第37話 黄金律

文字数 2,764文字

 それから二週間か三週間ほど経過したある日、僕たちが夜の遅くに中庭に入ってくると、ポリーが手にランタンを持って、道を横切ってこちらへと駆けて来た(ひどい雨でも降らないかぎり、ポリーはいつもジェリーのためにそうしている)
「何もかもうまくいきそうよ、ジェリー。ブリッグスさんの奥さんが今日の午後、使用人をここへ寄越して、明日の十一時に来てくださいって言ってきたの。だから答えたわ『はい、お受けしました。ですがてっきり、別の誰かをお雇いになられたかと』って」
「ああ」ジェリーは言った。「実際のところ、ブリッグスさんは俺が日曜の仕事を断ってからというもの、他の辻馬車をあれこれ試してみたが、どれも気に入らなかったようだな。速すぎたり、遅すぎたりして。それで奥さんはうちのように快適で清潔な辻馬車は他にないし、バーカーの辻馬車自分には一番だ、ってなったんだな」
 ポリーはほとんど息を切らしていたが、ジェリーは明るく笑い出した。
「『そうすればすべてはうまくいく、昼夜を問わずいつの日か』お前はいつだって正しかったよ、大切なポリー。さあ、さっと戻って夕飯の準備をしてくれ、俺はすぐにジャックのハーネスを外して居心地良くしてやるから」
 これからというもの、日曜日事件があったにもかかわらず、ブリッグスさんの奥さんは今まで以上にジェリーの辻馬車を贔屓にしてくれるようになった。だが一度だけ、僕たちは日曜に仕事をしたことがあって、これから何故そうなったのかを説明しよう。僕たちは土曜の夜にはいつも疲労困憊しているので、翌日が丸々休みなのはとても嬉しかったが、そのときだけは違っていた。
 日曜の朝、ジェリーが中庭で僕の身体を手入れしてくれていると、ポリーが何か言いたそうな様子でやってきた。
「どうかしたのかい?」ジェリーは尋ねた。
「ええ、あなた」ポリーは答えた。「気の毒なことに、ダイナ・ブラウンのところにお母さんが危篤だという手紙が来たの。それでダイナはすぐに家に戻って、お母さんが生きているうちに一目会いたがっているのよ。でもダイナの実家は郊外でここから十六キロ以上離れているし、もし汽車に乗れたとしても六キロ以上は歩かないといけない。ダイナは子供を産んでからまだ四週間しかで、体力もとても落ちているから、これはほぼ不可能よ。それでダイナはもしあなたの辻馬車に乗せてもらえたら、お金が手に入り次第きちんとした料金をお支払いしますって言ってるの」
「おいおい! さてどうしたもんかねえ。今考えたのは金じゃなくて、俺たちの日曜日がなくなるということなんだ。馬も俺も疲れているし――これは何についての問題になるのかな」
「すべてに関わる問題よ、それに、付け加えるけど」ポリーは言った。「あなたのいない日曜日は半日だけだけど、知ってのとおり、他の人たちが私たちにしてくれて嬉しいことは、他の人たちにもしてあげるべきよ。もし私の母が死にかけていたら、あなたがどうするかなんてわかりきっているわ、ジェリー。井戸に落ちたかわいそうな生き物を引き上げてあげるのは、安息日を破ることにはならないのは確かだし、気の毒なダイナを助けてあげるのもきっと同じよ」
「ああ、ポリー、お前は牧師さんと同じぐらい善人だよ、それに今日は日曜の説教を早い時間に聞いたからな。お前はダイナのところに行って、時計が十時の鐘を鳴らす前に支度を終えておくと伝えて――いや待てよ、先に肉屋のブレイドンのところに行って、俺の感謝の気持ちを伝えてから、あそこの軽い二輪馬車を貸してくれるよう頼んでくれ。ブレイドンは日曜には馬車を使わないはずだし、あれなら馬への負担がぐっと軽くなる」
 ポリーは出かけて行き、じきに戻って来て、ブレイドンが快く二輪馬車を貸してくれたと言った。
「よっしゃ」ジェリーは言った。「パンとチーズを包んでくれ、午後には戻って来れるようにするよ」
「ミートパイをお昼じゃなくて、早めの夕飯に出せるようにしておくわね」ポリーは言った。そしてポリーがいない間、ジェリーは準備をしながら「ポリーに任せておけば間違いなしさ」という、とてもお気に入りの歌を歌っていた。
 この道行きには僕が選ばれ、十時は出立した。大きな車輪のついた軽い二輪馬車は、四輪の辻馬車よりもずっと快適で、なんの問題もなさそうだった。
 五月のその日はよく晴れていた。そして街を出るとすぐに、清々しい空気や、新鮮な草の香りや、柔らかい田舎の道といった、昔馴染んでいた快適なあれこれに取り巻かれ、僕はすぐに生き返ったかのような気持ちになった。
 ダイナの家族は小さな農家に住んでいて、そこは緑の道を昇って行った先にあり、心地の良さそうな木立ちのある牧場がすぐ近くにあって、二頭の雌牛が草を食べていた。若い男の人がジェリーに、二輪馬車を牧場に止めてくださいと言い、僕のことは牛小屋に繋いでおきましょうと言った。そして、もっと良い馬小屋があれば良かったんですが、と付け加えた。
「そちらの雌牛が気性が荒くなければ」ジェリーは言った。「うちの馬を一時間か二時間、このすてきな牧場で過ごさせてやりたいです。この子は大人しいし、ここで過ごせれば滅多にない、良い体験になります」
「どうぞ、喜んで」若い男の人は言った。「あなたが姉にしてくださったご親切には、できるかぎり最高のお返しを。あと一時間ほどで食事ですので、どうぞお入りくださいと言いたいのですが、母の容態が悪いので、僕たちみんな落ち込んでいて」
 ジェリーは丁寧に礼を言ったが、食事は持参してきたので、問題なければ牧場へ行きたいと言った。
 ハーネスを外してもらうと、僕は自分でも何から始めていいかわからなかった――草を食べようか、それとも草の上で転がろうか、あるいは横になって休もうか、それとも自由になれた嬉しさで牧場の向こうまで襲歩(ギャロップ)で駆けて行こうか。そして、僕はそれを全部順繰りにやっていった。ジェリーも僕と同じくらい嬉しそうで、土手の近くの木陰に座って鳥の声に耳を傾けたり、歌を歌ったり、お気に入りの小さな茶色い本を読んだり、牧場の中を歩き回ったり、小川の傍でしゃがんで、草花やサンザシを摘んでから、長いツタの茎でくるっとまとめたり、僕に持ってきた美味しい燕麦を食べさせたりしたが、時間が過ぎるのはとても早かった――僕が牧場で過ごすのは、アールシャルでのジンジャーとの悲しい別れ以来だった。
 僕たちは静かに帰宅し、中庭に入ったときのジェリーの最初の言葉は「やあ、ポリー。俺は結局、日曜日を過ごせたよ。鳥たちがどの藪でも賛美歌を歌ってくれたし、俺は礼拝に参加できた。それにジャックもな、幼い子馬のように楽しそうだったよ」
 そしてジェリーがドリーに花束を渡すと、ドリーは喜んで飛び跳ねた。
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