一年目 三月下旬 医療検査技師・荻野貴子

文字数 673文字

 C県K市のJ医大病院のCT担当の検査技師である荻野貴子は、マイクを通して、これから撮像を行なう患者に説明を行なっていた。
 この患者は、数日前の朝、通勤中に駅のホームで倒れて緊急入院した四〇代男性だった。
 一次性脳虚血――早い話が脳梗塞の一歩手前――または狭心症と、ストレスによるパニック障害の両方の可能性が有り、緊急入院直後に行なったCTおよびMRの検査では脳や心臓には、それらしい異常は発見出来ず、後者の可能性が高かった。
 しかし、その患者は、糖尿病と高血圧を併発しており、脳梗塞や心筋梗塞を発症した場合、通常よりリスクが高くなり、一定期間の経過観察が必要と判断された。
 そして、症状が落ち着いた後、もう一度念の為、脳と心臓の撮像を行なう事になった。今回は、造影剤を投与して、より鮮明な血管の画像を撮像する事になっている。
「では、撮像を開始します」
 だが、撮像が半分ほど終った時、CT本体が置かれている部屋から様々な音かした。
 悲鳴。いや苦鳴と呼ぶべきかも知れない。まるで動物が絞め殺されているような声。もちろん荻野は、絞め殺される動物の声など聞いた事は無いが、あえて喩えるなら、そんな声だ。
 誰かが暴れているような音。
 何かが壊されているような音。
 頭が真っ白になっていたのは、多分、数秒程度の間だった。
 撮像を中止し、医師や看護師に連絡。
 そして、CT本体が格納されている部屋に入り、患者の状態を確認する。
「な……何よ、これ?」
 確かに、患者は「人間」だった筈だ。
 しかし、半壊した装置の中に転がっている「モノ」は……人には見えなかった。
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