第7話 細腕

文字数 1,117文字

養生の甲斐なく、まもなくして、兄が死んだ。

27歳の若さで、役者としてこれからという時に

あの世へ旅立ってしまった。

兄の死はしばらく、我が家に影を落とすことになる。

一方、兄の忘れ形見の誕生は、十分すぎるぐらいの慰めになった。

フサさんは兄に先立たれた後も引き続き、

おとっつあんと同居している。

フサさんの両親はコロリで死んでいるし、一人っ子なため、

他に頼る者がいないことから、わたしも同居することにした。

姪のアサが物心つくまで、わたしが家計を支えることになった。

仕事は順調。だんだん、置き屋から指名が来るようになった。

多い時は、一晩、4席はしごしたことがある。

独身の身で、仕事に明け暮れているわたしを

周囲は早く所帯を持てと急き立てる。

だけど、現実的に、わたしが独立することがむずかしい。

もし、結婚するとなったら、

おとっつあん、義姉、姪が一緒についてくる。

3人もおまけがつくとなると、なかなか、良い話が来ない。

蕎麦屋の跡取り娘のトミも例外ではない。

婿には、蕎麦屋を一緒に切り盛りしてくれる人と条件つきだ。

「わたしたち、似た者同士だねえ」

「お互い、しわしわになるまで仲良くしようね」

 わたしとトミは相変わらず仲が良い。

女としての幸せをあきらめれば、なんのことない。

フサさんは良い姉だし、姪もかわいい。

おとっっあんをなんとかして、立ち直らせたい。

今の私の夢は、もう一度、おとっつあんを舞台に立たせることだ。

かつては、名優と呼ばれた人だ。

たとえ、どんな小さな役だとしても、

また、昔のような自信を取り戻してくれれば良い。

そういうわけで、わたしは座敷まわりを辞めた。

仕事を取るため、梨園の女衆相手に、

三味線や唄を教えることにした。

一方、おとっつあんは、かわいい孫の為

断酒をしようとして、何度も挫折している。

アサは女だけど、父親の兄に生き写しだ。

女がてら、歌舞伎に関心があるらしく、

物心ついた頃から、舞踊を習い始めた。

「踊りなんぞ習ってどうするえ?

お稽古事なら他にもあるだろ」

 おとっつあんが、アサが舞踊を習うことに反対した。

「お稽古代なら心配ありません」

 子育てがひと段落してから、フサさんは働き出した。

そのためか、前より断然、強気の姿勢だ。

特に、子育てや教育方針については一歩も譲らない。

兄のことは愛していたが、歌舞伎にはあまり関心がない。

アサに舞踊を習わせるのは、女手ひとつで育ててる誇りらしい。

芝居町の女衆は何より結束が強い。

ご近所同士とはいえ、互いに、親兄弟や亭主が役者同士だから、

当然、お家毎に派閥がある。長屋はなく貸家が多い。

生徒集めをするなら、まずは、名門家にご挨拶しなければならない。

わたしは数年ぶりに、二川宗家の門をくぐることになった。









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