文字数 1,829文字

 テーブルの上には冷奴やキュウリの漬物などが並べられた。川魚の塩焼きと枝豆、山菜の煮物、焼きナス、それに炊き立てのご飯と味噌汁。
 都賀は嬉しかった。久々のご馳走だと思った。

「叔父が地獄寺の住職だったのですよ。」
 男はビールをコップに注ぎながら言った。ビールはキンキンに冷えていた。
 都賀は有難くそれを頂戴した。

「僕は北海道に住んでいましてね。僕の祖父は普通の勤め人で、寺とは何の関りも無かったのです。でも、叔父は僧侶になりたかったのです。それで僧になるために○○山大学に行ったのです。大学を卒業してから、知り合いの寺など尋ね歩いていたのですが・・たまたま四国を旅していた時にこの地獄寺を知り、修行と称してここに留まったそうです。

 僧侶ってやはり世襲が多いでしょう?一般人はなかなか住職にはなれないですよね?
 いや、僕は良く知らないですけれどね。
 ところが叔父は前の住職にえらく気に入られて、それで住職の娘と結婚してこの寺を継いだのです。運が良かったのでしょうかねえ・・・。今、思うとそれもどうだったのかと思いますけれどね」

「寺が火事になったのは10年前です。原因は漏電だったらしいです。叔父と当時ここに勤めていた前原と言う僧侶で何とか地蔵さんを持ち出して山門の外まで運んだのです。それで次に閻魔堂から閻魔様を持ち出そうとして、そこで2人は亡くなりました。駆け付けた村人が閻魔様を持ち出し、総出で火を消してくれましたが、寺はほぼ全焼でした」

「前の住職は随分前に亡くなっていたし、叔父の奥さんも病気で数年前に亡くなっていました。叔父には娘が一人いたのですが・・・まあ、僕の従妹ですがね、寺とは関係の無い場所に嫁に行っていて、当時寺には叔父と前原さんだけでした」

「ここの村は元々老人しか住んでいないような村でしてね。住職は亡くなってしまって娘は他の県に嫁いでいると言う事で、どうしたらいいかってみんなで悩んだらしいです。寺を再建したいが、まずその金が無い。それでみんなでお金を出し合って寺の跡地にコンクリートで倉庫を作ったんですよ。そこに地蔵さんと焼けた閻魔大王を入れて置いた。・・・取り敢えずそこに保管して置こうという事になった」

「その内、どんどん人が少なくなって・・住んでいた老人たちもいなくなってしまってね。亡くなった人もいれば、町に住む子供達に引き取られて介護施設に行ったりして。それで長い間廃村状態だったのですが・・・墓がね。墓まで移転してっていう村人はあまりなくて、先祖伝来の墓はここにあるっていう人が殆どなのです。それで、盆や彼岸にはここにやって来るんですよ」

 男がそこまで話した時に玄関ががらりと開いて「おじさーん」という声がした。
 男は「はいよ」と返事をすると立ち上がった。
「さっき、お話をした3軒の内の1軒ですよ。昔、出て行った方のお孫さんです」
 そう言うと、玄関に向かった。

 玄関で何かを話していたが、家に上がって来たらしい。
「東京土産を持って来た。○○バナナ」
「ああ、それは有難う。どうだった?旅行は。丁度、ニジマスを焼いた所なんだ。ユタ君もちょっとビールを飲んで行かないか?」
 そんな声が聞こえる。
「今、丁度ね。お客さんが・・・」
 そう言って二人が部屋に入って来た。
 都賀は立ち上がった。
「都賀さん。こちら、稲田ユタ君。妹さんと一緒にここで農業を・・」
 山本氏は青年を紹介した。
 二人は顔を合わせる。
「ん?」
 都賀は言った。
「ん?」
 青年も言った。
 お互いにまじまじと顔を見る。
「んん?」
 都賀は首を傾げる。
 どこかで会ったことがある様な・・・・・?
 都賀は言った。
「H県の○○神社から参りました。禰宜の都賀と申します。・・・失礼ですが・・・どこかでお会いした事が・・?」
「いや、僕はお会いした事は有りませんよ。あははは」
 青年は豪快に笑ってそう言うとくるりと後ろを向いた。
「おじさん。妹が待っているから帰るよ。またその内」と歩き出す。
「ああ。そうかい。じゃあ、ニジマスが丁度2尾残っているからそれを持って行っておくれ」
 と山本氏は返した。
「有難う。おじさん。じゃあ、都賀さん。失礼します」
 青年はそう言って頭を下げた。
 都賀も慌てて頭を下げた。
 部屋を出て行く青年の後ろ姿を眺めながら都賀はふと思い至った。
「うーん・・・。あの時、確か『ユタ』と言った様に思えるが・・・。まさかな。・・・そんな調子のいい話が有る筈は無い」
 都賀は呟いた。

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