第20話

文字数 1,313文字

 秀治と雄樹は、先生の期待に見事に応えて県内屈指の公立進学校に合格した。思ったとおり、雄樹は同じ高校に入ることが出来たことを心の底から喜び、何度も何度も秀治にその興奮する様を見せつけてきた。

 秀治も雄樹と一緒になって合格を喜びあったけれど、それは雄樹のものとは違う類いの喜びだった。同じ高校に入ることが出来た事実よりも、県内随一の進学校に入ることが出来た事実の方を、秀治は誇らしく思っていた。

 自分の力で特別なものを手に入れたことへの満足感と優越感がまずあって、雄樹とのことはその次か、もしかするともっと後の方にうっすらとあった程度かもしれない、それくらい、雄樹の存在は秀治の中で希薄になりつつあった。

 もう秀治は気づいていたけれど、体格が良くなり、目付きもどこか凶悪さを持つようになってから、周りの人間が秀治をいじめの標的にすることは無くなりつつあった。

 一方で、雄樹は相変わらずいじめのターゲットにされ続けた。彼が、他の生徒たちが予想もしなかった進路へと進んだことが、周りの嫉妬や焦燥をより一層掻き立てることになってしまったのだろう。高校入試の合格発表から卒業までの僅かな間にも、雄樹へのいじめが止むことはなかった。

 二人の行くべき道が分かれていくのも時間の問題だったのだ。秀治の雄樹に対する親しみは、結露した窓に記された文字のようにゆっくりと消えていった。そして高校へ入学する頃には、秀治は意識して雄樹と距離を置くようになっていた。

 高校も彼らの通っていた中学校からそう遠くない場所にあったので、通学路もそう変化しなかった。だから雄樹は、中学校の頃の延長で、当然のように秀治に一緒に帰ろうと声を掛けてきた。入学式のその日からそんな風に声を掛けられ、秀治にはうれしさよりも恥ずかしさの方が勝ってしまって、気づかないふりをして帰ろうとした。

 そんなことなどわからない雄樹は、秀治の名を大声で呼びながら、足早にその場から立ち去ろうとする秀治を走って追いかけてきた。秀治は観念して雄樹が自分のそばまで来るのを受け入れ、不服そうな顔を隠そうともせず彼と合流した。

「高校、楽しかったらいいね」

 まだ声変わりすらしていない甲高い声で、雄樹はそう言った。中学校三年間、ずっといじめを受け続けてきた雄樹にとっては切実な言葉だったのかもしれないけれど、秀治に深く染み込むことはなかった。

 秀治も、高校ではまたいじめられるのではないかという不安が無いわけではなかったけれど、それは雄樹ほどには切実さやリアリティをもったものではなくなっていた。だから雄樹の言葉にも、素っ気ない調子で「うん…」とだけ答えた。

 それなりに冷たい口調ではあったけれど、雄樹はそれに気づいていないのか、いつもの様子でずっとしゃべり続けた。秀治はそれを耳に入れることすら拒むように適当な返事を返しながら、そして時には無視しながら、表情も変えず荒江四つ角の交差点まで自転車を押した。

「それじゃ、また明日」

 雄樹は背中の鞄を重そうに揺らしながら手を振り、細い路地へと消えていった。秀治はさよならを返すことも、その背中を見送ることもせず、横断歩道を渡って自分の家路へとついた。
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