第36話

文字数 1,001文字

「ありがとう、遊木くん」
「俺のほうこそ、ありがとう」
 お互いに感謝の気持ちを伝え合った。
「わたし、一生大事に身に着けるね」
 青井さんがネックレスを手に微笑みながら言った。
「俺も肌身離さず身に着けるよ」
 同じようにネックレスを手に取って俺も笑みを返す。
「今はこの値段のものが精いっぱいだけど、自分で稼げるようになったらもっといいものプレゼントするから待ってて」
「ううん、こういうのは値段じゃなくて気持ちだと思う。だって、初めての彼からもらった初めてのプレゼントだもん。一生の宝物だよ」
 俺たちはどちらともなく手を握り、恋人つなぎをした。
 スマホを見ると四時を過ぎていた。名残惜しいがそろそろ帰らなければならない時間だった。俺たちは出口に向かった。
「今日は楽しかった」
「うん」
「あ、家に着くまでがデートだよね。振り返るのはまだ早い」
「あはは、そうだね」
「一日、あっという間だったね」
「ね。また……行きたいな」
「行こう! 次はどこ行きたい?」
「とっさには思いつかないよ」
「次も楽しみにしてる」
「わたしも」
 そのあと、バスに乗って駅に向かった。帰りも二人掛けの席に座ることができた。帰りのバスの車内は西日が当たってほどよい温かさで、青井さんはうとうとしていた。
 今日は半日遊び回ったから疲れたんだろう。俺は彼女をそっとしておいた。終点の駅までは三十分かかるし、着く頃になったら起こせばいい。
 ふと青井さんが体を俺に預けてきた。それだけで俺の全神経は敏感になった。隣の彼女を全身で意識する。さらに、俺の肩に頭がちょこんと乗って、シャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。とてもいい匂いだった。
 目線を彼女に向けると、鎖骨から胸元へかけての起伏に富んだ芸術的な曲線が目に入ってどきりとする。彼女の呼吸に合わせて胸のふくらみも上下する。見ないようにしようとしても目を逸らすことができない。エレガントな純白のブラのレースのデザインまではっきりと見える。混じりけのない純白は、青井さんのイメージそのものだった。
 結局、俺はバスに乗っている間、青井さんの胸元に全意識を集中していた。
 男のかなしいさがだよな。
 やがてバスは駅に着き、俺は青井さんをそっと起こした。閉じられた長いまつげがうっすらと開いていく。眠り姫が目を覚ましたようなその様子は、まるで映画のワンシーンのようだった。
 バスを降りる際には、また青井さんの手を取った。
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