再び逢いたい―アイヌモシリ(北海道)へと旅立つ!

文字数 1,668文字

第九話 追慕は止まず、アイヌモシリへ 
 智浩は金融業を営む同胞から「ヘアサロン」を紹介された。ここは「在日」が経営するサロンで関東圏で十店舗を展開する。いつまでもメンズバーではないと思っていた矢先のことで嬉しかった。やはり(同胞)は頼りになる。
 面接を受けて来月からの出勤と相成った。ただ、どうしてもやり残したことがある。例のアイヌのデモでチラシを渡された女子のこと。片時も頭から離れない。韓国語で「ウンミョン(運命)エ サラム(人) 」という言葉がある。まさにそれだ。
 韓国人には一途な処がある。日本ではよく誤解されてしまうが。日本人は本音と建て前を使い分けることが出来る。でもコリアンにはそれが出来ない。常に本音同士で会話をする。それが相手に対しての敬意だと信じている。韓国語の会話を聴いているとまるで喧嘩しているように感じる。あれは本音で話し合っている証し。
 それはともあれ、彼女を捜す突破口が欲しい。チラシの下には〇アイヌ東京支部と記され住所もあった。それもメンズバーの近くだった。そうか、デモはここから始まったんだ。
 智浩は早速訪ねた。どう見ても普通の民家にしか見えない。でも、表札には確かにアイヌの名前がある。隣に資料室との文字も見える。資料室なら見せて貰えるはず。出て来た笑顔がチャーミングな中年の女性には、自分は「在日コリアン」で「アイヌ民族」に興味があると告げた。
 女性は意味が分かったようで、部屋の壁の棚にある展示物を丁寧に見せてくれた。そこには狩猟用具やら儀式に使う道具。そしてアイヌの歴史を辿る年表が有名になったマンガ
(後にTVアニメ化)を模して分かり易く描かれていた。
「アンタらも同じ差別を受けて来たんでしょう? 」
 智浩は頷く。「在日」と似てると改めて感じた。
「結婚相手はやはりアイヌを選ぶんですか? 」
「ううん。私たちには{在日}という概念がない分、それほど垣根がないわね。同じ日本人と感じてしまう。ただ、アイヌ民族の歴史は残して欲しい。そんな感じかなぁ。あなたたちはやはり
{ 在日 }に拘るんでしょう?」
「はい、子供にも{ 在日 }を望みます。時々、どうしてなのか? 分からなくなる時があります。好きな人は好きですから」
 思わず本音が漏れる。
 智浩はアイヌの民族衣装で目が留まる。この衣装の柄には見覚えがある。あの時、彼女が着ていたものだ。デモでこれを身に付けていた人、彼女のことを聞く訳にもゆかない。プライバシーに係る。そこでチラシを見せた。このデモに参加した人はどういう人かと。
「フフッ」笑い声で全てを見抜かれたように感じる。
「ああ、若い人は札幌から来た人。デモには若い人をと考えたんだけど東京には居ないから札幌の知人に頼んだの。あなた、本当はその中のひとりのことを訊きたいのね?」
 図星を指された。恥ずかしさが込み上げる。何とも云えない顔付をしていると、
「ヒントをあげるね。エカリアン。それが彼女の名前。ごめんね。和名は知らないの。ちょっと不思議な名前だったからよく覚えている。エカリアンとは( 遠くから見る人 )という意味。和人のことを( シャモ )と云う。音の響きからして侮蔑を込めている。和人はそう呼ばれることを嫌った。なので遠回しに和人をエカリアンと呼んでいたのよ」
 札幌の知人もTwitterで参加者を募ったとのこと。居住地が札幌としか分からないそうだ。
「ごめんね。役に立たなくて。運よくメノコ( 可愛い女子 )を見つけたら、{ ヤーエルスケダ }と言いなさい。それで気持ちが伝わるわよ」
 丁寧に礼を陳べる前に申し訳ないと謝られた。何とも面映 ( おもはゆ ) い。
 新大久保駅から沈む夕陽を見つめる。
 エカリアンにもう一度逢いたい!
 教わった{ ヤーエルスケダ } を繰り返し繰り返し頭に植え付ける。
 再就職までは二週間。一端職につけば暢気にする暇はなくなる。捜しに行くなら今しかない。
智浩は千歳行きの飛行機に飛び乗った。

※写真はエゾエンゴサク。北海道の遅い春を最初に告げる花です。

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