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文字数 2,992文字

「ったくよお、手下どもにシメシつかねえじゃんかよ。まがりなりにもオレはサイクロンのアタマなんだぜ? そのオレの首ったまひっつかんでツルすなんて芸当やってのけるなんざ、アニキくれえのもんだよ」

 解放されてようやく自由になったディックは、不平満々の口調で「犬っころじゃねえんだからよお」と、乱暴な兄貴分に異議を申し立てた。

「こそこそ逃げ出そうなんて、あざといマネしやがるほうが悪い」
「だって、そりゃ――」

 弁解しようとして、結局少年は勝ち目はないと思ったのか、ふてくされたように黙りこんでしまった。

「なにも知らんことまで吐けなんてこっちは言ってないんだから、少しくらい事情が呑みこるように説明してくれたっていいだろ。機密事項にまで触れようなんてムチャなこと、要求しやしないさ」
「けどさ……」
「けど、なんだよ?」

 腕を組んで自分を見下ろすレオを、ディックは上目遣いに見返した。

「あんたたちは外の人間だからなんも知らねえだろうけど、オレたちのあいだじゃ、すでに、《ルシファー》そのものがトップ・シークレットなんだよ」
「どういうこと?」

 その言葉に、翼も身を乗り出した。

「……だからさ、あんたたちの質問を知らねえってつっぱねた奴らの反応は、もっぱらウソじゃねえんだよ。ほんとによくわかってねえんだ。オレだってそうさ。ルシファーどころか、実際、セレストのアジトもタマリも知んねえし、知りたいとも思わねえ。集合かけられたら、そんときゃそれに素直に従やいい。《セレスト・ブルー》と《ルシファー》に関しちゃ、不可侵てのがオレたちのあいだでの暗黙の了解なんだ。向こうはこっちの動向なんて、すべてお見通しだけどな。オレらがどこでなにしてるかなんて、ルシファーにゃ全部目の前で見てるみてえにわかっちまってる。だから、マジでヘタなこたできねえんだよ、ほんと。みんなテメエがかわいーし、探り入れたり、よけーなことさえしなきゃ、セレストの傘下ってだけでそれなりに(ハク)がついて、ちょっかい出してくるような無謀な奴もそうそういねえしさ。よーするに、お互いさまってヤツ?」

 与えられた特権を自負するように胸を反らす少年を、レオは鼻先で(わら)った。

「はん、あたしゃ好きじゃないね。そーゆう他人の威光に(すが)る、みたいな情けない生きかたは。徒党組んでボスの威を借ってやりたいようにやるなんて、所詮、軟弱者の集団が空威張りしてるだけじゃないか。テメエの力で満足に闘えないようなハンパな奴らに、いっぱしのこと吹いてほしくないね」

「アニキにゃわかりっこねえよ」

 気分を害したように、少年は憤然かつ憮然と言い返した。

「ここじゃ、たいした力もねえような奴が一匹狼きどったって、半日、いや、ほんの半時で潰されちまう。そこそこ骨のある奴でも、3日も持ちゃしねえよ。孤高きどりたきゃ、ルシファーのように全員をひれ伏させるしかねえ。だけど、そんなことのできる奴ァ殆ど皆無だ。ルシファーだからこそできたことで、実際、あの人がのしあがってボスの座に就くまで、だれひとり、そんなことが可能だなんて思いつきもしなかった。
 たしかにオレたちゃハンパもんの集まりかもしんねえ。けど、だからこそ生き残るためにはツルんで、強い奴の下につく必要があるんだ。じゃなきゃ、こんなふざけた世界で、なんの保障もなしにガキ1匹、生き抜けるわけねえんだから」

 ディックは、いつになく暗い表情で淡々と語った。

「あんたらが考えてる以上にオレたちの生きてる世界は過酷で、ワクからはみ出す奴にゃ容赦がねえ。掟は絶対だし、ボスの存在はそれ以上の力を持ってる。大袈裟でもなんでもなく、オレたちのあいだで《ルシファー》に背くってことは、死そのものを意味してる。強者に媚びる意気地なしヤロウと言われようが、それがオレたちの現実なんだ」

 翼の脳裡に、初日の出来事がまざまざと甦る。それは、たしかに思い出しただけで肌が粟立つような、凄惨な光景だった。不良グループ同士の喧嘩、などというひと言で片付けられるような、そんな単純なものでは決してなかった。

 法と社会に守られ、保護されるべき存在であるはずの未成年者たちが生きる場とするには、それはあまりにも苛烈で、峻酷な環境だった。

 彼らには彼らなりの秩序がある。けれどもそこには、人道あるいは仁慈という言葉が完全に抜け落ちているように思われた。

「ディック、君は地下都市(〈メガロポリス〉)の出身だといったね? 家族の許に帰りたいと思ったことはない?」
「なんで? いまさらそんなん、思うわけねえじゃん」
「全然?」
「飲んだくれのろくでなしと、オレのこと、厄介者にしか思ってなかったどーしよーもねえあばずれのババアんとこ戻って、どーするってんだよ。ふたりまとめてソッコーぶち殺して、ブタ箱入りが関の山ってとこだぜ。ヘタすりゃ、またまた地上へ逆戻り。もっともそんときゃ、悪名高き重罪人専用鑑別所のスイートルームが無期限で用意されてて、一生日の目を見ることすらかなわなくなってるだろうけどな。やっとのことで奴らから逃げてきたってのに、またあのクソムカつくクズどものツラ拝むなんてゾッとしねえぜ」

 答えて、少年は不意に、相手の質問の意図を理解したように口の()を曲げた。

「翼、あんた、それってちょっと誤解してるよ。オレは――いや、オレたちは無理やりルシファーに組み伏せられて従わせられてるわけじゃねえ。むしろ逆だ。オレたちのだれひとりとして成し得なかったこと――いわゆる壮挙(ソーキョ)ってヤツをやり遂げたからこそ、あの人はオレたちにとっちゃ特別なんだ。オレたちはたしかにボスを恐れてる。けど、それ以上にソンケーしてる。だからオレたちは、ボスの命令に無条件で従うんだ」
「だったら、彼が君たちを()きつけるその反面で、あんなにも恐れさせる理由はなんなんだろう。畏怖、恐懼(きょうく)――君たちが彼に抱いてる畏れの感情は、それだけじゃない。君たちは、彼を仰慕(ぎょうぼ)するその一方で、ある一線を越えて彼に関与することにたしかに怯えてる。なぜ、そんなにも憧れと崇拝の対象である彼を、君たちは恐れなければならないんだろう」
「それは――」

 ディックは、ふたたび表情を硬くして口籠もった。


「部外者に《ルシファー》の情報を流した奴は、裏切り者と見做(みな)されて、例外なく死の制裁を加えられるから」


 突然割りこんだ第三者の声に、全員がギョッとして振り向いた。
 金髪を短く刈った、体格のいい長身の黒人が、廃屋のビルの壁に(もた)れかかるようにして立っていた。少年、と呼ぶにはいささか年長すぎる、20代後半ぐらいの男だった。

「――デリンジャー……ッ」

 ディックの口から、喘ぐような呻きが漏れた。翼とレオ、ふたりの視線を受けて、少年は蒼白の顔面を恐怖にひきつらせた。そして、奇妙に虚脱した力のない視線を闖入者(ちんにゅうしゃ)に向けたまま、かろうじて聞きとれる低い声で呟いた。

「《セレスト・ブルー》のナンバー・スリー、《金髪のデリンジャー》だ」

 ディックの言葉に、たちまち緊迫した、張りつめた空気がその場に流れた。
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