第26話 どう終わったか

文字数 2,346文字

 おそらくは真夜中に近い時間になったとき、僕は遠くに馬の足音を聞きつけた。音は時折弱くなったが、やがてまたはっきりとしてきた。アールシャルへと続く道は伯爵が所有する森を通っているのだが、音はその方角から聞こえてきたので、僕は誰かが僕たちを探しに来てくれたのではと思った。音はどんどんこちらに近づいてきて、僕はそれがジンジャーの足音だとほぼ確信した。さらにもう少し近づいてきたので、僕はジンジャーが一頭立ての二輪馬車を引いているのもわかった。僕が大声でいななくと、ジンジャーのいななき返す声と、男の人の声が聞こえたので、とても嬉しくなった。向こうは石をよけながらゆっくりとやってきて、道に横たわる黒っぽい人影のところで歩みを止めた。
 ひとりが馬車から飛び降りると、人影の前でしゃがんだ。「ルーベンだ」彼は言った。「動いてないぞ!」
 もうひとりがあとに続いて、やはりルーベンの前でしゃがんだ。「死んでる」彼は言った。「手がひどく冷たくなっているぞ」
 ふたりはルーベンをかつぎあげたが、もう生きてはいない。ルーベンの髪は血で染まっていた。ふたりはルーベンをもう一度下ろし、それからこちらにやってきて僕を見た。そしてすぐに、僕の膝の傷に気づいた。
「ありゃまあ、この馬が転んでルーベンを放り出したんだ! この黒い馬がこんなことをするなんて誰が思う? 誰もこいつが転ぶなんて思ってなかった。ルーベンはここに何時間も倒れていたに違いない! でもっておかしいのは、馬がこの場所から少しも動いてないことだ」
 ロバートはそれから僕を前方へと引いて動かそうとした。僕は足を踏み出したが、もう少しでまた転ぶところだった。
「なんてこった! 足にも膝と同じくらいひどい怪我をしているじゃないか。ここを見ろ――蹄がぼろぼろに欠けてしまっている。ここまで頑張って来たんだな、かわいそうに! 思うんだがな、ネッド、残念だがルーベンじゃダメだったんだろうよ。こんな石だらけの道で蹄鉄の外れた馬を走らせるとはな! まったく、あいつが素面でいれば、走らせるのは月が出てからにしただろうに。またあいつの悪い癖が出るのを警戒していたんだよ。スーザンもかわいそうに! ひどく真っ青になって俺のとこに来て、ルーベンが帰って来ないって言ったんだ。スーザンは少しも心配してない振りをしようとしていたし、戻って来ない理由を大量に並べ立てていたよ。でも最後に、俺にあいつを探してきてくれと頼んだんだ。だがこれからどうしたらいい? 馬も遺体も連れて帰らなくちゃならないが、簡単には行きそうにないぞ」
 ふたりはしばらく話し合った結果、馬丁のロバートが僕を引いて帰り、ネッドが遺体を持ち帰るという結論に達した。馬車に遺体を積み込むのは大変な作業で、ジンジャーを抑えてくれる人間はいなかったが、ジンジャーは僕と同じくらいちゃんと理解していて、作業の間、石のようにじっとその場に立っていた。僕にそれがわかったのは、ジンジャーは普段ならじっと立っているのはあまり好きではないからだ。
 ネッドはとてもゆっくりと悲しい帰路に着き、そしてロバートはこちらにやってきて、僕の足をもう一度見た。それからハンカチを取り出して、僕の足にぐるぐるときつく巻きつけてから、僕をお屋敷へと引いて行った。僕はこの夜を決して忘れないだろう。道のりは五キロ近かった。ロバートはゆっくりと僕を引いて進み、僕は足をひきずり、ぐらつかせながら、ひどい痛みに耐えて先へ進んだ。ロバートが僕を気の毒に思っていたのは確かで、僕を何度も優しく叩いたり、励ましたり、優しい声で話しかけたりしてくれた。
 ついに僕は自分の馬房にたどりついて、トウモロコシをいくらか食べた。ロバートが僕の膝を濡れた布で巻いてくれてから、足にふすまの湿布をしてくれた。朝に獣医さんが診に来てくれる前に、僕の足の熱を下げて患部を清潔にするためだ。それから僕は藁の中になんとか横になり、痛みはあったが眠ることができた。
 次の日、獣医さんが僕の傷を診察して、関節が傷ついてなければ良いのだがと言い、もし無事ならば、傷は決して消えないが仕事はさせられるとも言った。みんな僕に最高の手当てをしてくれたと思っているが、治療は辛くて痛いものだった。肉芽組織と彼らが呼んでいるものが膝にできると、焼灼剤でそれを焼き尽くすのだ。そしてようやくそれが治ると、焼けるような水薬を両膝の前面に塗られるので、その部分の毛は抜けてしまった。彼らは僕にこうする理由を話してくれたので、僕はこれで良いんだろうと思った。
 ルーベンの死はあまりにも突然だった上に、誰も見ていた人がいなかったので、調査が行われた。白獅子亭の主人と馬丁、そして他に何人かの人が証言したのは、宿に現れたときからルーベンは酔っていたというものだった。料金所の番人はルーベンが激しい襲歩(ギャロップ)で門を走り抜けたと証言し、僕の蹄鉄は石の間でみつかったので、この件はすべてがはっきりとし、僕はなんのお咎めも受けなかった。
 誰もがスーザンを哀れんだ。スーザンはほぼ正気を失いかけていて、何度も何度もこう言い続けていた。「ああ! あの人は良い人だった――良い人だった! 何もかもあの呪わしい酒のせいだ。なんであんな呪わしいものを売るの? ああ、ルーベン、ルーベン!」そしてスーザンはルーベンが埋葬されたあともそう言い続けた。そして、スーザンは実家も親戚もなく、幼い六人の子供と共に、樫の木に囲まれた居心地の良いコテージをまた離れて、ひどく暗い救貧院へ行かなくてはならなかった。

訳者注:「ふすまの湿布」は現在でも馬の治療法として使われることがあるそうです。アメリカではつぶしたカボチャを使うこともあるとか。
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