オンナの素性が明らかに、DV被害に悩まされ果てに

文字数 1,893文字

第四話 オンナの履歴書、ゆえにDVは続く 
 加奈は二十六歳の時に一度結婚した。お相手はアラフィフのバツイチ。結婚相談所で紹介された。慶大卒。大手銀行勤務。年収八百万円。新妻に希望すること。健康で朗らかなこと。お見合いタイムに会ってみると、腹は弛んでいるが頭髪はあるし銀行員らしい生真面目な態度。紹介所からは次はないほどの好条件と推された。
 けれど結婚生活は半年も経たずに壊れた。銀行勤務とは過去の経験に過ぎず、実際は無職
だった。また一年前に別れた札幌に住む妻とひとり娘(大学生のゆかり)への執着がハンパなく、毎日電話を掛けて復縁を迫る始末。やがてこの結婚は元妻への「アテツケ」と分かった。
 そのことで文句を言うと「お前だって統合失調症のことを隠していただろう」と逆切れされ頬を殴られた。新居への引っ越しにあたって掛かり付けの医師に用意して貰った「医療情報提供書」を勝手に開けたのだ。
 そこには、「SZ」と記されていた。これは「統合失調症」を意味する。加奈は図らずもこの時はじめて自分の病名を知ることになる。二十歳を過ぎた辺りから症状が顕著になる。いつも頭の中に(男性)が居て話しかけてくる。
 加奈は、コイツのことを「チン凹野郎」と名付けている。これは秘匿で医者にも言わない。あれ、アイツがそう名乗った気もする。加奈が考えることにイチイチ文句を付ける。例えば、こんな豚ヤロウとホントに結婚するつもりか? などと。この結婚はチン凹野郎の云う通りになったが。
 そこから夫のDVがはじまった。
「オレは健康な女子と結婚したいと言った。けどお前は立派な病気持ちじゃないか。それも精神分裂病だぞ!一緒になんか暮らせやしない」
 尻、脚、背中を強く蹴られ、顔や頭など見える部分は小突く程度にする。分かってやっているんだ。コイツは確信犯だ。先の離婚もDVのせいじゃないの?
 恐怖から加奈はその都度大声をあげる。近所中の評判になった。
 警察は呼ばなくても隣人の通報でやって来るようになった。もう何度目になるか。両手では数えきれない。そのうち、警察官に「一緒に住むなら仲良くやって下さい」などと説教される始末。
 そのうち加奈は預金にまで手を出された。ある時ネコ撫で声で預金を倍にしてやると持ち出される。断れば何をされるか分からない。泣く泣く預金残高三百万円を差し出す。夫は証券会社から折り紙をつけられた(新規超優良社債)をホクホク顔で購入する。しかしひと月後には発行の会社は倒産し証券はただの紙キレとなった。
 文句を言うとリスクは充分に説明したはずだと逆ギレされる。もうダメだ。よくよく知恵を絞って、土木業界で独り親方をしている従兄(いとこ)に救済を依頼する。屈強な腕力自慢の男性からの脅しでようやく離婚の運びとなった。
 今度は離婚後の身の処し方に困る。なけなしの預金も奪われてしまった。一時、従兄の家に世話になったが「チン凹野郎」があの従兄はお前の風呂を毎日覗いているぞ、と脅かす。そんな訳ないだろうと考えても強迫観念は増大する。
 それで従兄の家からも飛び出た。そして、寮のある風俗に世話になることに。
 最初、新宿区役所近くの路地に立ち始めた頃、ニコニコした、いかにも善良そうな初老の男性に声を掛けられる。


「こんな生活はイカン。すぐに助けてあげる」
 そしてこん時に住民票の在った〇市役所に車に乗せられ、生活保護申請をし、その脚で築四十年以上の足立区のアパートに連れて行かれた。
 六畳一間の1K。ビルの蔭でひと時も陽が当たらない。住民は一見して路上生活者と分かる人達だった。三食ご飯はどこかの弁当が運ばれて来た。風呂は近所のお風呂屋さんに行く。
 二週間後には申請が通って生活保護認定者となる。毎月五日に規定の住居費含めて二十万円近くが支給される。加奈は市役所の生活支援課の長蛇の列に並んで支給金を受け取り建物の外に出ると、例の初老の男性が待ち構えていた。
 男はアパート代と生活費の名目で十七万円を封筒から抜き取る。残りは三万円。これでは心もとない。貯金も出来ない。なのでまた風俗の仕事を探す。その時だった。例の「チン凹野郎」が叫ぶ! 「お前、騙されてるんじゃねぇーの!」
 それで加奈はアパートから逃げ出す。男が怖くて元の場所には立てない。仕方なく仲間の紹介で半グレのシマに入る。ここなら安全。加奈に危害を加える奴らを蹴散らしてくれる。
 あとで、風俗仲間から聞いた。
「それって貧困ビジネスってヤツだよねぇ」
 え、あ、そうなの? よく分からない。飲み込めない。もうどうでもいい。でもチン凹野郎は今回も当たっていた。
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