第12話 疾風

文字数 1,403文字

とんだことだ

二川の百太郎色事の大評判

またもや、後家の後家は 惚れるにもほどがある

惚れて惚れぬいた 飛んだ事だ~

ある日突然、日本橋の袂に立った読売が、

大声を張り上げて唄を歌うと、道行く人に瓦版を配り出した。

「なんでえこれは? 」

「嘘!? 百太郎が後家と恋仲に!? 」

「いってえ、相手はどこの誰だい? 」

 瓦版を受け取った人たちが口々に言い出して騒然となった。

そのうち、百太郎の浮気相手探しが始まった。

百太郎には十数年連れ添った古女房がいる。

古女房との間に、倅がひとり産まれたが、

からだが弱かったらしく早くに亡くなってしまった。

何度か別れ話が浮上したが、なんだかんだと危機を乗り越えた。

わたしの方にも、その噂は届いた。

「くれぐれも、用心なさいまし」

「今後はしばらく、おとなしくしていた方がいいですよ」

 わたしが梨園に近い後家だと言うこともあり、

周囲の人たちは、派手に動き回ると

目立つからと活動を自粛させたがった。

わたしの名前は、花柳界を超えて

世に知れ渡るようになっていた。

復帰以来、売れっ子の芸者のごとく、

お座敷に呼ばれることが増えた。

一方、二川一門の若手役者の仲間入りを果たした息子は、

役名を二代目弁蔵から、三代目百次郎に

変更しないかとの打診を受けていた。

二代目は、初代のマブダチであり、

百太郎の付き人も務めた中堅の役者が名跡を継いでいた。

 息子が、二川一門に入門して半年後のことだ。

「本来ならば、二代目を継いでもおかしくなかったが、

なにせ、初代が死んだ時は生まれていなかっただろ」

 百太郎が、わたしを楽屋に呼ぶと襲名話を切り出した。

本格的に、襲名話が勧められたのはごく最近のこと。

もし、百次郎の甥である息子が名跡を継ぐとなったら、

若くしてこの世を去った兄、二川百次郎の人気を惜しみ

今でも忘れていないファンたちが、

三代目の応援すること間違いなし。そうなったら、評判にもなる。

その一方で、二川宗家の座頭、二川百太郎の跡継ぎ不在の今、

子宮の病を患い子が望めなくなった二川婦人の立場は悪くなっていた。

百太郎の不倫は、商売敵にとって、かっこうの叩く材料になる。

浮気相手捜しはだんだん、範囲が狭まれていった。

梨園は戦々恐々となった。

独身の娘たちはこぞって見合いを勧められた。

対象となりそうな後家たちもまた潔白を示すため、

再婚話に乗る素振りを見せる者や

病を患っていると世間に公表する者まで現れた。

そんな中、わたしはなるべく、目立たないよう過ごすしかなかったが、

そうなると、生活が出来なくなるため、

座敷へ出ることは遠慮して、手習いは続けることにした。

そんなわたしを周囲は放っておかなかった。

「隠れていると余計、疑われるのではないか? 」

「あんたがいないと、いまいち、盛り上がらない。

もしだったら、名を変えて出たらどうだい? 」

「よもや、倅の将来を思えば、大それたことが出来るとは思われまい」

いろんなアドバイスをくれる者も少なからずいた。

そこで、わたしはお座敷名を変えることにした。

今まで、実名を通称していたが改名することにした。

改名の件は、ごく親しい人たちにしか教えない。

その甲斐あって、また、座敷に出ることが出来た。

人に教えるよりも、腕前を披露する方が性に合っている。

幼い頃、おとっつあんの知人の間では、

もし、わたしが男だったら、

いっぱしの役者になれると言われていた。

若い頃は、場を変えて天下を取ろうと言う野心があった。















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