第17話 ジョン・マンリーの話

文字数 3,208文字

 旅の残りは平穏そのもので、日が落ちた直後に僕たちはご主人様の友人の家に到着した。僕たちは清潔で居心地の良い馬小屋に連れて行かれ、そこでは感じの良い御者が、居心地の良いように気を配ってってくれた。その人は、火事の話を聞いたとき、ジェームズのことを素晴らしい働きをしたと思ったようだった。
「ひとつだけはっきりしたことがある、若いの」彼は言った。「あの馬たちは誰が信じられる人間かわかっている。世界中で一番難しいことのひとつは、火事か洪水が起きたとき、馬を馬小屋から連れ出すことだ。どうして出て来ないかなんてわからない、でも出て来ないんだ――二十に一ぐらいは例外もいるが」
 僕たちは二、三日その場所に留まり、それから家に戻った。道中はすべて快適で、僕たちは自分の馬小屋に戻れたのを喜び、ジョンもまた、僕たちを見て嬉しそうだった。
 その夜、ジョンとジェームズが僕たちを残して出て行く前に、ジェームズが尋ねた。「僕の後任は誰になるのでしょうか?」
「使用人小屋に住んでいる、チビのジョー・グリーンだよ」ジョンは答えた。
「チビのジョー・グリーン! 子供じゃないですか!」
「あの子は十四歳半だ」ジョンは言った。
「でもあの子はとてもチビですよ!」
「ああ、確かにあの子は小さい、でもすばしっこくてやる気があって、心の温かい子だし、それに何よりも本人がここに来るのを熱望していて、親父さんもそれを希望している。それに、旦那様はあの子に機会を与えてやりたいと望まれている。旦那様には、もし反対ならもっと年長の子を探そうとも言われたが、あの子に六週間の試用期間を与えるということで意見が一致した」
「六週間!」ジェームズは言った。「どうしてです、あの子が使い物になるまで、六ヵ月はかかるでしょうよ! 親方の仕事が増えるだけです」
「そうだな」ジョンは笑いながら言った。「俺と仕事は良い友達だからな。まだ、仕事を怖いと思ったことはないね」
「親方はとても良い人です」ジェームズは言った。「僕はいつか親方のようになれたらと思っていますよ」
「普段、自分のことは話さないんだが」ジョンは言った。「お前はこれからここを離れて世間に出て自分の力で生きて行くんだから、俺の物事の見方を教えておこう。俺がジョセフと同じぐらいの年齢のとき、父と母を熱病で十日以内に立て続けに亡くし、俺と障害のある妹のネリーは、助けてくれる身内の当てのない、寄る辺ない身の上になってしまった。俺は農家の息子で、自分ひとりを食わせるのすら難しいのに、ふたりとなればなおさらで、そのままなら妹は救貧院行きは確実だったが、奥様のおかげでそうはならなかった。(ネリーは奥様のことを自分の守護天使と呼んでいたが、そう呼ぶのも当然だった)妹は未亡人のマレーばあさんのところで住み込みで働けるよう取り計らってもらい、そこで編み物や縫い物を教わった。そして病気になったときは、食事やたくさんの良いものや、居心地よく過ごすためのものを送ってもらって、まるで母親のようだったよ。そして旦那様は俺を馬小屋に連れて行って、当時御者をやっていたノーマンじいさんの許で働けるようにしてくれた。俺はこの家で食事と、屋根裏に寝るためのベッド、それにお仕着せも与えてもらえた上に、三シリングの週給を受け取れたから、ネリーを援助してやれた。そしてノーマンじいさん、あの年齢になってから、農場育ちの未熟な子供に悩まされるなんて予想していなかっただろうが、じいさんは父親のように接してくれて、ずっと面倒を見てくれた。じいさんが死んで数年後、俺はその地位に就き、そしてもちろん今、高額の給料を貰っていて、雨だろうが晴れだろうが何があろうが備えはあるし、ネリーも小鳥のように幸せに過ごしている。だからな、ジェームズ、俺はちびっ子を鼻であしらったり、良い奴を苛立たせるような人間じゃあないんだ。そんな真似はしたくないね! お前がいなくなったらすごく淋しいだろうよ、ジェームズ、でも乗り越えられるし、お前の行く手を何かが遮ったとき、できるのは親切にしてやることぐらいで、そして俺はそうできるのが嬉しいんだよ」
