二年目 四月上旬 会社員・加藤田宏志

文字数 751文字

「マズい事をしてくれたね。私ぐらいの齢の人間が若い頃だったら、ナアナアで済まされただろうが……」
「い……いや……でも……」
「恋人が居たんじゃなかったかね?」
「そ……その……」
 席が有るのと同じフロアの一番小さい会議室。
 そこに課長と2人っきり。
「ああ……そうか……恋人と……何か有ったのか?」
「は……はい……」
 貴子と巧くいっていた時は……「最近、恋人とはどうだ?」と訊かれても苦痛ではなかった。
 今は逆だ。
 その事を訊かれると、完治していない傷口を覆う瘡蓋(かさぶた)を無理矢理剥がされるような苦痛を感じる。
 自分の「所有物」だった筈のモノは、自分から去っていった。
 人間の形をした「所有物」だと思っていたモノに、何故か、自分の意志が有った。
 人間には誰でも自由意志や他人と違う考えや感情が有る。
 それは理性(あたま)では、判っている筈なのに、今の宏志にとっては、その単純な事実が、あまりにも理不尽なモノに思えていた。
 そして……。
「ならさ……風俗か何かで解消する手も有ったんじゃないのか?」
 ああ、そうか……この男は……俺みたいな理不尽で訳の判らない失恋をした事が無いんだ。
 そんな想いが頭を過ったにも関わらず……。
「は……はい。課長のおっしゃる通りかも知れません。今後は……注意します」
 宏志の口からは、心を支配している感情とは正反対の言葉が出る。
「田代君は……君とは……合意の上では無かったと言っている」
「ちょ……ちょっと待って下さい。彼女も悦んでた筈です」
「コンプライアンス部門からは『性加害者は、そういう勘違いをしがちだ』と言われたよ」
「あ……あの……私が……その……」
「君が担当でなきゃ、というお客さんも多いんで大事(おおごと)にするつもりは無い。田代君には、私からよく言って、わからせておくよ。君も、今後は注意したまえ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み