心のスイッチと、眠れない日。

文字数 1,093文字

 いじめっ子の『ふさわしくない』発言から数ヶ月経っても、それは重く僕に響いていた。

 小学生になってから与えられた自室の蒲団(ふとん)で、ころころ転がっていても、なかなか寝つけない日が増えた。
「……」
 限りなく闇に近い部屋で、ぼんやりと天井を眺めていると、なぜかそれがぐんぐん下がってきて、そのまま潰されてしまいそうな感覚に襲われる。

 あれから先生にリークされてこっぴどく叱られたいじめっ子は、なにもしてこなくなったけれど。

(『こども』をあいてにするの、めんどくさいな……)

 そもそも僕は、幼稚園には通っていない。
 母さんはとてもフリーダムなひとで、“幼稚園、どうする? いろんな子と遊べるよ。行く?”って聞かれたときに、“そんなのより、はなひめさまといたい”と答えたら“わかる”と超速で肯定が返ってきて、それで終了したのだ。彼女の考えかたに対し、彼女の父親――僕にとって祖父――はいろいろ物申していたが、少なくとも僕に言わせれば、菓子折り持ってお礼参りレベルの賢母(けんぼ)だ。

 まあ、さすがに義務教育は放棄するわけにゆかず、小学校には通うものの。
 初めての、同年代のひとびと。
 明らかに媚びるような女の子たちの声や色目、反対に羨むような同性の目線ややっかみは、正直しんどかった。

 僕は早々(そうそう)に、『スイッチの切りかた』を覚えた。

 心の柔らかいところを、真っ暗にして、だれからも隠してしまう。
 きちんと笑顔を作りながらするそれは、僕の感情をひどく冷えさせた。

 学校でも、家でも。傍目にはとても上手になんでもこなしたけれど。
 夜はなんだか、押し殺していた気持ちがもがきだして暴れて、たまらなくなる。

 どうしても我慢できなくなったら、花姫様の部屋へゆく。

 花姫様も、ヒトの世界では睡眠が要って(神界では眠る必要がないらしい)、おねだりすると僕を抱きしめ、一緒に寝てくれた。
 “もう『おとな』になった”と言って(はばか)らない僕の矛盾に気づいているだろうに、眠そうな目をこすりながらも、いつだって優しく受けいれてくれる。

 灯してくれた小さな光の下、静かに眠る彼女はどこか儚く、無防備で。それを見つめている自分の中を疼かせた気持ちの名前を、当時は知る由もなかったけれど。

 花姫様の大きな胸に顔をすりよせると、とてもいい匂いがしてどきどきした。閉じられた彼女の瞳が、朝開いたときに僕を、だれよりも特別だよ、ってわかるように見てくれたらいいのに――。

 そう思うと信じられないくらい、明日(あす)という日を楽しみにできた。
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