第13話 追い払い

文字数 1,138文字

廻船問屋の主が主催する座敷に呼ばれたある夜。

わたしはいつものように席に着き、3曲弾いた。

宴もたけなわ。障子が勢い良く開いた。

ずかずかと足音が近づいて来た。

「あんたがうちの亭主に手を出した女かい? 」

「え?! 」

 えっと思った次の瞬間、強い力で後ろへ押された。

(誰? 何? )

「おやめくだされ! 」

 芸者たちがあわてて、乱入者を止めに入った。

ただことではない雰囲気の中、冷静になろうと努めた。

はだけた着物の裾を直すと、乱入者の正体を見極めた。

「あなたは、二川一門の婦人!? 」

 わたしは思わず声を上げた。

二川宗家の婦人とは、二川百太郎の本妻。

百太郎の本妻が、妾がいるとして座敷に乗り込んで来たのだ。

まさに、修羅場? 宴の客たちが固唾をのんで見守る中、

わたしたちは対峙した。

「この泥棒猫めが! 」

 二川宗家の婦人が大声でさけんだ。

「何かの間違いです! 」

 わたしがきっぱりと否定した。

「そうですよ。この人に限って、不倫なんぞいたしやしません」

「いきなり、押しかけるなんぞもってのほか! 」

「お引き取りおくんなさいまし。場を変えてお話くだされ」

 お座敷に出ていた芸者たちが口々に言った。

「何故、名を変えたんですか? 

何かやましいことがあるからではないんですか? 」

 二川宗家の婦人が仁王立ちすると言った。

「それは‥‥ 」

 わたしは言葉につまった。

疑われないためにやったことは裏目に出た。

「ほら、みなさい! 」

 二川宗家の婦人が勝ち誇った顔で言った。

「わたしは不倫なんぞしていません。

名を変えたのは、仕事が出来なくなると思ったからです」

 わたしが言った。

「あんたの倅は、あんたの兄上の名跡を継ぐんでしょう?

こんなところにいて、良いのかい? 」

 二川宗家の婦人が嫌味たっぷりに言った。

痛いところをつかれた。

息子は、わたしの勝手を許してはくれている。

世間では、三味線方のリタは引退して、

裏方にまわり、息子の世話に徹していると思われている。

「お言いの通りです。三味線方から身を引きます」

 わたしが仕方なしに告げると、

二川宗家の婦人が満足そうに立ち去った。

 わたしが、相手の要求を受け入れたことにより、

なんとか、その場は穏便に済ますことが出来たが、

心の中は荒れていた。とても平常心ではいられなかった。

それから数日後。わたしは、二川宗家から呼び出しを受けた。

二川一門の看板役者の婦人たちが待ち構えていた。

彼女たちが怖い表情で見守る前で、

今後一切、表立った活動を自粛するよう注意を受けた。

 やがて、息子は、二川宗家の仲人により結婚した。

息子の身の回りの世話は付き人がするし、

ご贔屓筋との付き合いは、息子の嫁がする。

そのため、わたしは、何も手出しすることが出来ない。

すっかり、蚊帳の外に出された。



 





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