第3話

文字数 759文字

 やばい。抱きしめたい。
 その衝動を必死でこらえる。
「あ、あの!」
 俺は彼女の手を軽く握り返して、声をしぼりだした。
 俺の手は汗ばんでないか、彼女を不快にさせないか、いろいろな思いが脳裏をよぎる。
 だが、ここで何かを言わなければ、という思いが他のすべてを圧倒した。
 絶対に、決して彼女を手放してはいけない。
 そんな警告めいた内なる声が頭の中でリピートされる。
 彼女が目を見開いた。戸惑っている様子だ。
 焦りがつのる。
「ええと!」
 ああ、もどかしい。
 何と言えばいいんだろう。
 どうしたら、どうすればいい。
 彼女の怪訝そうなまなざしが痛く感じられる。
 これ以上はとても持ちそうにない。
 行くしかない。
 俺は意を決した。
「一目惚れしました!」
 勢いにまかせて一気に言った。
 彼女の表情が驚きを伝えてくる。唇がわずかに動くと、かすかにだが「え?」と言ったように見えた。
「いきなりでごめん。びっくりしたよね。でも本気です。真剣です」
 いつしか彼女に一歩、いや、半歩近寄っていた。
 彼女の目を真正面から見つめる。ここで目を逸らすわけにはいかない。目に力を込めて、まばたきひとつせず彼女の目だけに全神経を集中させた。
「俺と付き合ってください!」
 俺は彼女の目を見つめながら言い切った。
 目力なるものが本当にあるのなら、あってほしいと願いながら。
 彼女も俺を見てきた。しかし、すっと目を逸らすと、わずかに視線を泳がせ、伏し目がちに消え入りそうな声で尋ねてきた。
「えっと……あの……どうして……その……わたしを……」
 俺はすうっと息を吸って、感じたままを答えた。
「なにか運命みたいなものを感じました。こんなのキモいかもしれないけど、きみと目が合った瞬間、この人が運命の人だ!って感じたんです」
 彼女が引いてないか、死ぬほど不安になる。
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