葛藤と決壊、お祭り前日。(後編)

文字数 1,191文字

 お風呂から上がり、浴衣を着て自室へ戻ると、僕の蒲団の上で花姫様がちょこんと正座していた。
 横に腰をおろし、少し開いた膝を、片手でとんとん、と叩く。
「花姫様、おいで」
「そ、それでは失礼して……」
 僕の元へいそいそと、でも丁寧な所作で寄ってきた花姫様をうっそりと眺めながらも、顔を上げた彼女の顎をくいと持つ。
「今から僕は実験をします」
「はぇ??」
 ぽかーんとした花姫様を安心させるように、無邪気に笑う。
「これは花姫様のためにすることだよ。なんにも心配ないからね」
「え、えっと……??」
「これが証明できたら、もう、すっごい画期的! 世紀の大発見かも!」
「なっ、なんじゃ、それ~!? とんでもなく面白そうではないか~!?」
 わくわくうきうきとして、顎にかけた僕の手を掴んでいる。いい感じ。
「はーい、じゃ、目を(つむ)って。お口も開けてね」
「あー……」
「ふふ、そんな大きく開けなくて大丈夫だよ。そう、上手……」
 僕は口の中を唾液で満たし、彼女へ近づき、そのしとどに濡れた口内を犯しにかかった。
「?! ん、んん……っ!?」
 当然びっくりした花姫様はもがく。
(やば……)
 気持ちいい、興奮が止まらない。
 頭がおかしくなりそうだ。

 でもここで色に溺れたらだめだ。
 彼女を安心させるように、優しく背中を撫でる。
 最初から貪りすぎてもだめだ。優しく。努めて『優しく』だ。

 これには、事情がある――。
 狂いそうになりながらも、そう感じさせられるようには、きちんと動く。
 すると彼女の強張りがやんわりゆるんだので、もうちょっとだけ堪能させてもらうことにする。

 キスの手管(てくだ)に関しては、女性向けの官能小説を参考にした。
 女性が望むような『奉仕』の仕方を調べるにはうってつけだと思ったからだ。
 途中からはまってしまって、僕の電子書籍アプリには目も当てられない数の

表紙が並んでいるのは、永久にだれにも言えない秘密だ。

(これ以上は、僕のほうがまずいかな……)
 そう思ったところで(めちゃくちゃ名残惜しくはあったが)あっさり、といった様子で離し、なにが起こったのか、目を潤ませつつ呆けたようになっている花姫様に、にこーっと告げる。
「はい、終わりでーす」
「そ……そ、そな、なに、っを……っ」
「んー。明日は朝からお祭りでしょ。いつも、『食事』のタイミング合わせるの大変じゃない? でも花姫様、これで多分『大丈夫』だよ☆」
「いやっ、意味が……っ? っ、けほっ……」
「ごめんね、明日のお楽しみにしてて。……ごめんね」
 ()せてしまった花姫様をちょっとさすってあげて、落ちつかせてから彼女を部屋まで送りとどけた。

 その夜はぞくぞくと、ほんの少しの押しつぶされそうな気持ちに支配されて、寝つくのに苦労した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み