第四話 道満たちは思考を巡らし、鬼神は悪鬼への道を歩む
文字数 3,245文字
安倍晴明の邸宅の奥、本来は符や術具を扱う工房にて、安倍晴明と蘆屋道満は一つの書を前に思考を巡らせていた。
「これより前が――、先の鬼神の犠牲者……、そして、これより後が別の鬼神の犠牲者――、なのでしょうね」
安倍晴明が書にある名前を読みながら、いたって穏やかな表情で呟く。彼はさらに続ける――。
「この見聞書にはこうあります。この度の連続吸血殺人の手口は、まず誑かし、次に忍んでゆき、相手の屋敷に招かれて後殺害しその生き血をすする……と」
「……ふむ、犠牲者の周囲の者が、美しい娘と犠牲者が共にある姿を目撃しておる……と? そして何より、特異なのは犠牲者は男性のみではなく……女性も犠牲となっている?」
道満が見聞書の内容を読むと、晴明は頷きながら答える。
「男女関係なく犠牲になっておるなら……、十中八九”魅了”系の異能が使われていますね。そして、すべての犠牲者がここに書いてある通りの始末であるなら……、確かに全く同じ鬼神によるものと見なされてもおかしくはないでしょう」
「師は……拙僧 が嘘をついていると?」
「――まさか……、そもそも鬼神の遺体という証拠があるではないですか」
その言葉に道満は”フン――”と一息漏らす。それを聞いて晴明は穏やかに笑って言った。
「まあ――、これらの犠牲者が、別の鬼神の仕業だと前提付けた場合――、一つの疑問が起こらないですか?」
「それは――、なぜ同じ手口で事件を起こすのか? ――という事か……」
「その通りですよ。考えてみれば――、ただ人を殺し、血を喰らうだけなら先の鬼神と同じ手口をする必要はありません」
「そもそも……血を飲むことを好む鬼神というのは……、そうそうある存在でもない」
「その通りです……」
鬼神とは――、天地の霊気が霊山に集まり、人の姿をなしたのが始まりとされる。それは精霊――、意志を持つ力そのものであり、仮の肉体として人のような姿を持っているのである。
世代を経るにつれ、鬼神族は人と同じ生殖法で増えるようになり……、そして、現在では人とほとんど変わらぬ存在として、一部の地域で集落を築いている。
それゆえに――、鬼神の基本能力はその膨大な妖力を除いて、人の能力に準ずる――。言ってしまえば人間の亜種とも呼べる存在が鬼神なのだ。
だから、当然――、
「一部集落の風習として人を喰らう――、或いは生き血を飲むという事はありえますが、鬼神一族全体として血を好むことはありえません。それに彼ら鬼神――、特にここらでも最大の集落……大江山の鬼神一族たちは――」
「横道を許さない――か」
晴明の言葉に道満は呟く。
言ってしまえば――、生き血を好んで人を殺す鬼神は……鬼神ではなく”悪鬼”――、要するに鬼神一族からも忌避される存在である。
そんなものがこの短い間に、二体も都に現れるなど……、どれほど珍しい事なのか理解できよう。
「遠くの集落の人食い鬼神が渡ってきたのか?」
「それは考え辛いですね……、特によそ者が余計なふるまいをするのを”大江山の大将”は許さないでしょう」
確かに晴明の言う通り――、大江山の大将……、大鬼神・酒呑童子はその妖力だけでなく、精神の格も高いと言われている。
ならば――、このようなことが連続で起こる理由は――、
「模倣――か? 師よ……」
「でしょうね……、殺された鬼神のやり方を模倣して、その存在の証を示しているのでしょう」
そこまでは理解できた道満であったが、ならばどうすれば殺害を止められるのかは考えあぐねている。
先ほども言った通り、そもそも今回の犯人はかつての鬼神のやり口を模倣しているのだ。ならば――先の鬼神を殺したこちらの動きも、当然警戒しているだろうと予測できる。
先の鬼神と同じように捜査を進めても、その裏をかかれる可能性はかなり高いと言えた。
「むう……、せめて次の犠牲者が分かれば――」
そう道満が苦しげな顔で考え込んでいると――、晴明が顔をあげて笑った。
