9 交信

文字数 942文字

 視界ゼロ。
 雲間に機体は横倒しとなり、乱流にもまれた。
 後続の遠山機は、すぐ見えなくなった。
 腹に響く爆発音。
 方向は判然としない。左か。
 上野は機体を立て直す。
 前方に光が差している。
「雲を出るぞ。林、高度と機体姿勢に注意」
「了解」

 翼端から水蒸気の筋を引きながら、上野機は雲を出る。
 真っ青な海面。まぶしい。
「周囲警戒。見張れ」
 先ほどの戦場が嘘のようだ。
「天国じゃないでしょうね、ここ」林が言う。
「それでもいいさ」
 上野と林は、素早く機体を点検。
 乗員は無事。発動機よし。奇跡というべきか。
「一機、後続してきます」
 尾部銃手、斉藤の声だ。
 陸攻の尾部は、機銃の射界のため、風防がV字に開けている。
 報告が続く。
「後続機は味方。同型機」
 その機体は速度を上げ、上野機の左後方に位置取りした。
「機番三〇、後続中」
 遠山機だ。
 互いの機の乗員たちが手を振り合う。
 海堂は、機の前方電信席に戻った。
 上野が指示する。
「海堂、無線を俺の席へつなげ。直接話す」
 上野は、特設された送話器を手にした。
「回線、外部に切り替えました」
「よし。上野機機長より遠山機へ。機長はいるか」
 二機の交信が交わされる。

 遠山機内。
「機長、上野機長からです。直接話したいと」
「よこせ」
「はい」
「こちら機長、遠山。すばらしき武運、ってところだな」
――隊長機の状況はわかるか。
「隊長機は墜落した」
――間違いないか。
「雲中で、俺と副長が、ちぎれた主翼を見た。一瞬だったが、隊長機の白帯を確認している」
 ややあって。
――そちらの燃料は。
「まだ飛べるが、基地までは無理だ」
――同じく。目下、現在地は特定中だが、おそらく沖縄の北東あたりを東進中だ。着陸場所は、これから……
 雑音がして、交信が途切れた。
 上野機を見ると、相手の通信士は、自分の耳を両手でふさぎ、次いで腕でバツの字を作り、こちらに見せている。
 向こうの通信機が故障したらしい。
「遠山機長、入電があります」
「わかった。上野とは一旦切る」
 間中通信士は、レシーバに耳をこらす。
 入電は、司令部からの平文だった。
――敵を発見せざれば、南大東島へ行け。
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登場人物紹介

桜花(おうか)|ロケット推進の特殊攻撃機。大戦末期、日本海軍が使用した、実在の機体。

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