る神自身ですらコントロールできない祟り、それはもう、誰にもどうにもできない、ということだ。収まるのを待つしかない、待つことしかできない。

 でもこれは、神というよりシザーハンズに近いと香澄は思っている。

 これは首輪だ。自分を人に近寄らせないための。自分が「誰も祟らない」ための。

 収まる気配の見えない祟りの影響を、せめてこれ以上増幅させないための。

 もう、そういうことにしておいていい。そうじゃないと。

 さもないと。


【続く】
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