第四十三話 月下に妖しき呪文は響き、死者の群れは宴を始める

文字数 2,718文字

 月が高く上がり夜の闇を照らすとき。源満仲の門前に立つ門番は、屋敷に近づいてくる人影を目撃した。

「ん? お前は――、何の用だ?」

 よろよろと身を揺らしながら近づいてくる、その人影に声をかける門番であったが――、

「うん? なんだこの匂い――」

 その人影から漂う異様な匂いに顔をしかめる。そして――、

「――?」

 その時になってやっと、門番はその人影の腕がありえない方向に曲がって、揺れていることに気付いたのである。

「あ――」

 門番はその事実に嫌な予感を感じて後退る。その目に――、人影の後方に蠢く異様な人の群れが映った。

「これは――」

 その群れは――、老若男女問わず子供の姿すら見える、そして――、中には腕のない者――、足を引きずる者――、果ては首すらない者すらいたのである。
 その光景を見てやっと門番は、目の前の人の群れが動く死者である事実に気が付いた。

「――!!

 その瞬間、門番は素早く身をひるがえして、門扉の中へと身を躍らせる。そして裏から閂でもって固く門を閉じたのである。
 その光景を屋敷の奥から見ていた同僚の武者が尋ねる。

「どうした? 何があった?」
「――死者だ……」
「死者?」

 顔を青くした門番は顔を強張らせて告げたのである。

「動く死者の群れが、屋敷に近づいてくる!!
「――!!

 その言葉に、武者は屋敷の奥へと走ってゆく。それを見送った門番は――、何かに押されてギシギシ音を立てる門を眺めたのである。

「――……」

 その耳に何やら歌のようなものが聞こえてくる。門番がそれに対して耳を傾けると――、

「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ――、死者たちよ今宵はお前たちの宴だ――、舞い踊れ――、喰らい騒げ――」

 それは聞いたことのない呪文であった。

 ドン!!

 次の瞬間、木製の門がら無数の腕が生える。それは、門を突き破った死者の腕であった。

「――門が破られる!!

 そう察した門番は、身に着けた笛を口にくわえて一気に吹いたのである。

 ピ――――――!!

 屋敷全体に笛の音が響く。それに反応するように屋敷内があわただしくなった。

「襲撃――!! 死者の群れによる襲撃だ!!

 そう叫ぶ声が屋敷内に響く。

「――死者の群れ……。妖魔――、いやどこかしらの術師の仕業か!!

 さすが対妖魔における最高戦力がそろう源満仲邸の武者たち――、その突然の襲撃においても冷静に状況を判断して武装を整え始める。
 ――かくして、月下の源満仲邸において、死者の群れと満仲の武者との戦いが幕を開けたのである。


◆◇◆


 月明かりがほのかに照らす夜――、静寂を破るように源満仲の屋敷の門が激しく砕かれ乱暴に開かれた。
 その死者の群れのはるか後方、牟妙法師の姿は夜の闇に溶け込みながら、一連の死者たちを率いて静かに進軍していく。その目は異様な光を放ち、死者たちを操る呪文を囁き続けていた。

「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ――、死者たちよ今宵はお前たちの宴だ――、舞い踊れ――、喰らい騒げ――」

 その呪文を聞くたびに、死者の群れは妖しい光を放ち――、その揺らめきは腐臭と共に屋敷を包み込んでいく。

「ああ!!

 門扉の向こうから武者たちの叫びが聞こえてくる。それは死者に喉を喰い破られた誰かの叫びであった。
 その武者はすぐさま――死者の群れの一員として復活を遂げる。それはまさに悪夢の光景である。

 死者たちが纏う妖しい揺らめきは、屋敷の柱や壁すら腐らせるように思え――、その腐臭と共に武者の気分を最悪に貶め、死を恐れぬ武者たちは腹から上ってくる吐き気とすら戦わざるおえなかった。
 無論、その動きは悪くなり――、武者たちは次第に死者の群れに押され、そして犠牲になってゆく。そのたびに死者の群れの数は増えて――、屋敷を地獄そのものへと変えていったのである。

 一方、屋敷内では道満と梨花が異変に気付いた。
 外から漂ってくる不吉な気配と、足音の連なりに梨花の身体が硬直して震えていた。

「道満様、外に何かが……」

 道満がすぐに梨花の隣に駆け寄る。彼の耳にも、死者の軍勢が屋敷に蠢く足音が聞こえてきていた。

「くそ――、一体何が起こってる?!

 梨花の肩を抱いて気遣う道満に、梨花は怯えた目を向けた。

「お前は、満仲様とここで待っておれ――」

 そう言って立ち上がる道満の、その手を梨花は握った。

「道満様――、まって……」
「梨花――?」
「聞こえるの――、呪文――」
「?」

 その梨花の言葉に――、道満は静かに耳を澄ます。――そして、妖しい呪文が屋敷内に響くのを聞いた。

 ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ――。

「なんだ?」

 それは聞いたこともない呪文であり――、同時に道満の精神に不快感をもたらす気分の悪い呪文でもあった。

「これは――、どうやらどこぞの呪術師による襲撃であるようだな」

 冷静な口調で満仲がそう呟く。道満は頷いてから梨花を見つめた。

「梨花――、大丈夫……、ここは平安京最高戦力の屋敷だ――。不安に思うことなどない」
「でも――」
「梨花、勇気を持て」

 その道満の言葉に――、梨花は小さく頷いた。
 道満はその光景を見て優しく笑うと、すぐさま立ち上がって屋敷の戦いがある方へと走ってゆく。梨花はそれを心配そうな表情で見送った。

「道満様――、晴明様――」

 そのか細い声に満仲が笑って答える。

「大丈夫だ――、彼らも……そして我らも負けることはない」
「――」

 その満仲の言葉に、梨花は確かに頷いたのである。


◆◇◆


 戦いの渦中――、屋敷の入り口付近へと走ってきた道満は驚愕の目を向ける。

「これは――酷い……」

 それはまさしく吐き気をもよおすような死者の群れ――、その中にはかつての武士や町人、さらには子どもの姿まであった。彼らは全員が空虚な眼差しで前を向き、唯一の命令である屋敷のあらゆるものの破壊に向かっていた。
 ――そして、道満はその中に見知った者を見て顔を歪ませた。

「まさか――アレは……、高倉恒浩?!

 それは確かにあの時逃げたはずの高倉恒浩であった。

「なぜ?! 死んで?!

 逃げたはずのあの男の無残な姿に、さすがの道満も驚愕の表情を浮かべる。

「高倉恒浩――」
「あ――う……」

 その道満の呟き言葉を聞いた、その死者は――、刀を手に嬉しそうに道満の下へとやってくる。

「ひひ――」

 その顔が笑顔に歪み――、その刀は下段に構えられた。

「そのような姿になっても――、哀れな……」

 さすがの道満も、その光景に哀れみを浮かべて構えをとる。
 ――こうして、再び蘆屋道満と高倉恒浩は相対する。その後に行われた戦いは――、想像を絶するほど激しいものとなるのであった。
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