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文字数 1,470文字

 機内に、到着を告げるアナウンスが流れた。正面の深度計を()つめていた新見(にいみ)(つばさ)は、機械特有の無機質な音声案内に耳を傾けつつ顔を上げた。
《メガロポリス》の中心都市、《首都(キャピタル)》を出立してからわずか7分。たったそれだけの時間しか経過していなかった。
 移動中、気圧の変化はもちろん、震動さえ体感されることはなかった。だが、出発時にマイナスを示していた深度計の値は、現在、ゼロを示していた。
 安全ベルトが自動的に解除になり、角度調整をしていたリクライニングももとに戻る。狭いコンパートメント内では、座席正面に専用の乗降口が設けられており、立ち上がると、深度計の組みこまれたドアがなめらかにスライドして、乗客を到着先のロビーへと(いざな)った。出口わきにはすでに、先程自分が預けた荷物が用意されていた。
 前方に細く伸びた通路の先で、ゲートが開く。そこを抜けて降り立った場所こそが、今回の取材場所となる地上唯一の都市、《旧世界(ガイア)》だった。

 地上――かつて人類を含めたさまざまな種が棲息し、繁栄を誇った、生命の母体ともいうべき創世の地。

 現在、エレベーター型の特殊な移送機によって唯一《メガロポリス》と繋がっている地上のその都市は、ドームで覆われ、汚染された外部環境との遮断、浄化を図ることで人間の居住を可能にしていた。だが、《メガロポリス》の管理下にありながら、そこは、社会から隔絶された異端の地とされ、禁域として一般市民から遠ざけられてきた。
失われた世界(ロスト・ワールド)〉での栄光の残滓(ざんし)は、《メガロポリス》という新天地での生活に順応してしまった人類にとって、もはや、なんの感慨ももたらさない、懐かしさとは無縁の〈過去〉となり果てていた。

 天井高1000メートル、周囲250キロメートル四方を平均とする、計120の地下空間に形成された自治都市群。その中心に位置して全体を統轄し、すべての権限を掌握する役割を担っている500キロメートル四方の巨大な心臓部《首都(キャピタル)
《メガロポリス》とは、それら地下都市群により形成された連邦国家の総称であり、地上を遺棄した人々に新たに提供された、清浄にして快適なる理想の居住空間だった。

 生命活動が困難なほど汚染しつくされた地上は、その結果、追憶の彼方へと押しやられ、渺漠(びょうばく)たる廃墟と化して時間(とき)を止めた。

《メガロポリス》最大手の新聞社、ユニヴァーサル・タイムズに籍を置く新人ジャーナリストの翼が今回派遣される地は、取り残されたその世界にかろうじて細々と根を張る《旧世界》の一区画にあった。

 まっとうな世界でまっとうに生きることを拒んだアウトローたちの集まるスラム街。

 忘れ去られた世界だからこそ、あらゆる負の因子が集約されたその環境は、劣悪で陰惨な地域性を濃密に顕現し、精神のありようを荒廃という姿で具現化していた。
 翼はそこで、家族や故郷を捨て、独自の退廃的生活を享楽している若者たちにスポットを当てて密着取材するという任務を言い渡されていた。



「まあ、取材旅行といってもたかがひと月だ。とても長期と呼べるような代物(しろもの)じゃない」

 派遣を言い渡したときの上司の顔が翼の脳裡に浮かぶ。
 彼が勤務するユニヴァーサル・タイムズは、《首都》の中心部に(そび)える高層ビル群の一角に社を構えていた。その本社社会部の一室で、3週間前、翼は突然、この決定事項を告げられた。
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