「なるほど――そうですか」
「うん? どうしたのだ? 師よ……」
「ははは……これらの犠牲者を見て、わかったことがあります」
「? どういうことだ?」
晴明はニヤリと笑うと言葉を続ける。
「フフ――、これはさすがの天才道満でも気づくことが出来ぬ話で――」
「く――、そんな事は良いから、早く説明せい……」
「はいはい……、この犠牲者たち――」
晴明は書を指さしつつゆっくり丁寧に言葉を紡ぐ。
「先の鬼神による犠牲者は、邸宅――要は殺害現場がバラバラで……特に規則性は見られません。でも――後の者達は違う」
「ん? それはどういう――」
「都に住んで一年の道満にはわからないでしょうが――。新しい鬼神の犠牲者達は、殺害現場である邸宅の位置が――」
「む!!」
その段になってやっと道満は気づく。
「それは――、邸宅の位置に規則性があると?」
「――そうです。ハッキリ言うと”円”ですよ――」
「円?」
晴明は穏やかな笑顔で説明する。
「この都のだいたいの中心部――、正しくは朱雀大路と、五条大路の交わった場所を中心に右回りで”連続殺人”が行われているのです」
「むう――ならば」
「ええ……次の犠牲者の住んでいる場所は、大雑把ではありますが特定が可能です。そして――」
「占術を組み合わせれば……、次の犠牲者が誰であるかはわかる!!」
その道満の言葉に満足げに晴明は頷いた。
――ここまでくれば反撃は可能!
道満はそう考えながら決意の表情で頷いた。
「……」
それを見て晴明はただ一人心の中で考える。
(――でも、以前の鬼神が持たなかった規則性を今回の鬼神が持っているならば――、それは十中八九規則性をこちらに示すためのもの――)
要するに――我々は敵に誘われている――。
――果たしてそれの意味するところは?
晴明はただ黙って思考を巡らすばかりであった。
◆◇◆
その夜、茨木童子は憎々し気に目標である屋敷を眺めていた。
先の殺しからこっち、相手はやっとこちらの規則性に気付いたらしく、今回の目標である屋敷は明確な備えを置いているらしいが――。
「検非違使――だと? その程度の兵士で我を仕留めるつもりか?!」
なんとも馬鹿にされたようで気分が悪い。検非違使は確かに都の守護を司り、鬼神との戦いにおいても最前線に出てくる兵であるが――。
「俺の――、あの……を殺した者は――、検非違使ではなく陰陽師であるはず。そして――」
彼女を殺せるほどの陰陽師は木っ端ではありえない――。
屋敷の周りには、これまで何人も殺した程度の兵――、検非違使しか見ることが出来ず。そして――、
「木っ端陰陽師の気配すら感じられぬとは……。我も舐められたな――」
茨木童子はもはや詰まらぬという思いで屋敷へ向かう。
これでまた多くの死人が出るが――、それは彼女を殺した奴が出てこぬゆえに起こった事だ……と、憎々しげに思いながら。
茨木童子は黙って門前の検非違使へと無造作に近づいていく。
(ああ――つまらぬ……もう怒りも何もかも)
茨木童子の怒りも憎しみも乾きはじめ、もはや惰性に殺しを行うのみ――。
(――ああ、これが悪鬼となり果てる――、という事か?)
そんなふうに思いながら、自身を見咎め襲い掛かってくる検非違使の一人をその爪で切り裂いた。
「?」
不意に切り裂いた検非違使が霞のごとく消えてなくなる。それは――、
「?! ヒトガタ!!」
それは陰陽師が扱う”式”を扱うための術具。
「まさか?!」
その段になってやっと、茨木童子は自分の感じている気配が欺瞞されたものであることに気付く。
それほどのことが出来るのは――、
「やっと現れたか!!」
心底嬉しそうに茨木童子は叫ぶ。それに呼ばれたかのように、二人の人影が屋敷の門を開いて現れた。
「そこまでですよ鬼神」
「――、これ以上の殺しは拙僧 がさせぬ」
それは当然、安倍晴明と蘆屋道満――。
――かくして鬼神・茨木童子は、二人の陰陽師と対峙する。
果たしてその戦いの先にあるのは?
