第31話 嘘つき

文字数 2,472文字

 僕のご主人様はすぐには対応できなかったが、二、三日で新しい馬丁がやってきた。長身で整った容姿の持ち主だが、見た目だけが馬丁という空っぽな奴で、アルフレッド・スマークという名前だった。アルフレッドは僕に礼儀正しく振る舞い、ひどい扱いをしたりはしなかった。実を言えば、アルフレッドはご主人様が見ている前では、僕を熱心に撫でたり優しく叩いたりしていた。アルフレッドはいつも僕のたてがみと尻尾を濡らしてからブラシがけをし、僕の蹄をオイルで磨いて、僕が格好良く見えるようにしてから、ドアの外へと連れ出した。でも、僕の足を綺麗にしたり、蹄鉄を点検したり、毛並みの手入れをじっくりしてくれはしても、アルフレッドは僕を牛と同じようなものぐらいに思っていた。そしてハミが錆びても、鞍が湿っても、尻懸(しりがい)が硬くなっても、手入れせずそのままにしていた。
 アルフレッド・スマークという男は、自分自身をとても男前だと思っていた。長々と時間をかけて髪や髭、ネクタイの手入れをしながら、馬具置き場の小さな姿見の前に立っていた。ご主人様が何か話しかけると、いつも「はい、旦那様。さようですね、旦那様」――ひとこと言う度に帽子に手を添えながら答えるせいか、誰もが彼を上品な若者で、バリーさんは彼と出会えて幸運だと思った。僕からするとアルフレッドは最低の怠け者で、決して傍には来てほしくない類の人間だった。もちろん、ひどい扱いを受けないというのは素晴らしいことだが、馬には他の望みもある。僕は放し飼いの馬房で暮らしていて、本来ならとても快適なのだが、それも馬丁が怠けたりせずきちんと手入れをしてくれればの話だ。アルフレッドは藁を全部取り替えなかったので、下のほうからひどい悪臭が立ち上るようになってしまい、その臭気で僕の目は燃えるようにズキズキと痛んだし、以前はあった食欲もどこかに行ってしまった。
 ある日、ご主人様がやって来られて言われた。「アルフレッド、馬小屋の臭いがひどくなったようだ。馬小屋の汚れをこすって落として、たっぷりの水で洗うべきでは?」
「そうですね、旦那様」アルフレッドは帽子に手をやりながら言った。「お望みならばそうしますが、旦那様、少々危険かと思われます。流した水が馬房に流れ込むと、風邪を引きやすくなります。私としては馬の健康を損なうのは気が進みませんが、旦那様のご要望であればそういたします」
「そうか」ご主人様は言われた。「僕も風邪を引かせるようなことはしたくない。だがこの馬小屋の臭いは好きになれん。下水管はちゃんと機能しているかね?」
「言われてみればこの臭いは下水管から来ているようですので、どこかしら問題があるのかもしれません、旦那様」
「そうか、ならレンガ工を呼んで見てもらいなさい」旦那様は言われた。
「かしこまりました、旦那様」
 レンガ工がやってきて、とてもたくさんのレンガを外したが、問題はみつからなかったので、石灰をいくらか撒いてご主人様から五シリングを受け取り、僕の馬房の悪臭はそのままだった。いや、それだけではない。大部分が湿っている藁の上に立ち続けていたせいで、僕の足は具合が悪くなり、触ると痛むようになってしまった。そして、ご主人様はこう言い出した。
「この馬の足取りがおぼつかないんだが、問題がどこにあるのかわからない。ときどき、転びそうで怖くなるよ」
「はい、旦那様」アルフレッドは言った。「運動させるときに気づいたのですが、確かに足取りが危なっかしいですね」
 実際のところを言うと、アルフレッドが僕に運動させたことは皆無に近く、ご主人様が多忙なとき、僕は何日も立ちっぱなしで脚も伸ばせないのだが、その状況でも僕がもらう餌はきつい仕事をしたときと同じ高い栄養価のものだった。それもまた僕の健康を損なう要因となり、僕は体重が増えて動きが鈍くなった上に、興奮しやすくなって熱っぽくなった。アルフレッドは僕に決して青物やつぶしたふすまをくれなかったが、そういう餌は体温を下げてくれるのだ。アルフレッドは見栄っ張りなのと同じくらい、物知らずでもあったのだ。そして僕に運動をさせたり餌を変更したりする代わりに、丸薬や水薬を飲ませたが、そういったものを喉に流し込まれるのは不快だったし、それ以上に僕はそのせいで気分と具合が悪くなった。
 ある日、僕の足はひどく痛んだので、僕はご主人様を背に乗せて石で舗装されたばかりの道の上を速歩(トロット)で駆けているときに、二度ほどひどくつまづいてしまった。ランズダウンまで来ると、ご主人様は獣医さんのところに立ち寄り、僕のどこが問題なのかを尋ねた。獣医さんは僕の足をひとつずつ持ち上げて調べると、立ち上がって両の手の平をぱしんと打ち合わせてから、こう言った。
「あんたの馬は『蹄叉腐爛(ていさふらん)』にかかっていて、それも重症だね。これじゃ足が痛くてたまらないだろう。ここに来るまでに転ばなかったのは幸運だったな。なんであんたの馬丁は気づかなかったんだろうね。こういうのは掃除をちゃんとしていない、不潔な厩舎でしか起きないものなんだが。もしあんたが明日、その馬丁をここに寄越してくれるのなら、俺が蹄の手入れをしてから、どうやって塗り薬を使うのかをそいつに直接教えてやれるよ」
 次の日、僕は足を完全に綺麗にしてもらってから、つま先に強い効果のある塗り薬を塗りこめてもらったが、これは気持ちの良いものではなかった。
 獣医さんは僕の馬房から、毎日すべてのごみを取り除くように指示したので、床は綺麗な状態を保てるようになった。それから足がまた良くなるまで、餌はゆでてつぶしたふすまと、少量の青物、そして少なめのトウモロコシになった。この処方のおかげで、まもなく僕は元気を取り戻した。だがバリーさんは二度も馬丁に裏切られたのでひどく気分を悪くしてしまい、馬を所有するのはもうやめにして、必要なときは借りようと決心してしまった。そして、僕は足が完全に良くなってから、また売られることになった。

訳者注釈:スマークというのは「キザ野郎」みたいな意味です。
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