第8話 ジンジャーの話の続き

文字数 3,593文字

 次にジンジャーと放牧場で過ごしたとき、ジンジャーは最初の家について僕に話してくれた。
「あたしの調教が終わったあと」ジンジャーは言った。「あたしは家畜商に売られて、そこで別の栗毛の馬とペアを組まされた。その家畜商は数週間ほどあたしたちに馬車を引かせてみてから、あたしたちをお洒落な紳士に売ったので、あたしたちはロンドンへ送られた。その家畜商のところではずっと止め手綱というのを着けさせられて馬車を引いていたんだけど、あたしはそれが大嫌いだったし、あれほどひどいものはないと思う。でも、その家では、止め手綱をもっときつくかけさせられて、頭を高くあげていなければならなかったし、あの家の御者もご主人様も、そうすればあたしたちがより格好よく見えると考えていた。あたしたちはよく、公園や他の人気の場所へと馬車を引いて行った。あんたは止め手綱を着けたことなんてないからわからないだろうけど、あれが恐ろしいものだというのは確か。
「あたしは他の馬と同じように高く頭をあげておくのは好きよ。でも想像してみて、もしあんたが頭を高くあげたままでいるよう強制されて、それが何時間も続き、もっと高くと引っ張られる以外の動きを許されず、どうやって耐えたらいいかわからないほど首がひどく痛むまでそれが続くところを。それに加えて、ひとつではなくふたつのハミを装着させられる――そしてあたしのハミは鋭くて、舌と顎が痛くてならなかったし、ハミと手綱がすれていらいらさせられる間、舌から血が出てその色に染まった泡が、唇からずっとこぼれ落ちていた。奥様がパーティーやその他の娯楽に出席している間、一時間以上もずっと待たされるのは最悪だったし、もしあたしが耐えられなくなって足踏みでもしようものなら、鞭が振り下ろされた。誰かの神経をおかしくするには充分だった」
「君のそのときのご主人様は、君を思いやってくれなかったの?」僕は言った。
「いいえ」ジンジャーは答えた。「あの人は自分たちが言うところの、お洒落な催しにしか興味がなかった。思うに、馬についてろくに知らなかった。御者にまかせきりだったし、その御者はあたしのことを怒りんぼうだと説明してたしね。あたしは止め手綱に馴染んでいなかったし、すぐに慣れる必要があったけど、その御者はそれができるような人じゃなかった。あたしが馬小屋にいて、気分が塞いでいたり不機嫌だったりするとき、優しくしてくれれば落ち着いて大人しくなるのに、飛んでくるのはひどい言葉か拳なんだから。あの人がまっとうなら、あたしだって耐えようと努力したと思う。働く気があったし、きつい仕事への準備もできていた。でもあいつらの気まぐれのせいだけで苦しめられたら、あたしだって怒る。なんの権利があって、あたしをあんなふうに痛めつけた? 口はヒリヒリ、首はズキズキと痛むし、気管の調子はいつも悪くて、もしその状態でずっといたら、まともな呼吸なんてできなくなっていた。あたしはますます落ち着きがなくなって怒りっぽくなってしまって、我慢が効かなくなった。だから誰かがハーネスを着けようとやってくると、噛みついたり蹴飛ばしたりするようになった。そのせいで馬丁はあたしを叩くようになり、そしてある日、あいつらがあたしを馬車に繋いで、頭を止め手綱で高くあげさせようとしたとき、あたしは力いっぱい飛び出して蹴飛ばした。すぐにハーネスがひどく壊れて、いろいろとはっきりした。そしてあの場所での生活が終わった。
「そのあとあたしはタッターソールに売られたけど、悪い癖が治ったなんて保証はできないから、それについては何も説明されていなかった。あたしは姿が良くて走るのも速かったから、すぐに紳士があたしに値段をつけ、あたしは別の家畜商へと売られた。その人はあたしに色んな種類のハミを次々と試して、じきにあたしが装着できるものを見つけ出した。最終的にその人は、あたしは止め手綱を着けずに馬車を引かせればちゃんと歩くので、田舎住まいの紳士に売るのにぴったりだとも気づいた。あたしを買った新しいご主人様は良い人だったし、あたしもうまくやれていたけど、年を取った馬丁があの人のところをやめて、新しい人が来てしまった。そいつはあのサムソンのように、きつい性格で強い手の持ち主だった。いつも喋るときは乱暴でイライラした口調だったから、もしあたしが奴の望みに反して馬房の中で動かずにいようものなら、馬小屋用の箒なり鋤なり、なんであれあいつが手に持ったもので、あたしの膝の上の辺りを叩きかねなかった。