【花姫視点】ほっとちょこれーと。
文字数 2,130文字
時は日を跨 ごうかという頃合い。
わらわはもうすぐ高校受験を控え、勉学へ励む司へ、いそいそと『あるもの』を運んでいた。
お盆に載った真白 な『まぐかっぷ』からは、甘い香りが立ち上っていた。
(多分、『当たり』と思うのじゃが……)
内心かなり緊張しながらも、素知らぬ振りを自 らに言い聞かせ、空いている襖から声をかける。
「司。少し休憩せぬか?」
「……あー。そだね、そろそろ」
司はもう声変わりを果たし、大人のそれにはなったものの、どこかしっとり甘さを帯びているところは、なんというかこう……もにょもにょする。
(これが『いけめんぼいす』というやつじゃろうか……)
はっ、いかん。どぎまぎしている場合ではない! 今回はしっかり見極めねばならんのじゃから!
「頭を使ったときは甘いものじゃろ? これ、最近『れしぴ』の本で読んで……」
学習机に向かっていた司の前にかたん、と置いたのは『ほっとちょこれーと』という『めにゅー』じゃった。
「牛乳を温めながら、そこへ刻んだ『ちょこれーと』を少しずつ溶かしてゆくんじゃよ! いい匂いじゃろ?」
様々な『とっぴんぐ』――『しなもん』とか『ましゅまろ』とかじゃな――をしてもよいらしいが、今回は余計な要素を排してみた。
司の『なにも混ざらぬ本当』が知りたかったから。
「……うん、あの……いただきます」
――やっぱりじゃ! 司は困ったように眉を寄せ、困惑気味に『まぐかっぷ』へ口 をつけた。
他の者なら、彼のこの反応をきっと『ああ、これ苦手だったかなぁ。悪いことしちゃったなぁ』と気まずくなるかもじゃが、わらわは見逃さなかった。
(その前に一瞬、うれしそうにしたじゃろ司!?)
ずっとずっと、なんとなくあった違和感が今、確信に変わった。
幼いころ突然、司の食に関する好みが変わった。
何年も見守ってきたが、司は隠すのがとても巧 い子じゃった。もしかして、本当にある日突然味覚変異没発……? と、わらわが勘違いしはじめるほどには。
しかし受験生になり、連日の勉強疲れが、彼の壁を少し脆 くしたらしい。
わらわは、自分が悔しい。
試すようなことをしなければ、司の本心も見えない……見せてもらえないことが。
こくりこくり、と噛みしめるように飲む司の横で、きゅっと自身の袴 を強く握った。
「――飲むの、つらかったかの?」
「……別に、つらいとかは」
「んと、これ……溶かしてゆくの、すごく楽しくて……また、作っても?」
勇気を出して提案すると、司は少し表情を和 らげて微苦笑 を浮かべた。
「……花姫様が作りたいなら」
「わぁ、うれしいのじゃ! じゃあ、お礼! 司、わらわになにかしてほしいことはないかの?」
「え、なにかって……」
「なんでもよいぞ! わらわにできることなら!!」
息巻いて司へずいっと身を乗りだしたわらわに、司は視線をさまよわせながら、椅子から立ちあがって告げた。
「――ぎゅって、してほしい」
「よしきた!!」
そのくらい御茶の子さいさいじゃ!
わらわはぎゅーっと司を抱擁 した。
久しぶりに抱きしめる司の背は、もうわらわの頭が肩のあたりに来るほどまで伸びていた。
「わあ、ノリが色気なさすぎでしょ……」
「なっなにおう!」
「……花姫様はなんにも変わらないよね」
「む!? 日々研鑽 は積んでおるぞ!?」
「いい方向へでしょ。僕はさ、どんどん濁 っていくっていうか、汚れていくのに……ぐっ!?」
司が息を詰まらせたのは、わらわが抱きしめる力を限界まで込めたからじゃった。
「綺麗じゃよ! 司は、すごく綺麗な子じゃ!! 見た目だけじゃなくて、心だってだれよりも!」
なんでそんなこと言うんじゃ。
ひとりで苦しまないで。
「あああもうっ、胸がジャマで密着できん!」
元々この胸は和装にも向いておらんし重いしで、全然得したことはない。もっとぴったりくっつけたら、司との距離も埋められる気がするのに……!
「……いや、今密着されたら当たる……」
「? なにがじゃ!」
「いや、花姫様は知らなくていいこと。……ありがとう」
司はちょっと照れくさそうに、でもふわっ、と笑った。
はにかんだような司の笑顔。普段だったらきっときゃっきゃとはしゃいで喜べた。
「~~……」
「っ、花姫様?」
気づくとわらわは、司の胸に額を押しあて、一度緩めた、司の背中へ回る腕の力を込めていた。
「ちょっ、苦しいよ……」
「わらわも……」
「?」
「わらわもこれは、なんだか苦しい……??」
「じゃあ緩めたほうがいいんじゃないかな……って、なんで頭突きしてくるかなー? ……ははっ、ヘンな花姫様」
その後、なんとか気持ちを落ちつけてから司に詫びると。“そう言えば、さっきの自分の胸に対する言動、ささやかな女性の前でしたら、最悪刺されちゃうかもだから気をつけてね”と遠慮がちに耳打ちされ、ひゅっと肝が冷えた。隣の芝生は青い、というやつなのかの……?
