1 アメリカで

文字数 1,435文字

 第二次世界大戦が終結し、七十数年が過ぎた。
 私は、今、ワシントンD.C.のアメリカ国立公文書館で、昭和二十年の沖縄における日米の戦闘経過を調べている。そこで、奇妙な記録に突き当たった。
 四月七日、十二時四十一分。沖縄沿岸の泊地にいたアメリカ海軍の護衛空母が一隻、轟沈している。
 護衛空母とは、戦時中に急造された小型空母だ。
 この日、大型の正規空母は、日本の大和艦隊を攻撃するため、出払っていただろう。
 同じ日、戦艦大和は十二時四十一分に戦闘を開始したが、その同時刻だ。
 大和艦隊の水上特攻に合わせ、飛行機による航空特攻が実施されたのは知っていた。
 すでに、日本側の戦闘記録は調べてある。私は、そのノートを繰った。
 日本の陸海軍どちらにも、この空母撃沈の戦果が記録されていない。
 これは、おかしい。
 輸送船や哨戒艇ならともかく、小型とはいえ、敵空母の撃沈が記録されないはずがない。自軍の事故だったのだろうか。
 この護衛空母の名は、ランサー・ベイ。沈没原因は、「攻撃による左舷の爆裂により浸水」とある。事故ではない。一体、誰の攻撃だったのか。

 気になった私は、ホテルに戻り、アメリカ海軍退役者を会員とする部隊機関誌の一つ『エルダー・アンカーズ』のバックナンバー記事を検索した。
 検索結果が画面に出てきた。一つ一つ内容を開いてみると、そのものずばりの記事はなかった。ただ、当時、ランサー・ベイの近くに「グース・アイランド」という護衛空母がおり、その乗組員の手記が見つかった。
 手記の著者は、リバー・ファロンという名の甲板員だった。
 ファロン氏は、その時、泊地一帯が日本のカミカゼ攻撃にさらされており、ちょうど艦載機の第一波を発艦させた後だったという。私は、その記事の行を追った。

――ものすごい爆発音がして、その方向を見るとランサー・ベイが炎と煙に包まれ、艦型が見えないほどだった。何度かの爆発があり、20分ほどでランサー・ベイは真っ二つに割れ、沈んだ。ランサー・ベイの艦内では、被害復旧の間もなかっただろう。爆発の瞬間を見た乗組員の話では、ランサー・ベイ甲板上のF6Fヘルキャット(艦上戦闘機)が衝撃で半壊し、スクラップとなって、60フィートも跳び上がったという。
上空からのカミカゼの攻撃はなかった。
 「カイテンの攻撃だ」
  どこからともなく、こんな声が聞こえ、わが艦上はパニックとなった。
  誰もが、海面を見回し、水中の航跡を発見しようと見張った。――

 回天(カイテン)の攻撃とは。
 それはあり得る。
「回天」は、人間魚雷とも呼ばれる水中の特攻兵器で、簡単に言えば、小型潜水艇の先端に魚雷を付け、乗員が操縦して体当たりする兵器だ。もちろん、命中すれば乗員の命はない。
 ただし、回天は単独では出撃できない。航続力が短いため、戦場までは母艦(潜水艦)が輸送する。
 それにしても、回天の攻撃があったとすれば、複数の艦艇の運用があったはずで、この記録が日本側にないというのは考えられない。
 私の疑問は深まった。
 そこで『エルダー・アンカーズ』誌の電子掲示板に、「お尋ね」を掲載した。
「1945年4月7日、沖縄の戦況について知りたく
 護衛空母グース・アイランド乗組員リバー・ファロン氏もしくは
 護衛空母ランサー・ベイ乗組員各位の連絡を乞う」
 時間はあまりなかった。
 アメリカに滞在できるのは、せいぜいあと三日だ。
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登場人物紹介

桜花(おうか)|ロケット推進の特殊攻撃機。大戦末期、日本海軍が使用した、実在の機体。

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