第36話 日曜の辻馬車業

文字数 3,948文字

 ある朝、ジェリーが僕を舵棒に繋いで引き革を締めようとしていると、ひとりの紳士が中庭にやってきた。「いらっしゃいませ、ブリッグスさん」ジェリーは言った。
「おはよう、バーカーさん」紳士は言った。「毎週日曜の朝に、妻を教会まで送迎する契約を結べたら嬉しいんだがね。新しい教会に行き始めたんだが、妻が歩いて行くのにはちょっと遠すぎるんだよ」
「ありがとうございます」ジェリーは言った。「ですが俺は週六日の許可証しか持っていませんから、日曜には仕事はできないんです。違法になってしまいます」
「ああ!」とその紳士は言った。「君が週六日の許可証しか持っていないとは知らなかったが、週七日の許可証への変更はとても簡単だ。これで契約をなしにするなんてもったいないし、妻は君の馬車で運んでもらうのをとても気に入っているんだ」
「俺としてもご婦人の意向には沿いたいんですが、以前週七日の許可証で働いていたときは、俺にも馬たちにも仕事がきつすぎたんです。年がら年中、休む日もなく、家族と過ごす日曜もない。つまり俺が御者台に立つようになる前から、ずっと通っていた信仰の場所にもまったく行けないんです。それで五年前から週六日の許可証に切り替えて、以来ずっと快適にやっていけています」
「それはもちろん」ブリッグスさんは言った。「とても公正なことだよ、すべての人に休息を与えるのも、日曜には教会に行けるようにするのも。だが私は君が、短い距離だから馬の疲労はそこまで気にしないだろうと思っていたのでね。それに、日曜の労働はこれ一度だけにすれば、午後と夜は丸々空くし。それにわかっているだろうが、うちはお得意さんだよ」
「ええ、ブリッグスさん。本当にそうですし、ご親切には心の底から感謝していますよ。それは確かですし、俺としてもブリッグスさんや奥さんの意向には、誇りを持って幸せに添ったほうがいいとは思っています。でも、日曜を諦められないんですよ、本当にダメなんです。聖書には神様が人間をお創りになり、馬やその他の獣をお創りになり、それとほぼ同時に安息の日を設けたので、すべてのものは七日に一度は休まれよと命じたと書かれています。そして思うんですが、神様は自分のお創りになられたものに対し、何が一番いいのかをご存知に違いありませんし、そしてそれは自分にとって良いものだと俺は確信しているんです。休みの日を設けるようにして以来、俺は以前よりもたくましくて健康になりましたし、馬たちも生き生きしていて、あっという間にへとへとになったりはしなくなりました。六日の許可証持ちの御者は皆同じことを言いますし、俺もこのほうが以前よりも銀行によりお金を預けられるようになりましたし、家族はというと、ええ! 七日の労働で何が得られるとしても、家族は戻りたがらないでしょう」
「そうかい、わかったよ」紳士は言った。「これ以上はお構いなく、バーカーさん。どこか他に頼むから」そしてブリッグスさんは去って行った。
「さて」ジェリーは僕に言った。「俺たちは役には立てないよな、ジャックさん。俺たちには日曜が必要だ」
「ポリー!」ジェリーは叫んだ。「ポリー、ちょっと来てくれ!」
 ポリーはすぐにやって来た。
「何かあったの、ジェリー?」
「ああ、お前さん。ブリッグスさんが俺に奥さんを毎週日曜の朝、教会まで送迎してほしいって言って来たんだ。俺は週六日の許可証しか持ってないって言ったよ。そしたら『週七日の許可証にしては? ちゃんと代金は払うよ』ってさ。知ってるだろうが、ポリー、ブリッグスさんはいいお得意様だ。あそこの奥さんはよく長時間の買い物に出かけたり、他所のお宅を訪ねたりするが、いつも淑女らしくちゃんとした額を、きちんとした作法で即金で払ってくれて、他の奴のように値切ったり三時間を二時間半だと主張したりしない。それに馬の負担の少ない軽い仕事がほとんどで、汽車に間に合うために十五分の遅れを取り戻したいという理由で、通りを疾走させたりもしない。だが今回の話を断った件で、このお得意様をなくなってしまう可能性が高いんだ。どう思うかい、おちびさん?」
「思うのはね、ジェリー」ポリーはゆっくりと話し始めた。「思うのは、もしブリッグスさんの奥さんが日曜の朝のお仕事に毎回ソヴリン金貨を一枚下さるとしても、あなたに一週間丸々働く生活には戻ってほしくはない。私たちは日曜がないというのはどういうものがわかっているし、日曜を自由な時間にできるのがどういうものかもわかっている。神様のおかげで、あなたは生活するのに充分なお金を稼いでいる。もちろん、干草や燕麦の代金、許可証の手数料や家賃を払うのが大変なときもあるけど、でもハリーもすぐに稼げるようになるでしょうし、それに、少し大変な思いをするほうが、あの辛いとき、あなたが自分の子供たちといっしょにいられる時間が持てなくて、信仰の場に家族みんなで行くこともできず、幸せだったり静かだったりする一日を過ごすこともできない、あの辛い時期に戻るよりいいと思う。神様も私たちがその時期に戻るのをお許しになりはしないと思う。これが私の思いよ、ジェリー」
「それこそが俺がブリッグスさんに言ったことだよ、可愛いポリー」ジェリーは言った。「そして俺が大事にしたいことでもある。だから悩まなくていいよ、ポリー」そう言ったのは、ポリーが少し前から泣き始めていたからだった。「俺は二倍稼げるとしても、あの当時には戻らないし、これで話は終わりだ、おちびさん。さあ、元気を出して、俺は辻馬車乗り場に行ってくるから」
 このやりとりから三週間が過ぎ、そしてあれ以来、ブリッグスさんからの仕事の依頼はなかったから、辻馬車乗り場で引き受けたもの以外の仕事はなかった。ジェリーはこの事実がかなり気になったようだったが、それは仕事が人にも馬にもより大変になってしまったからだった。だがポリーはいつもジェリーを励まし、「気にしないで、お父さん、気にしないで」と言い続けた。