「これより前が――、先の鬼神の犠牲者……、そして、これより後が別の鬼神の犠牲者――、なのでしょうね」
安倍晴明が書にある名前を読みながら、いたって穏やかな表情で呟く。彼はさらに続ける――。
「この見聞書にはこうあります。この度の連続吸血殺人の手口は、まず誑かし、次に忍んでゆき、相手の屋敷に招かれて後殺害しその生き血をすする……と」
「……ふむ、犠牲者の周囲の者が、美しい娘と犠牲者が共にある姿を目撃しておる……と? そして何より、特異なのは犠牲者は男性のみではなく……女性も犠牲となっている?」
道満が見聞書の内容を読むと、晴明は頷きながら答える。
「男女関係なく犠牲になっておるなら……、十中八九”魅了”系の異能が使われていますね。そして、すべての犠牲者がここに書いてある通りの始末であるなら……、確かに全く同じ鬼神によるものと見なされてもおかしくはないでしょう」
「師は……
「――まさか……、そもそも鬼神の遺体という証拠があるではないですか」
その言葉に道満は”フン――”と一息漏らす。それを聞いて晴明は穏やかに笑って言った。
「まあ――、これらの犠牲者が、別の鬼神の仕業だと前提付けた場合――、一つの疑問が起こらないですか?」
「それは――、なぜ同じ手口で事件を起こすのか? ――という事か……」
「その通りですよ。考えてみれば――、ただ人を殺し、血を喰らうだけなら先の鬼神と同じ手口をする必要はありません」
「そもそも……血を飲むことを好む鬼神というのは……、そうそうある存在でもない」
「その通りです……」
鬼神とは――、天地の霊気が霊山に集まり、人の姿をなしたのが始まりとされる。それは精霊――、意志を持つ力そのものであり、仮の肉体として人のような姿を持っているのである。
世代を経るにつれ、鬼神族は人と同じ生殖法で増えるようになり……、そして、現在では人とほとんど変わらぬ存在として、一部の地域で集落を築いている。
それゆえに――、鬼神の基本能力はその膨大な妖力を除いて、人の能力に準ずる――。言ってしまえば人間の亜種とも呼べる存在が鬼神なのだ。
だから、当然――、
「一部集落の風習として人を喰らう――、或いは生き血を飲むという事はありえますが、鬼神一族全体として血を好むことはありえません。それに彼ら鬼神――、特にここらでも最大の集落……大江山の鬼神一族たちは――」
「横道を許さない――か」
晴明の言葉に道満は呟く。
言ってしまえば――、生き血を好んで人を殺す鬼神は……鬼神ではなく”悪鬼”――、要するに鬼神一族からも忌避される存在である。
そんなものがこの短い間に、二体も都に現れるなど……、どれほど珍しい事なのか理解できよう。
「遠くの集落の人食い鬼神が渡ってきたのか?」
「それは考え辛いですね……、特によそ者が余計なふるまいをするのを”大江山の大将”は許さないでしょう」
確かに晴明の言う通り――、大江山の大将……、大鬼神・酒呑童子はその妖力だけでなく、精神の格も高いと言われている。
ならば――、このようなことが連続で起こる理由は――、
「模倣――か? 師よ……」
「でしょうね……、殺された鬼神のやり方を模倣して、その存在の証を示しているのでしょう」
そこまでは理解できた道満であったが、ならばどうすれば殺害を止められるのかは考えあぐねている。
先ほども言った通り、そもそも今回の犯人はかつての鬼神のやり口を模倣しているのだ。ならば――先の鬼神を殺したこちらの動きも、当然警戒しているだろうと予測できる。
先の鬼神と同じように捜査を進めても、その裏をかかれる可能性はかなり高いと言えた。
「むう……、せめて次の犠牲者が分かれば――」
そう道満が苦しげな顔で考え込んでいると――、晴明が顔をあげて笑った。
「なるほど――そうですか」
「うん? どうしたのだ? 師よ……」
