第十二話 道満たちは霊山に至り、かの妖魔と対峙する

文字数 2,740文字

「――栄念……、栄念法師よ」
「何ですかな? 大王……」
「それは誠の話なのか?」

 とある屋敷――、その暗い一室で大きな体躯の武者と、背の小さなぼろを着た法師が相対して話し合う。

「ええ――、確かに、朝廷よりの勅が――、討伐令が下りたようでして」
「――そうか、とうとうそこまでに至ったか」
「ええ――、かの行いは早急かつ強引であったことは否めませぬな」
「わかっている――」

 その武者の言葉に、顎の髭を撫でながら法師は呟く。

「その討伐令で動くのは――、かの平安京最強である源頼光と、その四天王であるようで――」
「それを退ける法は――」
「――直接の相対では……さすがの大王でも」

 その言葉に武者は眉を寄せて考え込む。

「――ああ、すべては……の為、だがこれでは――」
「大王――、もはや……」

 その法師の言葉に、武者は静かに頷いて答えた。

「わしは――あの……に全てをかけると誓った。ゆえに――何としても、討伐隊を返り討ちにする」
「――」

 法師は黙って武者を見つめた後、恭しく頭を下げた。

「承知いたしました。この栄念法師――、そのすべてを以て、大王に尽くしましょう」
「――」

 その法師を無表情で見つめる武者は――、その瞳は妖しく輝き……、明らかに人ならざる存在であることを示している。
 ――平安京の西に流れる桂川。その上流へと昇った先にある、特に詳しく知る者のいない霊山”三つ蛇岳”。
 そここそかの大妖怪――、
 甲虫魔王――、龍神をも喰らう大百足――、すなわち千脚大王(せんきゃくだいおう)の隠れ屋敷がある場所であった。


◆◇◆


「いやはや――、かの晴明様のお弟子様とこうして話が出来るのは、拙者にとって最大の幸福でございますな」
「は――、何を大げさな……」

 山岳宗教家の装束――要は修験者の姿の”荒太郎”が蘆屋道満の横に並んで楽しげに語り、それを軽く笑いながら道満は答える。
 その前を源頼光を先頭にして、渡辺源次――、金太郎――、そして坂上季猛と続いて霊山の山道をのぼっていく。
 道満と荒太郎は列の最後にいて、戦いに赴く者とは思えない会話をしていた。

「はは……謙遜をしなくてもよいではないですかな? 道満殿の噂は拙者沢山聞き及んでおりますぞ?」
「……ふ、どのような噂かは知らんが――、拙僧(おれ)にとってはどうでもいい事――」
「ははは――”満つれば欠ける”……、さすがは道満殿――噂に驕ることなく自分を貫いておられるのですな?」

 そう言って荒太郎は豪快に笑う――、それを、先に歩いていた渡辺源次が聞きとがめた。

「――荒太郎……いい加減口を噤め。もうそろそろ妖魔の領域に入るのだぞ?」
「――む、これは申し訳ない」

 源次の言葉に大げさに狼狽え頭を下げる荒太郎――、道摩にはこの男の一挙手一投足が見た目だけの演技に見えた。

(荒太郎――、姓名を”平貞光(たいらのさだみつ)”。霊山を信仰する修行者の術を操る術師。補助の術を専門とするそうだが――、自身でもその杖術で妖魔を屠ると言われている)

 言ってもこの男は頼光四天王とされる者。ならば――相当の使い手であることは明白であろう。
 蘆屋道満は慎重にかの男を見極めようとする。同じ仕事を供に行うなら、その実力を正しく理解しておく必要があるからである。

「――さて、この先の川筋を登っていくと、三つ蛇岳の山頂へと続いていくのですが――、そこにかの妖魔の隠れ屋敷があると言われております」
「季猛さん――、それ以外にわかった事は?」

 坂上季猛の言葉に、源頼光が答える。季猛は頷いて言葉を続ける。

「先に話している通り――、今回の討伐対象である妖魔は、”千脚大王”と自らを名乗っている大百足でございます。その源身の体躯は見上げるほどで、噂ではこの霊山を数巻き出来るほどだとされています」
「ふ――、噂とはだいたい大げさになるもの」

 渡辺源次は詰まらぬといったふうで答える。それに頷く季猛は――、

「そうですね――、でもここらにかつて住まわっていた龍神どもを、根こそぎ喰らって巨大な霊威を得たのは真実のようで――、かなりの強敵であるといえます」
「――か!! そりゃ腕が鳴るぜ!!

 金太郎がそう言って笑う。

「――しかし、その妖魔――、なぜ都に上り、なぜ姫を攫ったのかは未だに理解できない話であるようで――。姫を攫われた貴族……小倉直光(おぐらなおみつ)も喰らうために攫ったのだ!! ――と叫び狂うだけで……」
「いまいちわからぬと?」

 その頼光の疑問に季猛は頷きだけで答えた。――その時、源次は少し語気を強くして言う。

「は――、妖魔が人を攫う理由など……、考える必要などない。悪しき妖魔を滅し――姫を救うのが我らが使命なれば。下らぬ――あるかもわからぬ妖魔どもの心など――知る必要はない」

 その言葉に同行する四天王たちは小さく頷き。道満は一人だけ眉をひそめた。

(よくわからんが――、身内を茨木童子に殺されたとかで憤っておるのか? ――それだけではないようにも見えるが)

 妖魔への苛烈な憎悪を持つ渡辺源次。その心内を道満は見極めかねていた。

 ――さて、それからしばらく歩くと、森が鬱蒼と茂り――山道すらわかりにくく細くなっていく。その段になって不意に荒太郎が歩を止めたのである。

「どうした? 荒太郎――」

 先を行く頼光が言う。それを聞いた荒太郎は小さな声で答えた。

「――妖しい気配を感じまする――。道満殿?」
「ああ――今気づいた。これは――相当巧妙に隠された”妖気”よ――」

 その二人の言葉に、季猛がその背の弓を手にして周囲を警戒し始める。そして――、

「そこか!!

 気合の声一閃――、その弓から放たれた矢が、森の奥深くへと飛んだ。

「――……」

 それを黙って見守りつつ警戒態勢に入る皆を尻目に、――道満は少し考え事をする。

(――拙僧(おれ)が気づかぬほど巧妙に隠された妖気――、霊格が高く荒ぶる妖魔がそんな細かな呪を用いるか? ――何やら嫌な予感がする……)

 道満の予感はある意味正解であったが――、今の彼らはそれを知る術がない。

 そして――、
 警戒する一同の動きを察したのか――、森の奥より一人の巨大な体躯の武者が現れたのである。

「――ふ……、奇襲は出来ぬか。一人の首ぐらいは欲しかったが……」

 そう静かに言う武者に向かって頼光が言葉を放った。

「――貴方は、その妖気――”千脚大王”ですね?」
「ならばどうする?」

 その武者の答えに、さらに警戒を強める一同。そして、その時、荒太郎は道満に向かって声をかけた。

「道満殿は、拙者たちの活躍を見ていてくだされ――、おぬしの手を煩わせる事もない」

 そう言って笑う荒太郎に、道満は何も答えずに頷いた。

(――さて、この嫌な感じは拙僧(おれ)の取り越し苦労か? ――それとも……)

 その道満の予測は――、最悪の形で現実のものとなる。
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