「最善を尽くしたら
 あとは神様に任せましょう
 そうすればすべてはうまくいく
 昼夜を問わずいつの日か」

 ほどなくして、ジェリーが一番のお得意様を失ったことと、その理由が知れ渡った。ほとんどの人はジェリーは愚かだと言ったが、ふたりか三人ほどはジェリーの意見を支持した。
「もし労働者が自分たちの日曜の休息にこだわらなかったら」トルーマンは言った。「あとには何も残らないだろうね。日曜はすべての人、すべての動物の権利だ。神様の法でも、イングランドの法でも、俺たちは休息の日があるんだし、この法律が与えてくれる権利を保ち続けて、それを子供たちに受け継がせるべきだね」
「お前ら信心深い奴らがそう言うのはまことに結構だがねえ」ラリーが言った。「でも俺は稼げるときには稼ぐね。宗教は信じてないし、お前らのような信心深い人間が他の人間より良いとも思えないしな」
「もしその人たちが良くないというのなら」ジェリーは言った。「信仰がないからだね。それは一部の法律を破る人がいるから、この国の法律は良くないものだと言うようなものだよ。もし誰かが感情に負けて隣人の悪口を言ったり、借りた金を返さなかったりしたら、そいつがどれだけ教会に通っていようと、不信心者だね。もしある連中が不誠実で嘘つきだったら、そいつらの信仰は本物じゃない。本物の信仰というものは世界で何よりも素晴らしい真実で、人を真の果報者にして暮らす世界をより良くしていくものなんだ」
「もし信仰が他の何よりも良いものなら」ジョーンズが言った。「お前の言う信心深い人たちは、俺たちを日曜日に働かせたりはしないだろうが、実際には働かせている奴はたくさんいる。だから俺は信仰なんてまがい物でしかないって言ってるんだ。教会とそこに通う人たちがいなければ、日曜に出かける価値なんてほとんどないからな。だがああいう奴らは自分たちが言うように特権階級で、俺は違う。俺としては奴らに俺の魂の釈明をしてほしいよ、俺には救う機会が与えられないというのならな」
 何人かが拍手を送ったが、ジェリーが答えるまでだった。
「お前の理屈はまともに聞こえるかもしれないが、実際のところは違う。どんな人間も自分自身の魂を大切にしないといけない。誰か他の人の家の前に捨て子のように置き去りにして、面倒を見てくれと期待はできない。そして、わからないかい、お前がいつも箱に座って料金を待っていたら、奴らはこういうだろう。『自分たちが連れて行かなくとも、他の誰かがするだろうし、その人は日曜を探してはいない』とね。もちろん、その人たちは物事を見極めようとはしないが、辻馬車が決して来なければそこに立っていても無駄だと気づくだろう。人間は物事を見極めるのがいつだって好きじゃないし、これをするのは楽ではないが、日曜の辻馬車屋が全員で休息の日にストライキをすれば、物事は変わるだろうな」
「それで、すべての良き人間は、お気に入りの牧師のところに行けなかった場合、何をするのさ?」ラリーが言った。
「他の人のために計画を練るのは俺の仕事じゃない」ジェリーは答えた。「だがそういう人たちが遠くまで歩けないというのなら近場に行けばいいし、雨が降るというのなら平日にそうするように雨具を着ればいい。その行動が正しければ行えるし、間違いならそれ抜きで行えばいい。正しい人は道をみつけるものだ。それは俺たちのような辻馬車屋にも、教会に通う人たちにとっても、同じように真実なんだ」

訳者注釈:原文ではこのエピソードに「辻馬車の事業許可証の年間手数料は大幅に引き下げられ、週六日と週七日の差はほぼなくなった」という注釈が入っています。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み