第12話

文字数 1,519文字

約束の時間より少し早く着いたので、チャイナタウンのお店を見て時間をつぶした。


果物やお茶、茶壺、線香、象牙の彫り物、サンゴの置物、それに翡翠など、さまざまな品物が売られていた。


待ち合わせの時間が近づき、交差点で待っていると、破れたジーンズにピーコートを羽織ったロドニーが向こうの歩道に現れた。信号が変わり、金髪の髪をなびかせながら横断歩道を渡って来て、僕を見るなり強い口調で言った。


「ヘイ、オーノ!こんなところで何やってんだ!」


僕はにっこり笑って、「地獄へ行っちまえ!」と返した。


ロドニーは「ハハハハ、地獄に行っちまえか」と笑い、その後口調をやわらげて「それでニューヨークに来た感想は?」と聞いてきた。


「まあまあ」と答えると、ロドニーは頭を振った。「お前の答えは、いつもまあまあじゃないか」


「地獄へ行っちまえ!」と僕は言った。


そんな会話をしながら電気屋に向かって歩いていると、ロドニーが聞いた。


「学校の方はどうだい?」


僕が答える前に、ロドニーが僕の口真似をして言った。


「まあまあ」


続けて「今度は退学にならないようにしろよ」とロドニーが言い、また僕が答える前に、ロドニーが僕の口真似をして言った。


「地獄に行っちまえ!」


僕はロドニーに今どんな仕事をしているのか尋ねた。ロドニーは、昔の彼女が勤めているペイント会社で働かせてもらっているようなことを言っていた。


「その会社はどう?」と僕は聞いた。


「最悪だよ」とロドニーが答えた。「オーノ、グローバルスカイは楽な会社だったな」


グローバルスカイとは僕とロドニーが日本の西荻窪でバイトしていた旅行代理店兼留学会社のことで、一応言っておくと、僕はそこで働きながらお金を貯めて、留学の世話をしてもらうはずだった。あと、ロドニーは日本では不法労働者だった。つまり日本に観光で来て、バイトしていた。


「ナオコは今どうしてるんだ?」とロドニーが聞いた。


ナオコとは、行方をくらましたグローバルスカイの女社長で、「もしかすると、アメリカにいるかもよ」と僕は言った。MITに留学したいっていつも言っていたから。


ロドニーは「そうは思わない」と言って、テレビだらけの電気屋に入っていった。その後から僕も続いた。


そしてズラリと並んだテレビを見ていると、奥から白人の店員がやってくる。


「いらっしゃい」


僕はまず新品か尋ねた。


「もちろん」とロドニーが答えた。それから、ここでテレビを買ったら、どうやってアパートまで持って帰るのかロドニーに聞いた。それを、ロドニーが店員に聞いてくれて、僕がわかるような英語で説明してくれた。



「店の車で配送してくれるって」


目の前の大きなソニーのテレビデオを指さして聞いた。


「これはいくらなの?」


店員が答える。「これ? 五百ドルだよ」


「配送料込みで?」とロドニーが聞いた。


「ああそうだよ」と店員が笑った。「そのかわり税金は別だよ」


四日前にニューヨークに来たばかりの僕には、それが妥当な値段かなんて分かるはずもなかった。でも、店の車に僕も一緒に乗せてもらい、テレビデオを部屋まで運んでもらうことで話がついた。するとロドニーが「いい取引だ」と言った。「この大きさで五百ドルなら安いよ」


確かに、日本と比べると安いかも。


「そしたら、オーノ」とロドニーが言った。「俺、帰るから」


僕はレジでお金を払いながらロドニーにお礼を言った。そして、店をあとにしようと出口に向かって歩いていくロドニーの背に声をかけた。


「ねえ、どこへ帰るの?」


すると、ロドニーが振り返りこう言った。


「バック トゥ ザ フューチャー!」


金を数えていた店員が口元にうっすらと笑いを浮かべながら顔を上げて、ロドニーに向かって言った。


「地獄に行っちまえ!」
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