2 訪問

文字数 1,405文字

 掲示板への反応は、すぐあった。
 何と、ファロン氏本人からだった。
 しかも、氏の居宅は隣のメリーランド州にあり、訪問を歓迎するという。
 私は、氏の好意に感謝し、早速訪ねることにした。
 一昔前なら、現地ガイドでも雇うところだが、今は端末画面に、目的地へのルートから乗り換えまで案内されるから助かる。
 ファロン氏の自宅は、映画そのままといった感じの郊外の住宅地にあった。
 アメリカには何度も来ているが、行き先は観光地と公共施設ばかりで、個人宅は初めてである。
 ブロックの番地と、ポスト名を確認し、家の呼び鈴を押す。
 声が聞こえ、ドアが開いた。
 
「初めまして。お招きいただいたモリノです」
「ようこそ、どうぞ中へ」
 私は、居間へと通された。なぜか初めてのような気がしなかった。
 中は想像していたとおり、家族や海軍時代の写真が飾られ、窓からは手入れされた庭が見える。居心地のいい部屋だった。
 一通りのあいさつのあと、話が始まった。
 ファロン氏は90歳を超え、白髪ではあったが、声も姿勢もしっかりとしていた。アメリカの恰幅のいい年配者を予想していた私には意外だった。
「ミスター・ファロン、電子メールはご自分で打つのですか」
「もちろん。私は一時期、『エルダー・アンカーズ』誌の事務局にいてね、海軍退役者の中じゃ、私は電子メールのパイオニアなんだ。今じゃ、ヘヴィユーザだよ」
 そう言って、ファロン氏は笑った。
「今日お訪ねしたのは、あなたの乗艦したグース・アイランドではなく、申し訳ないのですが、ランサー・ベイの沈没原因が知りたいのです」
「いいとも、続けて」
「ランサー・ベイの沈没について、あなたの手記では、回天の攻撃らしいことが書いてありますが」
「あれを書いたのは、もう10年も前だが、今では、回天の攻撃ではなかったと思う」
「なぜですか」
「生存者が爆発前に、雷のような轟音を聞いたと言っているからだよ。回天は――あなたも知ってのとおり――水中兵器だから、そんな音はしないはずだ。日本軍の記録ではどうなってるんだ」
「日本軍の戦闘詳報には、ランサー・ベイ撃沈の記録がないのです」
「ほう」ファロン氏はそう言って、眉を上げた。
「事故ではないのですか」
「事故ではない。事故なら、あれほどの爆発は起こらない。沈没した後に、事故の責任について、処分があった話も聞かない」
「ランサー・ベイの乗組員から、直接話を聞くことはできないでしょうか」
 ファロン氏は、まばたきすると
「実は一人知っている」と言った。
「会うことはできますか」
「すぐには難しいだろう。彼は、あの攻撃で大やけどを負った」
 私は沈黙するしかなかった。しかし、思い切って言った。
「ぜひ、お願いしたいのです」
「やってみよう」
 
 老婦人が部屋へ入ってきた。飲み物を持ってきてくれた。
「妻のシャーリーだ」
 わたしはあいさつし、コーヒーをいただいた。
 ファロン氏も、飲みながら話してくれた。
「ランサー・ベイに乗っていた彼は、ケン・ハワードと言ってね。私と同年兵なんだ。無口な奴さ。今は、娘さんのいるテキサスに行ってしまった」
 私は、ファロン夫人とも言葉を交わし、互いの家族のことを話題にした。
 最後に、ファロン氏とメールの宛先を交換し、夫妻に今日の訪問の礼を言った。
 そして、私はアメリカを離れた。
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登場人物紹介

桜花(おうか)|ロケット推進の特殊攻撃機。大戦末期、日本海軍が使用した、実在の機体。

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