路上に立つオンナは元夫の殺害を神に依頼する

文字数 1,491文字

第十一話 神に殺害を依頼する

「〇〇がしんでほしい。かならずころしてほしいです 
                         あおいかな です」
 今回で絵馬は三十枚近い。アイツが死んだら知らせが届くのかな?
 もうひとつお願い事が。でもこれは十枚くらい。
 高校を出て大手アパレルショップで正規社員として働き出した。そん頃は病気じゃなかった。ファッション好きで休日には友人たちと渋谷に遊びに出る普通の女子だった。端正な容姿とスレンダーな体型で男友達も複数いた。
 ただ母が他界し父親との十年以上の同居生活に煮詰まった。加奈は不器用で家事は超苦手。
手料理はお世辞にも旨いとは言い難い。不味い事を知っている父は端から箸を付けようとはしない。
 なので一緒に暮らしていても食事は別。加奈も面倒なので食事は外で済ませるように。こうなると会話もなくなる。顔を全く見ない日も増えて来る。そして決別の日がやって来た。
 競輪・競馬をはじめ賭け事が大好きな父親は軍資金に困って加奈の財布に手を出したのだ。
瞬間を目撃した加奈は激怒して大喧嘩となり、そのまま自転車にまたがり家を飛び出してしまった。荷物は前カゴに入るだけ。
 気付いたことがある。道はどこまでも続いていると思っていた。ところが二三時間走った処で河に阻まれる。橋がない。向こう岸に渡れない。方向音痴の加奈は橋を捜して右往左往。結局、疲れてその場に座り込んでしまう。もうイヤだ。

 そこが何処かも分からずに、たまたま見かけた古ぼけた不動産屋さんにヤサの確保を依頼する。ダサい業者だから紹介されたアパートも築四十年もの。屋根、雨どい、階段など鉄製の部分にはどこもかしこも焼けたような焦げ茶色の錆がこびり付いている。
 加奈は何もかも面倒でどうでもよくなっていた。明日から勤務もあるしそこで良しとした。
賃料も家主のお爺さんの言われるまま契約書にサインした。二階建ての一階。同じドアが五つある。
 加奈の部屋は右から二つ目。方向音痴の加奈はあとで困らないように赤い紐をノブに巻いた。1Kで単身者用のアパートの筈だが上の階は騒がしかった。でもまぁ昼間は居ないし耳栓をして寝ることで心の折り合いをつけた。
 最初の休日。部屋には小さいながらも庭があることに気付いた。物干し竿が一本あり、雑草が生い茂っていた。どおりで小さな虫や蚊が入り込んで来る訳だ。
 縁側に座ってボォーとしていると、何処からともなくネコの「ゴンちゃん」がやって来てくれた。赤いキジネコ。立派な♂猫。初対面の加奈に向ってニャンと鳴き体を摺り寄せて来た。どうして名前が判ったかと云うと、アパート前の通りで遊ぶ子供たちがそう呼んでいたから。
 「ゴンちゃん」はこの辺りでは(カオ役)らしい。アパートの前の通りによく蹲っている。通りすがりの人たちに名前を呼ばれ頭を撫でられている。実家は通りをまたいだ大地主らしい。これも子供たちの噂話し。

 それでも「ゴンちゃん」はそれからの加奈の当所ない人生の唯一の(救い)となった。仕事で疲れ切って帰って来るとドア前や庭先で待っていてくれる。餌をあげ一緒に寝る。休日は片時も離れない。癒された。援けられた。恩人だ。いや、恩ネコか。
 一年後に勤務先の店舗が替わった。引っ越さなければならない。加奈は最後の日まで「ゴンちゃん」を抱きしめて泣き続けた。
 ―
 あれから何度もアパートを替えたけどもいつも一階にする。「ゴンちゃん」がいつでも入って来られるように。
 だから、絵馬には、
「ゴンちゃんにまたきてほしい  
                         あおいかな です」 
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