「それなら」ジェームズは言った。「親方はこの言葉には同意しないでしょうね『自分の面倒は自分で見て、自分のことだけを考えろ』?」
「ああ、しないね」ジョンは答えた。「もし旦那様や奥様、それにノーマンじいさんが自分のことだけを考えるような人間だったら、俺とネリーはどこでどうしていたと思うかい? たぶん、ネリーは救貧院で過ごしていて、俺はカブを植えていただろうよ! お前さんが自分のことだけを考えるような奴だったら、ブラック・ビューティーとジンジャーはどうなっていた? こんがり焼け死んでいただろうよ! ダメだよ、ジム、ダメだ! その言葉は自己中心的で、信仰心のない奴が使うものだし、どんな奴であれ、自分のことだけを考えて他のことをしないような奴はな、目が開く前に溺れさせられた子犬や子猫のように気の毒だなって思うね」ジョンはそう言うと、意思表示をするかのようにぐいと頭を上げた。
 ジェームズは笑っていたが、その声は曇っており、そしてこう言った。「親方は母を除けば一番の友達です。僕を忘れないでほしいです」
「いいや、お前さん、忘れるもんかね!」ジョンは言った。「そして、俺の方としても、俺を忘れないでほしいな」
 次の日、ジョーが馬小屋にやってきて、ジェームズがいるうちにできる限りのことを学ぼうとした。ジョーは馬小屋を掃除し、藁と干草を運び、ハーネスを綺麗にして、馬車を洗うのを手伝った。ジョーはとても小柄だったので、ジンジャーと僕の手入れはやり辛く、ジェームズはメリーレッグスでジョーにやり方を教えた。ジョンの許でジョーが正式に働くときは、メリーレッグスはジョーの担当になる。ジョーは気立ての良い陽気で小柄な少年で、仕事に来るときはいつも口笛を吹いていた。
 メリーレッグスは「やり方をわかっていない子供」の「練習台」にされるのに大いに不満があったようで、そう口にしていたが、二週間めが終わるころには、僕にこっそりとあの子は上手くなると思うと言うようになっていた。
 ついに、ジェームズが僕たちの許を離れる日が来た。ジェームズはいつも陽気なのだが、その日の朝は沈んでいるように見えた。
「わかるでしょうが」ジェームズはジョンに言った。「色々なものを置いて行くんです。母、ベッツイー、親方、すてきなご主人様と奥様、それから馬たち、そして昔なじみのメリーレッグス。新しい場所では、深く知っている相手は誰もいません。ここから旅立てば昇進しますし、もっと母の助けになれるのでなければ、決心できなかったかもなと思います。本当に辛いですよ、親方」
「うん、ジェームズ。そうだろうな。だが、お前が初めて自分の家を離れて辛いんじゃないかって、俺は考えすぎないほうがいいのかもしれん。元気を出せよ、お前なら向こうで友達ができるし、それに向こうでうまくやれれば、もちろんうまくやれるって俺は確信してるが、お前のおふくろさんだって喜ぶし、あんないいところで働いてるんだ、ってお前を誇りに思うだろうよ」
 そうやってジョンはジェームズを元気付けたが、誰もがジェームズがいなくなるのを淋しく思っていた。例えばメリーレッグスは数日にわたってジェームズを恋しがり、食欲ががくんと落ちた。だからジョンはしばらくの間、メリーレッグスに引き綱をつけて毎朝連れ出し、僕を運動させる間、僕の隣で速歩(トロット)襲歩(ギャロップ)をさせて、小さな雄馬の活気がまた戻るようにさせたので、やがてメリーレッグスは元気になった。
 ジョーの父親は仕事を理解していたので、度々やってきて、少しばかり手伝ってくれるようになった。ジョーは仕事を憶えるのにとても苦労したが、そんなジョーの姿はジョンを励ます効果があった。
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