わらわはもうすぐ高校受験を控え、勉学へ励む司へ、いそいそと『あるもの』を運んでいた。
お盆に載った
(多分、『当たり』と思うのじゃが……)
内心かなり緊張しながらも、素知らぬ振りを
「司。少し休憩せぬか?」
「……あー。そだね、そろそろ」
司はもう声変わりを果たし、大人のそれにはなったものの、どこかしっとり甘さを帯びているところは、なんというかこう……もにょもにょする。
(これが『いけめんぼいす』というやつじゃろうか……)
はっ、いかん。どぎまぎしている場合ではない! 今回はしっかり見極めねばならんのじゃから!
「頭を使ったときは甘いものじゃろ? これ、最近『れしぴ』の本で読んで……」
学習机に向かっていた司の前にかたん、と置いたのは『ほっとちょこれーと』という『めにゅー』じゃった。
「牛乳を温めながら、そこへ刻んだ『ちょこれーと』を少しずつ溶かしてゆくんじゃよ! いい匂いじゃろ?」
様々な『とっぴんぐ』――『しなもん』とか『ましゅまろ』とかじゃな――をしてもよいらしいが、今回は余計な要素を排してみた。
司の『なにも混ざらぬ本当』が知りたかったから。
「……うん、あの……いただきます」
――やっぱりじゃ! 司は困ったように眉を寄せ、困惑気味に『まぐかっぷ』へ
他の者なら、彼のこの反応をきっと『ああ、これ苦手だったかなぁ。悪いことしちゃったなぁ』と気まずくなるかもじゃが、わらわは見逃さなかった。
(その前に一瞬、うれしそうにしたじゃろ司!?)
ずっとずっと、なんとなくあった違和感が今、確信に変わった。
幼いころ突然、司の食に関する好みが変わった。
何年も見守ってきたが、司は隠すのがとても
しかし受験生になり、連日の勉強疲れが、彼の壁を少し
わらわは、自分が悔しい。
試すようなことをしなければ、司の本心も見えない……見せてもらえないことが。
こくりこくり、と噛みしめるように飲む司の横で、きゅっと自身の
「――飲むの、つらかったかの?」
「……別に、つらいとかは」
「んと、これ……溶かしてゆくの、すごく楽しくて……また、作っても?」
勇気を出して提案すると、司は少し表情を
「……花姫様が作りたいなら」
「わぁ、うれしいのじゃ! じゃあ、お礼! 司、わらわになにかしてほしいことはないかの?」
「え、なにかって……」
「なんでもよいぞ! わらわにできることなら!!」
息巻いて司へずいっと身を乗りだしたわらわに、司は視線をさまよわせながら、椅子から立ちあがって告げた。
「――ぎゅって、してほしい」
「よしきた!!」
そのくらい御茶の子さいさいじゃ!
わらわはぎゅーっと司を
久しぶりに抱きしめる司の背は、もうわらわの頭が肩のあたりに来るほどまで伸びていた。
「わあ、ノリが色気なさすぎでしょ……」
「なっなにおう!」
「……花姫様はなんにも変わらないよね」
「む!? 日々
「いい方向へでしょ。僕はさ、どんどん
司が息を詰まらせたのは、わらわが抱きしめる力を限界まで込めたからじゃった。
「綺麗じゃよ! 司は、すごく綺麗な子じゃ!! 見た目だけじゃなくて、心だってだれよりも!」
なんでそんなこと言うんじゃ。
ひとりで苦しまないで。
「あああもうっ、胸がジャマで密着できん!」
元々この胸は和装にも向いておらんし重いしで、全然得したことはない。もっとぴったりくっつけたら、司との距離も埋められる気がするのに……!
「……いや、今密着されたら当たる……」
「? なにがじゃ!」
「いや、花姫様は知らなくていいこと。……ありがとう」
司はちょっと照れくさそうに、でもふわっ、と笑った。
はにかんだような司の笑顔。普段だったらきっときゃっきゃとはしゃいで喜べた。
「~~……」
「っ、花姫様?」
気づくとわらわは、司の胸に額を押しあて、一度緩めた、司の背中へ回る腕の力を込めていた。
「ちょっ、苦しいよ……」
「わらわも……」
「?」
「わらわもこれは、なんだか苦しい……??」
「じゃあ緩めたほうがいいんじゃないかな……って、なんで頭突きしてくるかなー? ……ははっ、ヘンな花姫様」
その後、なんとか気持ちを落ちつけてから司に詫びると。“そう言えば、さっきの自分の胸に対する言動、ささやかな女性の前でしたら、最悪刺されちゃうかもだから気をつけてね”と遠慮がちに耳打ちされ、ひゅっと肝が冷えた。隣の芝生は青い、というやつなのかの……?
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