リアル神降臨

文字数 1,293文字

 昼飯が足んなくてさ、パンでも買おうかと思ってたんだけど、あんたを探してたら購買に行きそびれちゃって。おれ、甘いもん好きなんだよね。ラッキー。

 少年は、好き勝手にしゃべりちらした後、香澄の手元にあったクッキーの袋をひったくり、遠慮なく中身を食べ始めた。ぼりぼり、という咀嚼の音がしんとした屋上に響く。

「固い。なにこれ手作り?」

「……調理実習」

「へえ。まあ、固いけど味は旨いな」

「……調味料の分量は教科書通りだから」

「ああ、でも焼くのは教科書通りにはいかなかったわけね」

「……で、あんた」

「高畑湊だって」

「高畑……は、なんでここでわたしのクッキーを食べてるの?」

「ていうか、《神》の作ったクッキーを食う機会とか滅多にないでしょ。そりゃ食うわ」

「いや、そういうことを聞いているんじゃなくて」

 だめだ、完全に相手のペースに飲まれている。

 香澄は頭をひとつ振ると、少年の手からクッキーの袋を奪い返した。袋はすっかり軽くなっていて、中を覗けば残っているのは、端の欠けた星型のものが一枚だけとなっていた。

 残り十枚近くは入っていたはずなのに、しゃべりながらよくそれだけ食べたなこの人、と呆れた顔で見返せば、少年は「ごちそうさま」と笑う。

「だからさ、探してたんだよ。あんたを。ええと、竹越……カズミ、さん?」

「カスミ」

「カスミさんか。しっかしタカハタとタケコシって、ちょっと苗字似てるよな。続けて言うと早口言葉みたいな感じしない? タカハタタケコシタカハタタケコシタカハタタケコシ」

「……」

 いや、そうでもないと思うし、用があるなら早いところそれを言って、そしてとっととこの場から去ってくれないだろうか。

 せっかくの空を見る時間を、知らない人間に邪魔されたくない。

 香澄が無表情を決め込むと、その険悪な雰囲気に気づいたのか、少年は早口言葉をやめて話し始めた。

「さっき、夏休み中のこととかクラスのやつとしゃべってたんだけどさ。休みの間って、結構深夜にホラー映画とかやってたじゃん? あれの感想で盛り上がってたら、なんか学校の怪談とか、リアルホラー体験話になって。そのときに聞いた。リアル《祟り神》の話」

「……」

「いや、マジでやばいよね。ネット以外でリアルに《神降臨》しちゃってるのとか、まず遭遇するチャンスないでしょ。ということで、昼飯もほっぽり出して竹越を探したわけよ」

 いや、別に昼飯はちゃんと食べればよかったんじゃないのか、と香澄は思ったが黙っていた。

「おれ、思い立ったらすぐ実行のヒトなんだよね。なのに、教室に行ってみたらいないし。でも、竹越を探し回ったおかげで、転校早々校内の教室の配置をくまなく覚えられたよ。サンキューな」

 それも別に、自分がお礼を言われるようなことではないのでは、とも思ったが黙っていた。

「ていうか、本気でここって田舎なんだな。なんだよ《祟り神伝説》って。ウケるわって思ったんだけどさ。……本当にいたんだな」

 ――で、その首に触れると祟られるってわけね。
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