「ははは……これらの犠牲者を見て、わかったことがあります」
「? どういうことだ?」
晴明はニヤリと笑うと言葉を続ける。
「フフ――、これはさすがの天才道満でも気づくことが出来ぬ話で――」
「く――、そんな事は良いから、早く説明せい……」
「はいはい……、この犠牲者たち――」
晴明は書を指さしつつゆっくり丁寧に言葉を紡ぐ。
「先の鬼神による犠牲者は、邸宅――要は殺害現場がバラバラで……特に規則性は見られません。でも――後の者達は違う」
「ん? それはどういう――」
「都に住んで一年の道満にはわからないでしょうが――。新しい鬼神の犠牲者達は、殺害現場である邸宅の位置が――」
「む!!」
その段になってやっと道満は気づく。
「それは――、邸宅の位置に規則性があると?」
「――そうです。ハッキリ言うと”円”ですよ――」
「円?」
晴明は穏やかな笑顔で説明する。
「この都のだいたいの中心部――、正しくは朱雀大路と、五条大路の交わった場所を中心に右回りで”連続殺人”が行われているのです」
「むう――ならば」
「ええ……次の犠牲者の住んでいる場所は、大雑把ではありますが特定が可能です。そして――」
「占術を組み合わせれば……、次の犠牲者が誰であるかはわかる!!」
その道満の言葉に満足げに晴明は頷いた。
――ここまでくれば反撃は可能!
道満はそう考えながら決意の表情で頷いた。
「……」
それを見て晴明はただ一人心の中で考える。
(――でも、以前の鬼神が持たなかった規則性を今回の鬼神が持っているならば――、それは十中八九規則性をこちらに示すためのもの――)
要するに――我々は敵に誘われている――。
――果たしてそれの意味するところは?
晴明はただ黙って思考を巡らすばかりであった。
◆◇◆
その夜、茨木童子は憎々し気に目標である屋敷を眺めていた。
先の殺しからこっち、相手はやっとこちらの規則性に気付いたらしく、今回の目標である屋敷は明確な備えを置いているらしいが――。
「検非違使――だと? その程度の兵士で我を仕留めるつもりか?!」
なんとも馬鹿にされたようで気分が悪い。検非違使は確かに都の守護を司り、鬼神との戦いにおいても最前線に出てくる兵であるが――。
「俺の――、あの……を殺した者は――、検非違使ではなく陰陽師であるはず。そして――」
彼女を殺せるほどの陰陽師は木っ端ではありえない――。
屋敷の周りには、これまで何人も殺した程度の兵――、検非違使しか見ることが出来ず。そして――、
「木っ端陰陽師の気配すら感じられぬとは……。我も舐められたな――」
茨木童子はもはや詰まらぬという思いで屋敷へ向かう。
これでまた多くの死人が出るが――、それは彼女を殺した奴が出てこぬゆえに起こった事だ……と、憎々しげに思いながら。
茨木童子は黙って門前の検非違使へと無造作に近づいていく。
(ああ――つまらぬ……もう怒りも何もかも)
茨木童子の怒りも憎しみも乾きはじめ、もはや惰性に殺しを行うのみ――。
(――ああ、これが悪鬼となり果てる――、という事か?)
そんなふうに思いながら、自身を見咎め襲い掛かってくる検非違使の一人をその爪で切り裂いた。
「?」
不意に切り裂いた検非違使が霞のごとく消えてなくなる。それは――、
「?! ヒトガタ!!」
それは陰陽師が扱う”式”を扱うための術具。
「まさか?!」
その段になってやっと、茨木童子は自分の感じている気配が欺瞞されたものであることに気付く。
それほどのことが出来るのは――、
「やっと現れたか!!」
心底嬉しそうに茨木童子は叫ぶ。それに呼ばれたかのように、二人の人影が屋敷の門を開いて現れた。
「そこまでですよ鬼神」
「――、これ以上の殺しは
それは当然、安倍晴明と蘆屋道満――。
――かくして鬼神・茨木童子は、二人の陰陽師と対峙する。
果たしてその戦いの先にあるのは?