一年目 七月上旬 調査委員会

文字数 1,781文字

「では、これまでで判っている事を整理します。まず、用語の定義から。この場では、Unknownと確実に判っている人物と、Unknownの可能性が有る人間を区別する為に、特に断わり無き限り、前者を単にUnknown、後者をUnknown被疑者と呼びます。当然ながら、Unknownと判明した時点で、その人物は死んでしまうので、今、生きているUnknown被疑者は居ますが、今、生きているUnknownは存在しません」
 矢野沙織は、一同にそう説明した。
「この場で云うUnknown被疑者のより詳細な定義は、Unknownに見られるY染色体上のDNA変異と同じ変異を持つ人間の男性です」
「そもそも……彼等は……に……人間……なのかね?」
 オブザーバーとして出席していた与党の国会議員がそう質問した。
 七十前後で、与党第一党の幹部だった。
「生物学的には、全く未知の存在ですが、人間の姿をして、他の人間との意思疎通が可能で、人間としての生活が可能で、本人も自分を人間だと思っている存在です。そのような存在を、法的・社会的にどう扱うかは……科学の問題ではなく、法律や社会の問題です」
 その国会議員は、惚けたような顔になった。
「Y染色体上の変異と云う事は……UnknownやUnknown被疑者の父系の先祖を辿れば……特定の1人の男性に行き着くと云う事でしょうか?」
 社会学者がそう質問した。
「それが逆です。同じ父系祖先を持つ複数の男性の中に、Unknown被疑者も居れば、そうでない者も居る……そんな事例も見付かっています。そして、Unknown被疑者は複数のY染色体ハプログループ……要は数万年単位で遡らなければ、共通する『男性の父系祖先』を持たない別のグループ……に存在します。……つまり、全然違うY染色体の同じ箇所に同じ変異が存在しているのです」
「そ……それは……生物学的には……」
「有り得るとしたら、天文学的に低い確率でしか起きないような偶然の産物か……さもなくば、全く未知のメカニズムによるものです」
「何も判らん……と云う事か……」
「そうです……。この場で報告するのは……何が判っていないか……裏を返せば、これから、何を調べるべきかです」
 矢野沙織は説明を続けた。
 サンプルとして調べた人々の数……少な過ぎる。
 今までに見付かったUnknown被疑者の共通点……日本人ないしは日本人を父系の祖先に持つ外国籍者の男性。
 「日本人ないしは日本人を父系の祖先に持つ外国籍者」以外にもUnknown被疑者は居るのか?……「日本人ないしは日本人を父系の祖先に持つ外国籍者」以外のサンプルは、日本人以上に少ない為、「今の所見付かっていない」以外は何も言えない。
 Unknown被疑者の割合は?……サンプルが少な過ぎるので、はっきりした事は言えないが日本人の男性の二〇〜三〇%になる可能性あり。
 日本国内でも、Unknown被疑者が多い地域と少ない地域は有るのか?……地域による違いは若干見られるが、サンプルが少な過ぎるので、はっきりした事は言えない。
 日本人と云うが、外国から帰化した日本国籍者や、その1〜2世代後の子孫の中に、Unknown被疑者は居るのか?……サンプルが少な過ぎるので、はっきりした事は言えない。
「瓜生副総理の秘書がUnknown被疑者だったらしいのだが……」
 一通り説明が終った後、与党第一党の幹部から質問が有った。
「それと似た事例は……十件未満しか見付かっていません……。なので、確たる事は言えません……」
 父方の従兄弟や又従兄弟にも関わらず、Unknown被疑者とそうでない者が混在している事例がいくつか有った。
 だが……だとすると……Unknown及び被疑者に共通するY染色体上の変異は……百年か……数十年前に同時多発的に発生した事になりかねない。
 そして……その「十件未満」には、もう1つの共通点が有った。
 もちろん、この時点で、矢野沙織は、それを偶然だと考えていた。
 それは……共通する父系祖先を持つにも関わらず、Unknown被疑者とそうでない者が混在している事例では……1件を除いて、大正末期から昭和二〇年代に生まれた世代の兄の子孫からはUnknown被疑者が1人も見付からなかったが、弟の子孫は調査した全員がUnknown被疑者だったのだ。
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