プロローグ

文字数 1,105文字

 激しい戦乱のさなか、その人物は、突如目の前に現れた。
 見事な黄金の髪。冷たく冴えわたった青紫(スカイ・ブルー)の瞳。均整のとれた肢体と彫刻めいた美貌。

 ひと目で〈それ〉とわかった。
 彼こそが帝王(ボス)なのだ、と。

 なんという存在感。なんという、耀(かがや)き――

 目を、逸らすことなどできなかった。そうするにはあまりにもその光は(つよ)く、目映すぎた。

 こんな人間が、本当に存在するのだ。

 強烈なその印象に、ただただ圧倒され、魅せられ、心を奪われた。
 敵対するふたつの勢力が激しくぶつかり合い、凄まじい死闘を繰り広げる中、彼を取り巻く空間だけが、侵すことのできない光と静寂を纏っていた。

 地上で出逢ったのは、圧倒的なまでに目映い光輝を放つ、蒼穹(そら)色の瞳――

『生命の力が持ち合わせる神秘と奇蹟の可能性を、とことんまで追究してみたい。俺ね、だから研究者の道を選んだんだ』

 空に魅せられ、地上を目指した幼馴染みの言葉が不意に脳裡に甦る。

 空が見てみたい。いま、人類(われわれ)が日常的に目にしている、窮屈な居住空間の天井に映し出されたまがい物の映像などではなく、母なる大地の、遙か上空に果てなくひろがる至高の耀きが。
 その、真の姿を目の当たりにしたとき、人は必ずそこに、無限の神秘と奇蹟を見るだろう――

『この大地(ほし)は、とてつもない可能性を秘めた素晴らしい生命力に満ち溢れてる。そう思わないか?』

 ――ケイン……。




 かつて人類は、環境破壊が進み、汚染しつくされた地上をみずからの意思で捨て去った。
 かわりに築き上げたのは、都市機能の大半をコンピュータによって徹底管理した巨大な地下帝国――《メガロポリス》。

 地下空間内の空気は、エア・コンディショナーの稼働により絶えず新鮮なものと入れ換えられ、気温、湿度はともに、設定された一定の数値を自動的に保っている。地球の自転に合わせて光の量を調節することで、人工の昼と夜までが交互に造り出された。

 より豊かに、快適に暮らせるよう管理され、護られた社会。そして生活空間。

 地上を捨てたことで、人類は安住の地を約束された。
 清浄にして利便性に富んだ第二の《故郷》で、人々はもはや、人体に悪影響を及ぼす汚染物質や自然の驚異に脅かされることなく、安全な生活を謳歌することが可能になった。
 みずからの手で、高度に発展した理想郷を築き上げた人類は、欲したすべてを掴み取ることのできる世界をも創り上げることに成功したといえる。

 ただひとつ、〈蒼穹(そら)を失った〉ということ以外は―――
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