やることなすことすべてが乱暴で、あたしはあいつが大嫌いになり始めていた。あいつはあたしを怖がらせたかったんだろうけど、あたしはとても血気盛んだったから怖がらなかった。そしてある日、あいつがあたしを普段よりもイライラさせたものだから、あたしはあいつに噛みついた。もちろんあいつは怒り狂って、あたしの頭を乗馬用の鞭で叩き始めた。それからというもの、あいつはあたしの馬房に来なくなった。あたしの踵か歯があいつを待ち構えているって、理解したんでしょう。あたしはあのときのご主人様と、本当に本当にいっしょにいたかったけど、でも当然、ご主人様はあいつの話を聞いてしまったものだから、あたしはまた売られた。
「前と同じ家畜商があたしのことを聞いて、あたしを売るのにちょうど良い場所があると言ってきた。『残念な話だ』って、その人は言った。『こんな良い馬がひどい場所に行かねばならないなんて、これも良い場所、良い機会が少ないせいだ』そしてあたしはここに来た、あんたが来る少し前に。だけどあたしはそれまでの経験で、人間はあたしの生まれついての敵だから、自分のことは自分で守らなければって確信している。もちろん、ここは今までの場所とは全然違うけど、これがずっと続くなんて誰が保証できる? あたしだってあんたみたいに物事を考えられたらって思うけど、あんな経験をしてしまうとそれができない」
「そうだね」僕は言った。「ジョンやジェームズを噛んだり蹴ったりするのは、実に恥ずかしい行為なんじゃないかなって思うよ」
「そんなつもりはなかった」ジンジャーは言った。「ふたりともあたしに良くしてくれる。あたしは一度、ジェームズをひどく噛んでしまったけど、ジョンはこう言ってくれた。『この子に優しくしてあげるんだ』そして予想に反して、あたしに罰を与えなかった。ジェームズは腕に包帯を巻いた状態であたしのところに来て、ゆでてつぶしたふすまをくれて、撫でてくれた。あれ以来、あたしはジェームズを噛んでいないし、これからだってしない」
 僕はジンジャーを気の毒に思ったけど、もちろん当時の僕はろくに世の中を知らなかったから、十中八九、ジンジャーは大げさに言っているんだろうと考えていた。けれども、週が過ぎて行くにつれ、ジンジャーはどんどん優しく明るくなって行き、よく知らない人が近づいたときにいつも見せていた、警戒に満ちて反抗的な様子も見せなくなった。そしてある日、ジェームズがこう言った。「このお嬢さんは、僕を気に入ってくれつつあるのかな。今朝僕が彼女の額を掻いてあげたとき、優しい声で鳴いていたし」
「そうだよ、ジム。これぞ『バートウィック治療薬』だ」ジョンが言った。「この子はどんどん、ブラック・ビューティーのようないい子になるだろうよ。優しさこそが何よりの薬、この子の求めるものさ。かわいそうに!」ご主人様も変化に気づいていて、ある日馬車から降りたとき、いつもしているように僕らに話しかけに来て、ジンジャーの綺麗な首を撫でた。「よしよし、かわいい子。今の調子はどんなかい? 見た感じ、君はここに来たときよりも幸せそうだよ」
 ジンジャーは信頼に満ちた様子で、親しげにご主人様に鼻を押しつけ、その間ご主人様は優しく鼻を掻いてあげた。
「順調にこの子は回復しているようだね、ジョン」ご主人様は言った。
「はい、旦那様。目覚しい勢いで回復していて、ここに来たときと同じ馬だとは思えないくらいです。これぞ『バートウィック治療薬』でございます」ジョンはそう言って、笑った。
 これはジョンの言うちょっとした冗談だった。ジョンは常々、「馬のためのバートウィック治療薬」を定期的に与えれば、どんな気性の荒れている馬でも、ほとんど回復させられると言っていた。この治療薬は、忍耐、穏和、折れない心に優しい触れあい、それらを全部同じ量ずつ混ぜ合わせ、そこに一振りの常識を加えてまた混ぜれば完成だ。それを毎日馬に与えればいい。


訳者注釈:
 人間がリヤカーなどを引くとき、力を込めるためには頭を下げる必要があります。止め手綱を使うということは、人間の背中に棒などをくくりつけて、身体を曲げられない状態でリヤカーを引かせるようなものです。
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